「永遠のビール傘」、＃毎週ショートショートnote。

ちいさな傘屋さんで、傘を買った。

ひとつしか残っていないんですよって

いいですか？　って言った。

ええ、とわたしは返事した。

ささやかに欠けているといいますか。

そういう運命で生まれてきたというか。

って、なんの話をしているんだろうと

いうような大げさそうな話だった。

それって傘の話ですか？　ってわたしは

聞いた。

そうです、あ、でも雨が漏るとかそういう

設計上のミスじゃないんですよ。

この先々、お客様の日常のちょっとした

欠けている部分がでてくるかもしれない

ということだけしか申し上げられないん

ですが。

なんなんだ？

って表情のまま傘を包んでもらった。

その傘がわたしの持ち物になってから

わたしは、言葉どおりささいなものを

失った。

島谷という名前のわたしは、しまたさん

になったし。

海で泳ぐ蟹は、「か」になった。

兄は、「あ」になった。

わたしには「あ」がいますとしか言え

なくなっていた。

ビール傘が永遠に「ニ」を失ったように

わたしも「に」を失っていた。

（409文字）