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睡眠リベンジ(ラオス、ルアンパバーン)

ルアンパバーンの街を散策したことについては後日記述することとして、その日の夜はバイクの騒音で殆ど眠りにつくことができなかった。

ルアンパバーンに着いたのが夕方とはいえ、すこぶる歩いたからその日は疲れた。だが、バイクがホテルの前をひっきりなしに通るから、交感神経が刺激されて重い瞼が開くのである。

日付が変わった頃、さすがに交通量は減ると思ったがこの街は眠ることを知らない。確かにバイクの交通量はまばらにはなったのだが、10秒に1度くらいの頻度で地球の排気ガスの殆どを担うのではないかと勝手に想像してしまうようなバイクがホテルを通過していく。

一番の疑問はこれでホテルのレビューが割にいいということである。もしやこれまでこのホテルに宿泊した人間は阪神タイガースの選手がエラーした後に起きる地響きのようなヤジの中で普段眠りについているのだろうか。もはや騒音がなければ眠れない体質なのだろうか。

このホテルをチェックアウトしたら、絶対に酷いレビューを書いてやる!と僕は小学生のときの図工の時間と同じかそれ以上のやる気を見出した。

バイクは深夜1時を超えても、深夜2時を超えても交通量がやや少なくなるだけで、バイクのエンジンが時間によって変わるということはなかった。

いや、変わったかもしれない。日本で深夜にヤンチャな若者たちがバイクを乗り回すように、深夜におけるラオスは一段とエンジンが卍なのだ。

埒が開かないので、ノイズキャンセリングイヤフォンを耳に捩じ込んで僕は目を閉じた。さすがは文明の力。このイヤホンの開発者がラオスの騒音を想定して作ったとは考え難いが、使用用途は間違っていないはずである。

長時間のイヤフォン挿入は外耳炎のリスクを高めるから避けたかったが、この期に及んで背に腹はかえられぬ。明日はまたルアンパバーンを散策したい。今欲しいのは何よりも睡眠の確保。ドラえもんあるいはジーニーが僕の真横にいて、何か一つだけの願い(秘密道具の提供)を叶えられるというなら、僕は「睡眠が欲しい」と迷わずに答えるだろう。睡眠の秘密道具……それは単純に睡眠薬であるかもしれない。しかし何はともあれ睡眠が欲しい。あるいはそこら辺にいるバイクを消し去るという選択もあるか。それほどまでに刹那的な睡眠を取りたかった。

深夜3時以降の記憶はない。

僕は気づくと6時ごろに目が覚めていた。ノイズキャンセリングイヤフォンのおかげか、睡眠時間は少ないものの最低限は確保することができた。

しかし、最悪なのはこれが5連泊の初日であるということである。

アゴダは現地支払いのホテルと、予約時にクレカ決済するホテルの二通りがある。僕は何かと後者の方が便利だと思っていたのだが、このようなケースでは前者の方がいいだろう。不運なことにこのホテルは予約時に決済は完了しており、今からキャンセルすることはできない。したとしても返金は0円。

このホテルに支払ったのこり4日分の宿泊費をドブに捨ててもいいのだけれど、そしたら1泊2万円の超クソホテルに泊まったということになる。金が惜しいというのももちろんあるが、それはいくらなんでも悔しいではないか。2万円あればラオスでどんないいホテルに一泊できるというのか。

それに、僕が一日でこのホテルを出れば、残り4日間分はホテル側からすれば不労所得となる。騒音でFIRE?人生そんな甘いものじゃねえってことを僕が教えなくてはならないだろう。

ということで2日目もこのホテルに泊まることは僕の中で確定しているのだが、部屋を変えれば騒音問題はなくなる可能性があるという希望的観測のもと、僕は眠い目を擦りながら朝一番でフロントへ向かった。

「あの、部屋を変えてください。うるさすぎて眠れない」
フロントにいたのは昨日、チェックイン時のやる気のない青年ではなく、感じのいい若い青年であった。

「オーウ」
彼は苦笑いをしてそうつぶやきパソコンをみつめた。

「これ見て、部屋がいっぱいなんだ。だからそれはできない相談だ」
彼は終始苦笑いをしたまま、流暢な英語を話す。

「って言われてもねえ。こっちは眠れなかったんだよ!!」
急に怒りが込み上げてくる。この怒りの原因は何かといえばそれは僕の性格的なものも少なからずあるが、この怒りの構成は殆どが睡眠不足によるイライラである。「十戒」のサビを歌う中森明菜100人分くらいのイライラ度だ。

「んーー、ベリーノイジーだよね。でも部屋はいっぱいだ……」
まだ彼は苦笑いと言い訳を続けた。

「知らねえよ!何とかして。眠れないの!」
そこから僕はクレーマーと化した。ここで引き下がる訳にはいかない。僕は腕を組んで仁王立ちした。部屋を変えるというまでここから動かねえからな!睡眠は不足していたが気合いは十分である。

「うーーん、ちょっと待って」
彼はそう言ってスマホをジーンズのポケットから取り出す。連絡先からラオ語で書かれた誰かに電話をかけ、何を言っているのか検討もつかない会話を異国の言語で繰り広げている。

もしかしたら「昨日の大谷のホームラン見た?」と話しているかもしれないが、おそらく目の前のクレーマー処理のために上司に相談しているような感じである。でなきゃ何の電話やねん。

3分ほどで彼は電話を切った。そして僕に向かって口を開く。

「2階の他の部屋なら空いてるから、そっちでどうだ。ただし、相変わらず道に面している側だよ。それでもいいなら、その…」
「そこでお願いします!」
僕は食い気味に反応した。

「部屋、見てみる?」
僕は頷いて、ルームキーを手にした彼の後について階段を昇った。

案内された部屋は綺麗だし、バルコニーだけで弓道の三人立ちができそうなほどの広さがあった(超わかりにくい比喩ですいません)。

昨日の部屋と比べても、ボタニカル風で可愛らしいテイストだった。騒音さえなければそこそこ評価されるホテルであることは間違いない。

「どうだい?気に入った?」
「うん、とっても」

彼は僕にルームキーを手渡し、引っ越しするように言った。僕はすぐ前の部屋に戻り、荷物をまとめてスーツケースを持って2階の新しい部屋へ上がった。

これで一見落着!と思いきや、やはり道路に面している部屋であることには変わりないので、すこぶるうるさいではないか……

しかし部屋はここしか空いていないなら致し方なし。2階だし、若干道路との物理的距離ができることによって騒音も少しはマシになるかもしれない。

ていうか、一番最初に彼は部屋は全て埋まっているから移動はできないと言った。が、実際には一部屋空いていた。これは何を意味しているのだろうか。この部屋はいわくつきの事故物件なのか。それとも何かに不備がある部屋なのか。

まあそれはフタを開けてみなければ分からない。とりあえずホテルのことは忘れて(忘れる努力をして)僕は終日あくびを何度もしながらルアンパバーン観光をひとりで楽しんだ。

その日の夜はスーパーで買ってきたビアラオという東南アジアで一番美味しいと言われる缶ビールを買って、部屋のバルコニーで飲むことにした。

バルコニーのラタンの椅子に腰掛け、冷えたビールを手に持つ。左手で缶を持ち右手で栓を抜くと、世界共通「プシュ!」という幸せの音が微かにした。しかし、そんな音も道ゆくバイクの騒音にかき消される。部屋にあったグラスにビールを注ぎ、バイクのモーター音と共に喉越しを味わう。うまい。しかし美味しいビールの味も半減したように感じたのは気のせいだろうか。

気を取り直してシャワーを浴びる。しかしこの部屋のシャワールームに問題はあった。昨日の部屋ではバスタブに42度くらいの湯船をはったが、この部屋はそもそもお湯がでなかったのである。東南アジアといえど、最高気温28度、夜は20度を下回るルアンパバーンでの冷水シャワーはある種の修行であった。冷水シャワーで当然酔いも覚める。

いや、いいのだ。寝られるのなら冷水であろうと何だろうといいのだ。騒音被害がないのならこの冷水シャワーだって温水みたいなものである。

22時を回った頃に僕はダブルベッドに一人大の字になって寝そべった。部屋を変えたからか、とてもふかふかな気がする。眼鏡をはずして、消灯した。瞳を閉じる。深呼吸を繰り返す。

…………

深夜3時を回った頃、僕はスマホで翌日のホテルの予約をとっていた。


つづく!

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