『「選択的シングル」の時代』|こんなフラットなシングル論を待っていた!!(編集者・関 美菜子)
「日本にもこの本を必要としている人が絶対にいるはず!」
ーー今日はよろしくお願いします。早速ですが、出版の経緯をお聞かせいただけますか?
関 よろしくお願いします。私は社会人10年目、文響社に来て4年目なのですが、転職して編集者になったので、文響社歴=編集者歴なんですね。
また、扱うジャンルが翻訳書ということで、転職1年目は宝探しのようにひたすら海外の書籍をチェックしていました。
その中で『「選択的シングル」の時代』の原著、”Happy Singlehood: The Rising Acceptance and Celebration of Solo Living”に出会ったんです。
「日本にもこの本を必要としている人が絶対にいるはず!」と思い、著者や現地の出版社と直接やりとりし、社内の企画会議も無事通過して日本での出版権を獲得することができました。
そういう意味で、この本は、私が翻訳書編集者として初めてゼロから携わった一冊なんです。
ーーそうだったんですね。どういうところが関さんの琴線に触れたのでしょうか?
関 何よりもまず、私が今まで見聞きしてきたものとは違うフラットな「シングル」の論じ方が印象的でした。理論と現場の声のバランスが良く、感情論に走っていないところがいいなと。
「シングル」という選択肢を偏見なしにフラットに見てほしい
関 日本では「おひとりさま」「パラサイト・シングル」「独身貴族」「バツイチ(「バツ」というネガティブな表現で離婚歴を表現する)」「結婚"できない"」「シングル・マザー」など、シングルにまつわる言葉や言説は、どこかネガティブで偏りがあるように常々感じていました。
一方で、この本では、幅広い立場・年齢のシングルを対象に、豊富なデータやインタビューに基づいて冷静な分析・提言が行われていました。
ポジティブすぎるわけでも、シングルを卑下したり危機感を煽ったりするようなネガティブさがあるわけでもない。著者も述べていますが、この本はアンチ結婚本でもないんです。ただただ、シングルという生き方がもつ可能性について光を当てている。
「シングル vs 既婚者」という対立構造から離れ、単純に人生の選択肢として「結婚する」ことと同じくらい「シングルでいる/シングルになる」という道を考えることができたら、もっと幸せになれる人がいるんじゃないかと思ったんです。
結婚「できる・できない」ではなく、単に結婚「する・しない」でいい。
ーー確かに「結婚」となると「する・しない」ではなく「できる・できない」という軸で語られがちなのは、よく考えると不思議ですし、息苦しい感じもしますね。
関 まさにそうなんです。もちろん、経済的理由などから結婚したくてもできない人もいると思います。
一方で、「シングルがいいからシングルでいる」人が不当な差別や偏見に遭ったり、本当はシングルでいたいのに「結婚していないと問題があるように周りから言われるから」と結婚に追い込またりするのは、不幸でしかないというのはこの本でも語られていることです。
『ゼクシィ』のコピーにも「結婚しなくても幸せになれるこの時代に…」という前置きがつくことに象徴されるように、結婚至上主義や「結婚=幸せ」という方程式は以前ほど声高には主張されていないようにも感じます。
ただ、それは私が東京という大都市で暮らしていることや、身近な人たちから「早く結婚したら?」「子供はいつ?」という「結婚・子供プレッシャー」を全く受けずに過ごしてきたからもあるかもしれません。
私が薄々感じていたこれらの感覚もこの本ではすっきりと言語化されていて、結婚やシングルという、生き方に関連したモヤモヤを抱える人にとっては、頷く部分の多い本だと思います。
「どうして人は結婚するの?」ーーずっと世の中が不思議だった
ーーそういう感覚はいつ頃からあったんですか?
関 うーん、子どもの頃からですね。昔から「なぜ?どうして?」ばっかり考える子どもだったんです。(笑)
たとえば、「お姫さまが王子さまと出会い、いろいろありましたが結婚して子どもを産んで、しあわせに暮らしました。めでたしめでたし」というおとぎ話。物語のゴールは大体が結婚で、その後の生活に関しては詳しく語られないですよね。
私の頭のなかは、「結婚してどんな風にしあわせだったんだろう?ケンカとかはしないのかな?結婚式ってどうしてやるんだろう?準備とかすごく大変そうだし、『お付き合い』で仕方なく参加してるような大人もいるのに…。子どもを産むのだってすごく大変そう。そしてそれはどうして『おめでたい』ことなのかな?」みたいな疑問でいっぱいでした。
他にも、「どうして算数なんかやらなきゃいけないの?」「どうして大人はお酒が飲めるの?」「なぜお祭りがあるの?」「どうして首都は東京なの?」「どうして働くの?」とか。(笑)
ずっと世の中が不思議でしたね。だからこそ、大学で文化人類学という「結婚とは、婚姻とは何か?」「家族とは?」「お金とは?」「宗教とは?」などといった世の中の疑問を幅広く扱う学問に没頭できたのは僥倖でした。編集中は、大学時代に学んだことにも大いに助けられました。
著者は出生率の高いイスラエルをルーツにもつ社会学者
ーー著者のエルヤキム・キスレフ博士はどんな方なのでしょうか。
関 イスラエル出身で、米国・コロンビア大学で社会学の博士号を取得した方です。今は、イスラエル・ヘブライ大学の公共政策・政府学部で教鞭を執っています。マイノリティー、社会政策、シングル研究が専門です。
同じくイスラエルルーツの社会学者といえば、日本でも話題の『母親になって後悔してる』(新潮社)の著者オルナ・ドーナト博士がいらっしゃいますね。
イスラエルは、OECD加盟国の中で出生率は過去20年間トップ、2020年のデータで見れば3.0人(日本は1.3人)と子だくさんの国です(OECD統計より)。だからこそ「子供を生め/生まなくては」というプレッシャーがひょっとすると日本以上に強いのかもしれません。
となると自然と、シングルの人への風あたりも強いのではと思うこともありました。これはイスラエルの方々のお話を聞いてみないとわからないですが。ちなみに本書は著者がエルサレムでの幼少期を回顧するシーンから始まります。
シングル=未婚の人、そして離婚・死別などでひとりの状態にある人
ーーこの本でいう「シングル」はどんな人ですか。
関 この本では、未婚の人だけでなく、離婚や死別によってまたひとりになった人も含めて「シングル」と定義しています。同棲は結婚に近く、国によっては結婚と同等の権利を認められている場合があるので、同棲した人はシングルとしては扱っていません。
「シングル」と聞くと、未婚の人を思い浮かべることが多いかもしれませんが、離婚や死別を経てひとり身の人もはっきりとシングルと分類しているんですね。
この点が大事なのは、平均寿命がどんどん延びる現代にあって、結婚しても将来的に再びシングルになる人が増え、ひとりひとりがシングルで過ごす期間自体も長期化する可能性を示唆していることです。
また、ご自身のお子さんや会社の同僚や部下が生涯シングル・一時的にシングルになることも、これまで以上に増えていく可能性が高いですよね。そういう意味で、この本は現時点の自らの婚姻状況にかかわらず、さまざまな方に読んでいただきたい本です。
政策立案関係者やビジネスマンの方にこそ読んでほしい
ーーくしくも日本語版は、「異次元の少子化対策」が話題になる年に刊行されることになりました。その点について思うことはありますか?
関 少子化対策ももちろん大事なことだと思います。子どもがほしいのにそうできないという社会的状況は、是正されていく必要があるでしょう。
同時に、シングル人口の台頭という日本も含めた世界的な状況と、その背景にあるメカニズムを理解することも大切なのではないでしょうか。この点については、翻訳者の舩山むつみさんによる「訳者あとがき」をご紹介させてください。
関 また、職場での独身差別に関する考察や、世界各地のシングルマーケットの具体的事例も多く盛り込まれているので、ビジネスの観点からも楽しめる内容になっていると思います。
ーー最後に読者の方にメッセージをお願いします。
関 世界が目まぐるしく変わる中で、皆さん一人一人の生き方も変わっていくことと思います。結婚する人もいれば、しない人もいる。離婚や死別によってまたひとりになることもあれば、再び誰かといることを選ぶ人もいるでしょう。
本書が皆さんにとって、人生という航海の中での羅針盤…とまでは行かないまでも、何かの際に読んでみたい・読み直したい一冊として記憶の片隅に残ることになれば、これ以上うれしいことはありません。
ーーありがとうございました!
▼翻訳書編集部の平沢・関が編集した『性の歴史』についてのnoteはこちら。