ユタカ

ワンコソバシティの上空163センチから地球をながめています。◯ http://1-6-…

ユタカ

ワンコソバシティの上空163センチから地球をながめています。◯ http://1-6-3.jugem.jp

マガジン

  • エッセイ

  • ニュージーランドの旅の話

    ニュージーランドの旅の話です。

最近の記事

「存在しない女たち」キャロライン・クリアド = ペレス

※2020年頃に書いたものです。 中学生の頃の話だ。ある晩、母親が「500円あげるから食器洗いをしてくれない?」と言った。 それほど大仕事でもないし、別に疲れるわけでもない洗い物が時折ものすごく面倒になることは、たかだかひとり分の茶碗と皿で済む今の僕にもよくわかる。それでも普段からコツコツと家事をこなしていた母が、「たかが食器洗い」に(我が家のお小遣い事情からすると破格の)500円を出すというのには少し驚いた。何かあったんだろうかと気になった

    • 作り置きおかずの話

      自炊をしている。おかずは作り置きだ。 こう言うと「えらい」と褒められる。褒めてくれるのはだいたい女性なので、きっと自分のがんばりを僕に投影して共感してくれているんだろう。 だけど僕の作り置き生活は、料理本の帯に踊る「いつもの食卓にもう一品♪」みたいなものとはだいぶ様子が違う。「お金」と「手間」を切り詰めて、毎日同じおかずを並べる、文字通りの「いつもの食卓」の繰り返し。日々の献立を考えるなんてもってのほか。怠け心と薄い財布が織り成す終わりのない耐久レースだ。 お金をかけな

      • 名前の話

        「あまちゃん」でおなじみの、岩手県久慈市で僕は生まれた。この街出身の母が帰省して産んだのだ。 両親にとっては第一子、母方の祖父母にとっては初めての孫の誕生だった。生まれたからには名付けねばならない。さっそく家族会議が開かれた。 運命は、父、母、祖父母の4人に託された。遠く盛岡に暮らす父方勢に出る幕はない。おっぱい飲んでねんねしていた当の本人も蚊帳の外だ。 最近ではすっかり様変わりしただろうけれど、日本の男性の名前には漢字2文字が多かった。なぜか。親から1文字もらって付け

        • 応援の話

          かつて岩手(東北?)の高校では、新年度のスタートとともに「恐怖の」応援歌練習が行われた。新入生に応援歌を教えるための行事なのだが、これがものすごく怖かった。おどろおどろしい太鼓が鳴り響く体育館で応援団にならい声を枯らして歌っていると、うろうろ歩き回る上級生が何度も目の前にやってきて、いくつもある応援歌の歌詞を訊ねてくるのだ。 3年生「応援歌3番!!!!」(なぜか怒っている) 新入生「わかき血潮の…たぎる…丘? われらの意気は…天を…てんを…」 3年生「聞こえなーーーいっ

        「存在しない女たち」キャロライン・クリアド = ペレス

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          16本
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          4本

        記事

          希望の話

          「サウルの息子」という映画がある。 ナチスの強制収容所で働くひとりの囚人に、カメラが死神のように張り付いて追い回し、その内側を写し撮るとても生々しい作品だ。 途中、悪名高いガス室の場面が出てくる。はじめに広い更衣室に集められた人々は、「シャワーを浴びるため」に服を脱ぐように命令される。そしてこんな風に声を掛けられる。 「自分の持ち物の場所を覚えておけよ」 彼らがシャワー室だと信じて押し込まれる部屋は、もちろんガス室だ。みんな中で死んでしまうのだから、荷物の場所など覚え

          希望の話

          はじめてのメルカリの話

          昨年の暮れ、はじめて「メルカリ」を使ってみた。読みたかった本が安く見つかったからだ。 何もわからなかったので調べてみると、購入前に「購入希望です」とコメントするのが礼儀だとか、ワケのわからない記事を見つけてなんだか怖いところだなと思った。それはそうしてほしいと明記している出品者に対してだけで良さそうだったけれど、僕が買おうとしている相手がその事について何も書いていないのが逆に不安だった。本当にいきなり購入ボタンを押していいんだろうか。僕の知らないどこかで「礼儀正しい」何かが

          はじめてのメルカリの話

          嫌な夢の話

          子どもの頃、風邪で熱が出ると見る嫌な夢があった。 当時、僕が寝ていたのは玄関脇の4畳間。そこから1畳ちょっとを自分と弟の机に譲って、残った3畳足らずに布団を敷いていた。狭苦しいけれど特に不満はなく、居心地も悪くなかった。 問題の悪夢の中でも、僕は同じような小さな部屋で仰向けになっていた。違うのはその部屋が真っ暗なことと、室内が天井近くまでぬるま湯で満たされていることだ。僕はそこで人肌のお湯にプカプカと浮いていたのだ。 そう言うとまるで最新のリラクゼーションマシンみたいに

          嫌な夢の話

          ホーキング博士と口下手な僕

          昨年、ホーキング博士が亡くなった。76歳だったそうだ。映画「博士と彼女のセオリー」の中で、病気(ALS)を発症した学生時代に、あと数年しか生きられないと言われていたと知った時には驚いた。電動の車椅子で歩き、合成された人工の声で話したホーキング博士。本人が「このせいでサングラスやカツラをしてもバレてしまう」とネタにした、異形とも思えるその姿が僕は好きだった。世界でも指折りの英知を守るための特別な待遇なのかもしれないけれど、それでもひとりのとても弱い人に人間らしく生きてもらうため

          ホーキング博士と口下手な僕

          映画「メッセージ」と小説「光の犬」

          いろいろな映画や本を観たり読んだりしていると、思いもかけない作品同士が繋がって、何かを消化するヒントになることがある。「思い出」はどうしてあんなに美しいのか。そんなことが急に分かったりすることもある。 2017年に「メッセージ」というSF映画が話題になった(注:盛大にネタバラシをします)。突然地球にやって来た宇宙人とコンタクトを取るために、軍に依頼された言語学者が彼らの言葉を解読して…という話だ。 詳しい説明は省くけれど、エイミー・アダムスが演じたこの学者は、「時間の

          映画「メッセージ」と小説「光の犬」

          幸せな物々交換

          少しだけ編み物ができる。 ニット作家の友人が「編み物の本を出した!」と言うので、「それは大変だ!」と慌てて本屋に行ったら、まんまと編んでみたくなったのがきっかけだ。 手始めに簡単そうなミトンの手袋を編んだ。もちろん苦戦はしたけれど、思ったよりもちゃんとした手袋になった。ただ途中で気が付いていた通り、それは僕の手には小さかった。きつく編みすぎたのだ。幸いにもお粗末なその手袋をもらってくれる人が現れたので、喜んでプレゼントした。初めに編んだ右手用はもう少しマシにできそうな気が

          幸せな物々交換

          カランコエの花

          随分と前に教わって感心したクイズがある。 ある日、トラックと乗用車の衝突事故が起きた。トラックの運転手は軽症。乗用車に乗っていたのは父親と小学生の息子で、父親は即死、子どもは頭に大きな怪我を負い、一刻を争う状態だった。子どもはすぐに近くの病院に運び込まれ、緊急手術を行うことになった。幸いなことに病院には脳外科の世界的な権威として名高い名医がいたのだが、手術室に現れた医者は患者を見るなり激しく動揺して「これは自分の子どもだ。とても冷静に手術なんかできない」と言った。 「さて

          カランコエの花

          フルマラソン

          ランニングを始めて6年になる。 最初は5キロがやっとだった。ちょっとハマってマメに走っていたら、ある日たまたま7キロいけた。そうしたらフルマラソンを経験している友人に、「7キロ行けたら10キロ行けるし、10キロ行けたら20キロ行けるよ」と言われた。 乱暴なことを言ってはいけない。たかだか5キロの間でさえ、僕は空腹の子猫のように弱音を吐く自分の心にムチをふるい、返す刀でこれを走りきったら高いアイスクリームを買ってやってもいいと甘い話を持ちかけて、どうにかこうにか持てる力を絞

          フルマラソン

          4. ヒッチハイク完結編

          悠然とホームに滑り込んでくる新幹線みたいな迫力で、それは僕たちの前に現れた。 からりと晴れた秋の始まりの日、相変わらずヒッチハイクで旅を続けていた僕とEさんは、軋む音を立てて目の前に停車した巨大な鉄の塊を前に、互いの顔を見合わせていた。タイヤだけでも30個くらいある冗談みたいな代物が、プシュー、プシューと音を立てて身震いしている。自分で停めておいて文句を言うのもなんだがちょっと怖い。貧乏旅の足にするにはあまりにオーバースペックすぎる気はしたが、何はともあれ僕たちはずーっと先

          4. ヒッチハイク完結編

          3. ヒッチハイク中編

          思いがけずあっさりとヒッチハイクに成功した僕たちは、喜び勇んでブルース(仮名)の車に乗り込んだ。 実は、僕たちが簡単に車を捕まえられたのには、単なるビギナーズラックだけではない理由があった。ブルースが言うには、カップルのヒッチハイカーは乗せる方も安心なので停まってもらいやすいのだそうだ。僕たちはいわゆるカップルではなかったけれど、童顔の東洋人の中にいても若く見られるルックスはいかにも人畜無害、「どこでも生きていけそう選手権」優勝候補のむさくるしいベテランバックパッカーを愛車

          3. ヒッチハイク中編

          ボランティア精神

          中学の頃の話だ。 ある日、学校で「緑の羽根共同募金」のボランティアの募集があった。土曜の午後、学校が終わってから夕方まで街頭に立って、募金を呼びかけるだけの簡単なお仕事だった。 これが小学生の頃ならば、週の中でもいちばん楽しい土曜の放課後(当時は午前授業だった)を募金活動に捧げる気にはならなかったはずだ。だけどそのとき僕が属していたのは、封建的な昭和の野球部の下っ端で、「声だし」と「球ひろい」しかすることがないのになぜか怒られるネタは尽きない理不尽な世界。「共同募金」は、

          ボランティア精神

          2. ヒッチハイク前編

          ニュージーランドの旅の続きだ。 通称「キウイ」と呼ばれるニュージーランド人は、お隣オーストラリア人の付き合いやすさに北欧風の奥ゆかしさをまぶして、仕上げにタイ人の微笑みを回しかけたような気質を持っている。町を歩いていても、目が合うと誰もが大抵ニッコリと笑いかけて「ハロー」とあいさつをしてくれるようなお国柄だ。見慣れぬ旅人に嬉しそうにハニカミスマイルを投げてくれる小さな子どもたちのことは今でも忘れられない。僕たちは、まるで散歩道で出会う野の花みたいな彼らのことがすぐに大好きに

          2. ヒッチハイク前編