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短編集

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これまでに発表した短編小説をまとめています。
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#短編

二人、滑っていく星の下で

 目が合えば、スーツを着た女の人は足早に去っていった。雨足が強くなっていく。公園の芝は水を吸い、街灯の白い光で淡くきらめいていた。ベンチに腰掛けたまま上げていた顔を下ろしたら、胸がひざにくっついて。重たい頭。こみ上げてくる胃液。また吐いた。吐いて、雨に濡れた手の甲で口元を拭えば、肌がぬるり。口からアルコールが蒸発していくような気がした。

 ちらつく。こずえの下に溶けていった黒い背中が。彼女の手に

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初めての友達は半世紀以上前からやってきた

 青春とはなんなのか、よく分かりませんでした。ずっと。

「甘いのどれ買う?」

 昨日、学校のそばのコンビニの前の、交差点にある赤い目と見つめ合っていたら、後ろから高い声が二つ三つ聞こえてきました。うつむいて、足のすっかり隠れている制服の長いスカートを見つめながら、心のなかでつぶやきました。どらやきがいいなって。その声がひどく低く感じて、地面がゆれているような気さえして、私はリュックから一冊の本

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「なんで産んだの」と従妹が言った話

「なんで産んだの」

 従妹が家でそう呟きながら泣いてしまったと、叔母が私の母に相談していたのをこの前見かけた。正確には、仕事から帰ってきたときにリビングで電話しているのを盗み聞いてしまった。

 叔母とうちの母はとても仲が良くて、家も近いほうだった。そういうこともあって、従妹が幼い頃からよく遊んでいた。従妹とは結構年齢が離れていて、私は就職してそれなり、従妹のほうは高校一年生。どちらかといえば昔

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言葉を書くということはひとりになるということ

 言葉を書くたびに私は孤独になっていきます。孤立していきます。

 人の言葉を読むと、みんな生きているように見えます。そうして私だけが生きていないような気がしてきます。馬鹿みたいと思われるかもしれませんが、中二かよと嗤われてしまうかもしれませんが、この実感からは逃れられないです。

 私にできることは何もないので、生活さえろくにできないので、唯一できることである言葉を書いて日々ひっそりと呼吸してい

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神様の原稿用紙

 くもり空の下で裸足になって、波打ち際に立ち、一歩踏み出そうとしたときでした。紙が何枚も飛んできたんです。舞って、舞って、潮に落ちて。色が、形が、変わっていきます。

 灰色の水がしゃぶっていたのは、原稿用紙でした。赤い格子が、暗い水面を淡く彩って。捕らわれていた黒い文字が、じんわりとにじんで。溶けていきます。腰を曲げ、足首に絡まった一枚を拾い上げたら、水に噛みつかれて。破れて、ちぎれて。白波に呑

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命という名の病をうつされて

 命という名の病を意図的にうつされて、いったいどれほどの時間が流れたでしょう。老いという症状は悪化する一方です。水面が鏡が、それを気まずそうに教えてくれます。ほかの命を貪りどうにかそれを遅らせようと、抑え込もうとしても、私はその病状から逃れられない。

 よく熱を出します。皮膚が荒れたり赤くなったり、できものに間借りされたり。咳が止まらなくなったり目がかすんだり。お腹が暴れたり関節が喚いたり。息が

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生まれてきてしまったと感じるあなたへ

 生まれてきてしまった。この「しまった」という隣人から決して逃れられないあなたへ、僕はこの文章を書くつもりです。
 
 命というのは押しつけられたものです。くれと頼んだ覚えも、くださいと懇願した記憶もなければ、自らの意志でここまで歩いてきたわけでもありません。気付けばここにいた。そうして、様々な形で生の肯定を強制されている。僕たちは生きることを賛美しなければならないという現実に突き落とされてしまっ

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男らしく女らしく、人間らしく自分らしく、あなたらしく

 男らしく、女らしく。そういった言葉が枯れて、色が暗くなっていく隣で、引っこ抜かれていくそばで、こんな言葉が花を咲かせています。日を浴びて、与えられた水を弾いて、きらきら瞬いているんです。

 人間らしく、自分らしく、あなたらしく。

 でも、その色も葉の形も、脇で朽ちている花唇のそれと同じだって、私は思うんです。

 男らしく、女らしくの花言葉でパッと思いつくのは、抑圧、制限、規範、重圧、規定で

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世界観

 描かれた世界観によって、目の前はすっかり覆い尽くされています。それどころか、その世界観に合致しない存在は、そこにいると世界観を破ってしまう存在は、レッテルを貼られ、場所によっては狩られています。

 見ない聞かない考えない。あったとしてもつもりだけ。願望や希望、明るさで塗りたくりながら眺めることを見るとは言わない。聞きたいことだけに、やまびこだけに耳を傾けることを聞くとは言わない。心地よい意見や

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初日の出

 カビっぽいにおいのするクリーム色のコートを羽織って、リュックを背負い、濃い緑色の杖を握って。あけぼのの蒼に足を浸せば、降りていた霜が、目玉に張りつきました。ぼうっと光る膜。家の前の細い道も、正面にある田んぼも、用水路に生えている苔や雑草さえ、青白く息をしていて。まばたきをして目を擦り、仰向けば、薄い雲が一条、まだ見えない太陽のほうへと昇っていました。

 空の一角を染めている、山の上の熱っぽい琥

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おはじき

 学校から帰ってきて、玄関の戸を開けようとしたら、庭のほうから硬い音がしました。敷居をまたぎ、ローファーを脱いで。ろうか伝いに音の残りをたどってみたら、縁側に妹がいて。四つん這いになりながら、一人、床を見つめています。セーラー服のスカートから、太ももがこぼれていて。白い肌が、夕日で薄赤く染まっています。妹の顔が動くたび、一つに縛られた長い髪が、背中の上を泳いで泳いで。汗できらめく、耳の後ろ。後れ毛

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ありのままの自分で

 ありのままの自分で、あなたでいいって、優しそうな顔は言います。けれど、ありのままの自分って、いったいなんですか。

 たとえば今この瞬間、私がありのままの自分でいることを選んだとして、それは本当にありのままでしょうか。私という人間は、あふれている価値観や考え方、文化に思想に社会に、親に他人によって既に汚染されています。無数の言葉を、概念を、見方を、稲みたく植えつけられているんです。品種改良をした

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「なんで母の日に何もしないの?」

「なんで母の日に何もしないの?」

 そんなニュアンスの言葉に、これまで何度か触れてきました。そのたびに思うのは、祝うことが、感謝することが、どういうわけか義務になっているということです。

 お花とかお食事とかお手紙とか、別に何でもいいけれど、とにかくそういったものを通して謝意を伝えなければならない。そういう日になってしまっています。

 でも感謝は義務じゃありません。子は母親に感謝すべきだ、み

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歌詞を書いてと頼まれて

 歌詞を書いてほしいって、そう言われたことがありました。

 無理かなぁって返事を送って、そうしてお風呂から上がってきたら、その子から通話がきていて。出たら、お願いって、まじめな声がにじんできました。

 私は渋りました。そもそも音楽なんてものに縁なんてなかったからです。私は音痴でした。カラオケで言えば、六十点台前半がやっとです。

「なんで私なん?」

 そう問わずにはいられませんでした。私はた

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