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母にとっての#はじめて買ったCDになった、クリスマスのあの日。

秋のせいなのか、時々、音楽に沿ってじぶんの気持ちが、
決まってゆきそうになることがある。

すでにこぼれだしている。
耳をすますなんてことをしないでも、どこからか音がやってきて、
するりと耳のなかから、心のある場所めがけて
ひっそりと、ひそんでしまう音。

ずいぶん前のことだけれど。

あたたかなイヴの日に、仕事の打ち合わせ場所に到着して
タクシーを降りた途端に、そういう経験をしてしまった。

気持ちが曲に、ずるずるとひきずられてゆく。

緊張しながら、スピーチもしなきゃいけない日だったのに。

降りた場所の近くが、DJブースになっていて、エフエムラジオ局に
なっていた。

とつぜん、その曲がなかば有無を言わさない形で流れてきた。

耳なのかどこなのか、わからないけれど。
その曲が耳の入り口あたりに、触れた途端どうしてなのか、なぜか
懐かしがっているような感じが、あふれてきて。

その古い曲は、家族がまだみんなでそれなりに暮らしていた頃に、
母が新聞を読んだり、ガーデニングに凝り出した頃、分厚い植物図鑑と
首っ引きになっていた時に、いつも流れていた曲だった。

全然、そんな場合じゃないのに。

結構アウェーな現場だったのに。

今日、あの曲を聞いたんだよって、母に教えてあげたくて、気が付くと必死で耳コピしていた。

わたしにとって強烈な思い出がある曲じゃないのに、母がいつも何かに勤しんでいる時は、いつもその曲が流れていたことだけが、わたしの記憶に焼きついていた。

暮らしていた家は、もう今はないし。

いろいろあって家族がばらばらになって。

ふたりで引っ越しをしなければいけなくなった時。

母は潔く、いつも聞いていたその曲を、レコードだったけれど。

引っ越しの荷物の中には入れないで、売ってしまった。

もう聞くことないと思うからって、母は言った。

そんな会話を仕事前に思いだしてしまって、わたしは気持ちが、ぶれまくった。

仕事でスピーチ!なんてどこかに飛んでいて、わたしの中では、かつて暮らしていた部屋のことばかりが、頭の中で渦を巻いていた。

だからその曲を聞いた時は、苦さとせつなさとセンチメンタルな気持ちがあいまって。

そんな気持ちに寄り添いたかったのかもしれない。

当然の事、会議のような仕事中も耳コピしていた。

発言を求められたらうっかり、その曲が口からもれでそうで、ちょっとこわかったけど。

家に帰るまでの道のりが、苦しかった。

耳コピが違う曲にすり替わりそうで。

こらえて、電車を乗り継ぎ、ただいまもそこそこに、わたしは口ずさみだした。

すっごい冷めた視線を浴びたけれど。

なになになんなの? ってな感じで。

それ、クイズかなにかなの?

もしかして、アンディ・ウィリアムスのつもり?
もしかして、♬「酒と薔薇の日々」のつもり?

って思い切り笑われた。

かくかくしかじか、今日それを打ち合わせ場所のエントランスで聞いたことを伝えた後。

バッカねぇって言われた。母がバッカねぇって、ちいさなッが入る時は、言ちょっと喜んでいる時だ。

でも、あのレコード捨てちゃったじゃない、越してくる時に。

って寂しそうでもないふりをして、寂しそうに言うから。

「あのレコードはないけれどさ。CD買えばいいんじゃない?」

ってわたしが提案した。

母はあんまりCDは、なんか味気ないとかいっていたのに、あるの?
古い曲でもあるの?ってノリノリになっていった。

あるよ、あるわ、そんなもん!

みたいにわたしも、エキサイトしてきてそう返して。

クリスマスなんだし。じゃ、それぐらいは買ってあげるってわたしが言うと。

いや、わたしが買う。

って母が負けじと言う。

だって、じぶんが聞きたい曲なのよ、あなたじゃなくてわたしが聞きたいのよすっごく。そんなもんじぶんが買うわ。

って熱く語られて。

そして母は近所のレコードショップにいそいそと行き、それを買った。

アンディ・ウィリアムスのベストアルバム。

母がおそるおそるそのCDを、骨とう品でも扱う人のように大事にトレーに
のっけて、▶ボタンにふれたせつな。

耳の中のぽっかり空いていたすきまに、すっぽりと彼の声がおさまってゆくのがわかった。

♬「酒と薔薇の日々」

母とふたりでそれを聞いたのは、深夜をまわっていたけれど。

音のつらなりが、あまりにもムーディーなのに、はじめからその歌が好きだったみたいに、その曲と歌声によって、すべてじぶんの気持ちがくるまれていった。

わたしのではなくて、母の思い出のなかにすんでいる歌のはずなのに。

なにか特別な出来事が、この曲のうしろ側では起こっていたかのような
錯覚に陥った。

であいがしらの音に無防備なわたしは、いつもなにかしらの感情をそこに
あずけたくなる。

クリスマス、それもクリスマス・イヴにあまりいい思い出はなかったのに。

あの日の、「酒と薔薇の日々」に出会えたことは、ちょっといろんなことをちゃらにしてくれそうで、ありがたかった。

そして、母がその曲の記憶にふたをせずに、再びCDを買って、また何事もなかったかのように、あの曲を聞いてくれていることが、ほんのりうれしかった。

そんなこともちろん口にはしないけれど。

その曲が部屋に流れている時は、なんかふたりっきりになったけれど、大丈夫のような気にさせてくれた。

わたしの #はじめて買ったCD ではないけれど。

それは #母のはじめて買ったCD だったけれど。

どうぞ、よかったらお聞きくださいませ♬

生きている あかしをひとつ 音に刻んで
ガラス窓 あなたの息で くもる夜更けは

(歌詞です。YouTubeより拝借しました)

酒と薔薇の日々 笑いながら 走りさってゆく
子供が遊ぶように 野原を駆け抜け
閉じようとしている 扉の中にはいってゆく
”二度と再び”と書かれた
今までそこにはなかった扉
孤独な夜に 通り過ぎる そよ風が運ぶのは
思い出の 数々 あの輝く笑顔が誘った
酒と薔薇とあなたとの日々

くぅーって感じの歌詞(和訳)でした!


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