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34歳ではじめて豆大福を食べたそんな主人公が、とても幸せそうだった。

片付けがたぶんというかぜったい苦手な

ほうで。

よほどむしゃくしゃしたり、腹立っていない

限り本格的片付けするのは難しい。

誰かが家に来る前は、頑張る。

いつもこんなんだったらいいのにねって

思いつつまたなし崩し的に崩れる。

原因はわかっている。

紙のせいだ。

ペーパーレスになれないわたしは、紙に

うずもれてしんでしまうのではないかと

いうぐらいに紙に囲まれている。

紙の新聞、紙の雑誌、紙の本。

新聞はまとめて捨てるけれど、捨てるけど

切り抜いてから捨てる。

赤いカッターでピーって切る。

切り抜きをするクセがぬけなくて。

祖母がいつも新聞の切り抜きをするのが

習慣のひとだった。

記事に定規を当てて線を引いてそこにキレイに

指で折り目を付けて後はハサミは使わずに

ス―ス―スって切っていた。

切り抜く行為。

それが子供心にいいなって思っていて

気づくとわたしもそれをやるようになっていた。

切り抜きの小さいのはチョコレートの入っていた

箱に入れてある。

お腹の空いてる夜中に箱を見ると、これが切り抜き

じゃなくてほんとのチョコレートだったら

なおうれしいのにと夢想する。

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読みながら整理していたら、つかまった。

誰に?

ちいさな細長い切り抜きにつかまった。

片岡義男さんの連載小説だった。

タイトルは『豆大福と珈琲』


主人公は長い間翻訳をしている男の人で

幼馴染と再会したことで結婚じゃない形の

あたらしい「家族」のありかたを探すという小説。

彼はこう言う。

僕の日本語で豆大福のなかの餡を表現しきることは、
残念ながら出来ない。
甘すぎない、柔らかすぎない。口に味が残らない。
これほどの出来ばえの餡が、豆を散らした餅の
表皮によって、くるまれている。
どうやってくるむのか。どこから包み始めて、
どこで包み終えるのか。豆大福をいくら観察しても
僕にはわからない。

豆大福と珈琲というだけあって、

第2回目の連載では豆大福だけの描写で終わって

いるんだけど。

これが読ます読ます。

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豆大福の描写をこんなふうに読んだのは

はじめてかもしれない。

そして彼は豆大福を眺め続ける。

一個の豆大福は、けっして小さくはない。
食べ始めるとき、半分残すか、と思ったほどだ。

もう、豆大福あるあるみたいになってきて。

まぁ、大体そんなもんやね。

ちっちゃいの見たら大きいの買いたくなるよね

みたいなかんじで共感しつつ。

でも、もう描写はいいからはよ食べて。

って読みながら想っていたら

食べてみると、残すなんてとんでもない、
あまりのおいしさに夢中で、気づいたときには
ひとつ丸ごと、きれいに食べ終えていた。

食べてくれはった!

やっと食べてくれてはる!

自分が食べていないのに、

まして自分が和菓子職人でもないのに

なんかうれしかったし安堵した。

でも彼は翻訳者で言葉を生業にしているせいか、

美味しかったねでは終わらなくて。

小説だからあたりまえだけど。

彼はこんな気持ちになる。

一個の豆大福が僕の体のなかに入り、心の内側に
おいてやがて転換されたもの、それはなにか、
それこそが、この豆大福のおいしさであるはずだ。

おいしいとき身体のどこかおいしがって

いるんだろうと思うことがあったけど。

味覚とか嗅覚とか触覚以外にも心の奥底まで

沁み渡っていて。美味しいとは心が美味しいと

言っているその声が聞こえたような表現に

圧倒されていた。

僕の心身の隅々まで静かに行き渡り、そこにしばし
落ち着いたもの、それは幸福感だった。

ここまで来てわたしは、これはゆるぎない

豆大福のことではあるけれど。

豆大福であってそうではない。

片岡義男さんのこの連載小説を読むという

体験そのものが幸福感であることに

気づかされた。

文章を読んで彼はわたしたち読者を幸せに

してくれようとしているのだと。

ここからまだまだ豆大福愛は綴られている

のだけれど。

そしてこの人、主人公は34歳の人生ではじめての

豆大福だったらしく。

沼った彼は夕食のペペロンチーノとトマトスープの

後にもまた豆大福を食す。

そして一番最後の行がこんな感じだ。

もうひとつ食べたい、

そんなに食べたきゃもういくつでも食べなよって

わたしはけしかける。

と、僕は心の底から思った。
食べろよ、とお茶がけしかけた。

わたしがけしかける前にお茶が

けしかけていたのかと仰け反りたい

気持ちで読み終えた。

このお茶はちなみに寿司屋のお茶という

銘柄らしく。

わたしは文章を読んでいてこんなに至福感を

味わったことはなく。

いつの日かこんな文章を書いてみたいという

想いを滲ませながら新聞を切り抜いていた

あの日のことをうっすらと思い出していた。

注がれて 黄昏てゆく みるくのしずく
あまちゅあな 視線とこころ 駆け抜けてゆく


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