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幸せな物々交換

少しだけ編み物ができる。

ニット作家の友人が「編み物の本を出した!」と言うので、「それは大変だ!」と慌てて本屋に行ったら、まんまと編んでみたくなったのがきっかけだ。

手始めに簡単そうなミトンの手袋を編んだ。もちろん苦戦はしたけれど、思ったよりもちゃんとした手袋になった。ただ途中で気が付いていた通り、それは僕の手には小さかった。きつく編みすぎたのだ。幸いにもお粗末なその手袋をもらってくれる人が現れたので、喜んでプレゼントした。初めに編んだ右手用はもう少しマシにできそうな気がして、そちらだけはもう一度編み直して新しい方を渡した。そんなわけで、お粗末でかわいい初代右ミトンはちゃんと記念にとってある。

ちょうどその手袋を編もうと思っていた時のことだ。件の友人が twitter に「本作りで使った毛糸が余っているので欲しい人にあげます」と書き込んだ。まさに僕が使おうとしていた毛糸だったし、ついでに編み針も譲ってくれるというのでありがたく頂くことにした。そしてお礼に料理家の友人が手作りしている評判のジャムをプレゼントした。とてもおいしかったと喜んでくれて、僕までうれしくなった。

ここでハタと気が付いた。僕は毛糸と編み針を買うはずだったお金をジャムに回しただけで、特別な出費はしていない。友達への贈り物を選ぶのは楽しいことだし、ジャムを買った大好きな店では出勤前のコーヒータイムも満喫した。達人のお下がりの道具だと思うと編むのにも気合いが入った(キツく編み上がったのはそのせいに違いない・笑)し、ただ手芸店で買い物しただけだったら起きなかった幸せなおまけがたくさんあった。

店に行かなくても買い物ができる便利な世の中でも、こういうやり取りが楽しいと感じる人は少なくないはずだ。ちなみにこれに味をしめた僕は、iPhone 純正のイヤホンを無くした時に、「使わずに余らせている人、それ下さい」とツイートしてみた。「お礼にイヤホン代相当の岩手の何かを送ります」と。そうして、もう何回か余計に無くしても大丈夫なくらいの人に手を挙げてもらい、家電店に行くよりよほど心躍る買い物に出掛けたのだった。

さて、話を編み物に戻そう。実はこのエピソードには続きがある。なんとこの出来事を通じて、ニッターと例のジャムの料理家の交流が始まったのだ。初めはSNSを通じて、そして今やそれは子連れで家に泊まりに行くような家族ぐるみの付き合いになっている。物々交換の向こう側でも、使うあてのない毛糸がジャムに化けただけじゃないたくさんのいい事が起きていたのだ。ひょっとしたら、と考える。彼女たちは初めから知り合う運命だったのかもしれない。だって、僕のお粗末な手袋を欲しいと言ってくれたのは、ニッターと出逢う前の料理家その人だったのだから。

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