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初めてのひとり暮らし、私の味方がほしかった。

ひとり暮らしのはじまりは、今想うと

アウェーな感じだった。

結婚を両親に猛反対していて、

これが噂のはりのむしろなのかって

思うほど。

家の中には、居場所がなかった。

平行線の延長戦を見続けるのが

つらくなって。

だから、家を出ることにした。

ふだん決断は遅いのだけど、この時

ばかりは即決だった。

住んでみたいマンションがあったので

敷金礼金払ってあとは野となれ山となれ。

引っ越しの時は友達総動員で、コピーライターの

専門学校に通っていた時の友人達が引っ越し

センターでバイト経験者が2人ほどいたので、

あわてて夜逃げのように引っ越を完遂して

くれた。

夜逃げじゃなくて昼逃げだった。

わたしが実家をでるときは、家族の誰にも

見送ってもらえなかったけど。

それはそういう決断をわたしがしたのだと

背中で受け止めていた。

つきあっていた彼はこの引っ越しに猛反対

だった。

火に油を注ぐようなことするなって。

もっと穏便に理解してもらおうよって。

わたしがキレたように家を出たことを

受け入れるまでには時間がかかったし。

それが原因で彼とは別れることになるの

だけれど。

引っ越したマンションには俳句教室で

知り合った先輩の恵子さんがいた。

彼女は週刊誌で連載ももつぐらいの

人気者だった。

恵子さんは白い猫と好きなものに囲まれて

暮していた。

栞ちゃんも来なよって軽く誘われて

すぐに不動産屋さんへ直行していた。

わたしもその暮らしを真似しようとした。

好きなものだけに囲まれたかった。

そうしたら引っ越して1週間もしないうちに

わたしは黒猫と暮していた。

どこからかはぐれてしまった黒猫だった。

泣き疲れたのかだみ声でずっと鳴いていた。

すごい痩せていた。

身体の毛には引っ付き虫がぴたっと

ついているような黒猫だった。

はじめてわたしの部屋に来た日、

死んでしまったのかと思うぐらい

ねむり果てていた。

わたしのひとり暮らしを応援して

くれるかのように迷い込んできてくれた。

拾ったのは恵子さんで。

先に繊細で神経過敏な白猫ちゃんのマーシャ

ちゃんがいるので2匹は無理だという。

はぐれものどうしで、ふたり住み始めた。

ひとり暮らしだけど、ふたり暮しだった。

どんどん、日々まるまるとしてゆく、わたしの愛すべき
味方だった。

なんか大げさかもしれないけれど。

夜になると黒い彼が唯一の味方だって思える

瞬間があった。

ただ、ただ味方がほしかった。

ホームと呼べる場所がほしかったのかも

しれない。

夜、黒猫と一緒にいるとき、誰も聞いて

いないのにはずかしくて友達がつけてくれた

ばっかりのその名前をいくらたっても

呼べなかった。

やっと呼べるようになったんだねと

訪ねてくれた人に言われて、あぁいつの

まにか呼んでたんだと、こそばゆく

なったりした。

想いが募ると名前を呼びたくなるんだなぁと。

彼の名前はクロンとなづけた。

彼が訪ねてきてケンカが増えた時、クロンは

わたしのそばでぶるぶると震えていた。

そして、彼を遠ざけてゆくようになって。

いつかふたりで買ったマグカップ。

彼のそれだけを選んで、スツールを通る時に

クロンがちらっと足で払って落としたことが

あった。

一生懸命味方になってくれようとしていた

のかなって思う。

だからわたしはそれを叱れなった。

彼とも別れて、ただ仕事だけをしていた夜。

寂しくなるとぎゅっとしたり、むぎゅって

嫌がるけれど、その黒い毛の上に涙を

こぼした時もあった。

いつも、気がつくと黄昏ていたね、
クロン。

あの頃のはじめてのひとり暮らしを支えて

くれていたのはクロンだって今想う。

エサを食べすぎてダイエットするはめに

陥らせたのは、わたしが夜中まで

帰らなかったせいかもしれない。

幾日も幾日も、マンションの部屋で

ひとり暮らししていた猫は、わたしが

帰ってくると、ふたり暮らしのような風情に

なる。

それがわたしは心強くて。

甘やかすかのように、キャットフードを

大盤振る舞いしてしまっていた。

カリカリって奥歯で噛んでいたあの音が

すごく懐かしい。

今は母とふたり暮らしだけど、母との

こわばった時間を溶かしてくれたのも

クロンの存在だった。

あの時、迷子になったクロンと出会え

なければ、たくさんの幸せもしることなく

時をやりすごしていただろう。

今はもう虹の端をわたってしまった

クロンにはなにかあの時から借りっぱなしの

ような気がしている。

ありがとう。



   

濡れている 猫のからだが まるくちぢんで
ささやきを さらったまま くらませてゆく


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猫のいるしあわせ

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