見出し画像

【小説】月に吠えてみたくなった夜。

五十嵐がいなくなってからわたしの

腕の内側にうっすらと輪郭を

もたげるまるいあざができるように

なった。

ちょうど十五夜のころにそれは

現れる。

そして十五夜がすぎると消えてゆく。

今はいつの9月なんだっけ。

今日はいつですかって誰かに問われたら

いまの栞には自信がない。

2021年の9月12日ですって、siriが答えて

くれるから委ねてる。

あれは何年か前。

その年の1月のはじまり頃。

まだ新しい歳が始まったことにも

慣れないでいたそんな辺り。

もちろんこんな病が世界を駆け巡る前の

ことだ。

五十嵐のマンションの近くをふたりで

歩いていた。

鬼月の坂を上っている時、なにかに見られて

いる気がして栞は見上げた。

もうすこしで満月になるぐらいの月がいた。

画像1

満月にもう一声だなっていうそんな形。

1月はブルームーンなんだよ。

それぐらいの情報は知っていたから栞は

五十嵐に声をかけてみた。

ブルームーンって?

パーカーのフードの前髪辺りをちょっと

外して五十嵐が空をみあげた。

この角度で五十嵐がものを観てるって

はじめてみるかもって思った。

いつかこの角度で五十嵐を撮ってみたい。

ブルームーンってだから、1月は月の

はじめとおしまいに満月になるんだって。

二度ってところなんとなく得した感じ

しない?

満月はみちてゆくからお得って発想が

栞らしいね。

バカにした? っていいながらも、バカに

してくれる五十嵐のことが好きだったから

栞はその満月前の月を吸い込まれそうに

観ていた。

そうですか、って言いながらまたパーカーを

目深にかぶった。

五十嵐が溜め息みたいな息を吐く。
 
あ、月って思う時のあのよくわからない

高揚感ってあるよな。1年のはじまりに

そういう根拠のないわくわくする気分を

味わうのは、わるくないなって。

五十嵐の声は小さいから耳をそばだてないと

時々車のエンジン音にかき消されて

聞こえなくなる。

鬼月のお寺でおみくじを引いた。

去年とおなじ結果で、よかったって思ったのに、

その文面がなんとなく、たしなめられている

感じで、少し感じ悪かった。

ほめられたあとにけなされたような気分

だった。

あんましさ、そういうのは熟読しちゃ

だめなんだよって五十嵐がパラフィン紙

みたいなおみくじの紙を栞の指から奪うと

桜かなにかの木の枝にきれいにそれを

結んでいた。

可もなく不可もなくみたいな顔で

枝におみくじをくくりつけていた時

五十嵐のちょうど真上に月の灯りが

さしていた。

満月にちかい月と出会えたことをよしと

しようと栞は思った。

でさ、吠えるのかな2日?

1月2日はブルームーンの日、つまり明日だ。

なにが?

満月だから、犬とかがさ。

月に吠えるっていう詩があって、

五十嵐はあれが好きらしい。

月夜には犬がよく吠えるのは犬が

じぶんの影に吠えてるんじゃないっかって。

朔太郎さんの受け売りだよ。

五十嵐はその詩を書いた朔太郎さんの

ことをとても愛していた。

そう、栞はいつか本を読んでいる

五十嵐の顔も撮ってみたいと思って

いた。

2日の夜は、栞は泥のように眠ってしまった。

起きたのは真夜中で。

犬がなくかどうか、夜のしじまに耳を

すませようと思っていたら、スマホが

ぶるぶるっとした。

月夜の晩に五十嵐がいなくなった。

この世からいなくなってしまった。

あの日鬼坂でふたりしてあんなに月を

みすぎたことを後悔した。

その年の9月の、十五夜のころだった。

栞はうっすらと腕の内側にまあるい

あざをみつけた。

青白い色をしていた。

ブルームーンみたいなあざをじっと

みていたら五十嵐のことばかり思い出す。

今日は2021年の9月12日らしい。

ボウルの中の純白の団子粉に水を

そろりそろりと注ぐ。

さらさらだったものが こねていると

しっとりしてゆき ばらばらだった

しろいものがひとつにねばってゆくのが

わかる。

かつて粉だったそれは もうもちもち

している。

栞にとってしろはいつだって ここから

よそへでてゆくときのよそおいなのだ。

ひたすら てのひらのうえでまるめていたら

五十嵐といっしょにお月見団子をつくった

ことを思い出していた。

お湯の中でまるまったお団子が ふわっと

ゆらっとまっしぐらに浮いてくるとき、

みみたぶぐらいのやわらかさがいちばん

おいしいんだからっていう 五十嵐の声が

聞こえて来た気がした。

そして栞は腕の内側に浮き出る十五夜みたいな

あざを、夜の月の光に照らしてみていた。


画像2


聞いていた だれかのことば 耳にとじこめ
どこまでも 徒然なるまま 満ちてゆく月


     画像はぱくたそさんに拝借致しました。すてきな作品を
           ありがとうございます。


      ◆今回はこちらの企画に参加してみました◆




 

 
 

この記事が参加している募集

いつも、笑える方向を目指しています! 面白いもの書いてゆきますね😊