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3. ヒッチハイク中編

思いがけずあっさりとヒッチハイクに成功した僕たちは、喜び勇んでブルース(仮名)の車に乗り込んだ。

実は、僕たちが簡単に車を捕まえられたのには、単なるビギナーズラックだけではない理由があった。ブルースが言うには、カップルのヒッチハイカーは乗せる方も安心なので停まってもらいやすいのだそうだ。僕たちはいわゆるカップルではなかったけれど、童顔の東洋人の中にいても若く見られるルックスはいかにも人畜無害、「どこでも生きていけそう選手権」優勝候補のむさくるしいベテランバックパッカーを愛車に招き入れるのは戸惑っても、ダンボール箱でミィミィ鳴いてる子猫同然の僕たちのことを、心やさしきキウイ(ニュージーランド人)たちが置き去りにできるわけないのだ。

ブルースご自慢の古くさい車はすぐに町を抜け、順調に山あいの道を走りはじめた。それまで1年近くを平べったくてカラリと乾いたオーストラリア大陸で過ごしていた僕たちは、目の前に現れては過ぎ去る山々の連なりとみずみずしい緑に懐かしい日本の景色を重ね、長らく忘れていた里心に後ろ髪を引かれながら南へと向かった。

旅をしているとたくさんの人と出会う。そしてあっという間の別れが毎日毎日やってくる。安宿に入っては同室の面々と、「どこから来たの?」「これからどこへ?」と教えあい、次の朝には「良い旅を」と言って別れる繰り返しだ。初めてのヒッチハイクも終わってみれば一瞬の出来事で、ブルースの好きな釣りの話や僕とEさんの「なれそめ」なんかを語り合っているうちに車は目的の町に辿り着いた。未知の冒険を成し遂げた喜びで高揚していた分余計にしんみりする僕たちに、ブルースは本家ブルース・ウィリスでも絶対に敵わない最高の笑顔で旅の幸運を祈ってくれた。ザッカーバーグが世界を変えるのはまだずいぶんと先の話だから、僕たちに交換すべきアカウントはなかったけれど、Eさんがこの時のために用意していた折鶴をプレゼントすると、彼は心からうれしそうに受け取ってくれた。

興奮覚めやらぬ僕とEさんは、町のキャンプサイトでテントを建てる間も、お粗末な食事の間も、たぶん寝袋に包まった後もこの特別な1日のことをいろいろと話したはずだ。そしてそれ以降も(主にEさんの番の時に)順調に車を拾って旅を続けた。というわけで、次回はヒッチハイク編の仕上げに、僕たちが親指一本で釣り上げたいちばん大きな車と、そこで迎えたこの旅最大のピンチの話をしたいと思う。

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