『やれますよ。代償は魂だ!』~無理難題のコミュニケーション術~

突然の仕様変更。コンセプトの大転換。「すごくイイですね! ……イイはイイんですけど……一応、もう2、3パターン見たいですね。」への対応。

とかく、制作現場には日常的に無理難題が降ってきます。

私が経験したなかで一番大きな衝撃は、「事業モデルの転換」と、それに伴う「良しとする記事の大幅な変更」でした。制作中のページも、積み上げてきたノウハウもすべて崩れ、それどころかサイトポリシーそのものをネジ曲げるような変更……。でも、お仕事なのでやらないといけないですよね。サラリーをもらっている以上は。

それ以前にも、クライアント都合による急な修正依頼はたくさん経験しています。

そんな、無理難題への私なりの対応策をまとめてみました。参考になれば幸いです。

「できない」「無理です」とは、絶対に言わない

ちょ、ちょっと待ってください! 「なんだよ、精神論かよ」とか「根性でなんとかするとか、睡眠時間を削って作業するとか、そういうことか? バカバカしい!」とか思って、ブラウザの×を押さないでください! 事情は後で説明します!!

まず、無理を言ってくる人たちには、いくつか種類があります。無理を言ってくる人たちの種類別に、対応策はあるのですが……それは次項で説明します。

そもそも、本来は「できない」「無理」なんてことは、概ね存在しないのです。物理的に無理な場合、例えば、あと2秒以内に100億ページ作れ! とかは真の無理です。
ですが大体の場合は、「費用感が合わない」「期間が合わない」「人的リソースが合わない」のいずれか。「できない」のではなく、要するに「割に合わない」。

コンセプトからひっくり返してきたとしても、費用や予算を倍にするとか、期間を一から取り直して、もう一度ゼロからやり直すとかすれば、可能になります。

めちゃめちゃ技術的に難しいことをやろうとしても、それができるだけの人的リソースを確保する余裕をもった期間と、金銭的余裕があれば、不可能ではありません。

「できない」「無理」ではなく、「できます!」と宣言しましょう。声高に、「あと5000兆円くれたら、余裕ッスよ!」と。

または、「期間は〇〇日追加になります。同時進行している△△の案件を停止する必要があります。さらに、作業人工はプラス〇〇人日増えるので、費用感はプラス〇〇円になります。そうすれば、できますよ。」と、お伝えしましょう。

無理を言ってくる系の人のタイプを理解する

タイプ別に対応していきますが、まずは、無理を言ってくる人がどんなタイプに分けられるのか、ちょっと整理してみましょう。

まず一つが、誤解してる系
彼らは、時間は無限にあって、リソースも無限にあって、自分が望めばすぐにパッと望んだものができあがる、と考えています。
だから無限にリテイクを出すし、「自分が”直せ”と口に出したら、魔法か何かで“パッと直る”はずなのに、そうならないのはおかしい!」と駄々をこねるのです。
もちろん、そんなわけはありませんよね。

もう一つが、とりあえず言ってみた系(ワンチャン系)
彼らは、自分たちが払った金額も、いくらの利益を生むプロジェクトなのかも、リソースが有限であることも、直すのは大変であることも、ある程度知っています。
だからこそ、コソッと、ちょっとだけ願望込みで、無理を承知で言ってみるのです。
「俺たち、つきあっちゃう?」って、とりあえずブッ込んでみて、「えぇ~、もう冗談ヤメテよ~」ってなったら、「もう、本気にしないでよ、冗談冗談」ってなるヤツと同じ感じですね。
作業リソースに対して鎌をかけているというか、ある意味では試している、みたいなところがあります。

あと一つは、軸がブレている系
彼らは、最終的な成果物がどうなるのか、イメージできない状態で依頼してきています。そして成果物ができあがった今も、何が正解なのか分かっていません。
彼らは、不安で不安で仕方がないのです。「これでいいのか? それとも、こっちか? 現物を見たら、余計にいろいろ気になってきたぞ……」というわけです。そりゃあ、無限リテイクを出してきますよね。
加えてこの分類には、鶴の一声系も含まれています。現場では、こっちも先方も満足していたのに、先方の上司が突然シャシャッて来やがって、鶴の一声で台無しにしてくるパターンです。初耳の要件を盛り込んできたり、全然違う訴求を熱く語ってきたり。先に言って!? それ!!!
これは、先方のなかで軸が統一されておらずブレていた、ということです。

厳密にはもうちょっとありますが、大体このくらいに分類できると思います。(まだ見ぬ無理を言ってくるタイプをご存じでしたら、教えてください!)

それでは、次からはタイプ別に対応を見ていきましょう。

誤解している系とは、素直に対話しよう

これは一番、素直な対応です。誤解しているだけなので、誤解を解いてあげましょう。

追加作業によって発生する、費用追加や期間追加の見積もりを提出するのです。「実は……リソースはね、無限じゃないんです! 直すには、人が、作業をしないといけないんですよ!」と、教えてあげましょう。

場合によっては、費用追加や期間追加を飲んでくれることがあります。
「ムチャクチャ言って来やがって、無理に決まってるだろ!」と、イラつく気持ちも分かりますが、素直に対話することで解決するかもしれません。

それ以前にですが、無限リテイクされちゃう可能性があるような契約を結んでいないかは、一応確認しておきましょう。
無茶な契約を悪用した、意図的な無限リテイクの可能性もあります。無限リテイクしても費用感や期間が変わらない、という契約であれば、そりゃ、するよな。納得するものができるまでやるよな。と、思います。

制作物に責任をもつのは当然のことですが、制作期間や費用も契約書に盛り込んでおくことをオススメします。

ワンチャン系には、「お見合い」を申し込む

個人的に一番判断が難しい、と思うのが、この「とりあえず言ってみた系(ワンチャン系)」です。

こちらの対応力や懐の深さを試している感じがあり、断ったら今後の関係に影響するのでは、と勘繰ってしまいます。

もちろん、リソースを圧迫しないなら、対応してあげるのも手です。
会社に所属しているとしたら、今、自分がガンバっても、自分の懐に入ってくる金額は毎月変わらないのかもしれませんが……。
フリーランスや個別で契約をしているなら、「上客」になってもらって、次回以降の依頼金額アップを目指せるかもしれないし、「太客」になってもらって、定期的に仕事を回してもらえるようになるかもしれません。

例え会社務めだったとしても、意外と「貸し」みたいな感覚があって、難しい要望へ対応することには利点もあります。
「この前の貸しな、あれを返してもらおうか。この前、無理を通してやったんだから、今回のオレの無理も、そっちで通してくれよ。」みたいなヤツです。
そこまで露骨な感じではないですが、「ちょっとずつ、やりやすくなる」とか、いわゆる「関係値を築く」みたいな感じが近いですね。
後日、営業さんから「先方に、無理を聞いてくれてありがとう、って言われて、次の契約が取りやすかったよ!」みたいなこともあり、巡り巡って利益を生むこともあります。

あちらのワンチャンジャブには、こちらもワンチャンジャブで返す。
「これを受けてもいいけど、便宜……図ってくれますよね、当然。」みたいな。
そんなジャブの打ち合いが続くと、「どっちの攻撃が通るか、お互いに見合ってしまい、動けなくなる」という「お見合い状態」(サウザンドウォ-ズ)になります。この状態に陥ると、切実な要望だったら相手から折れてくれるし、言ってみただけであればチャンス無しと気づいて引き下がってくれます。
あるいは、十分な譲歩を引き出せたなら、こちらから先に折れてもいいでしょう。名より実を取る感じですね。

もちろん、自分を安売りしたり、よくある「金にはならないけど、実績にはなるので」系の仕事ばっかり受けるのは、破滅への近道なので、やめたほうが無難です。

ワンチャン系なら、割り切り対応でもOK

と言うか、これ系の人には、ちゃんと「費用感が合わなさすぎます! 金か時間をください!」って言えば、けっこう通じます。
「じゃ、いいです」か、「じゃ、金額増やします」か。

打算的に関係値を築くよりも、ビジネスはビジネスと割り切って、素直に取引したほうが丸く収まることのほうが多いです。

軸がブレている系は、コンセプトを共通言語に

一番判断が難しいのがワンチャン系だとしたら、一番解決が難しいのがこちらです。

大抵は、自分の軸がブレていることに気がついていないので、まずは自覚してもらうことから始めます。
大声で「なにもわかってねぇーなぁ! てめぇ!」みたいにする必要はありません。

まずはプロジェクトのコンセプトを、相談して決めます。そして事あるごとに、コンセプト通りかどうか、一緒に確認していけば大丈夫。

オススメのコンセプト設定は、
『この「〇〇〇という特徴(=バイライン)」をもっている
「商品/製品/サービス/プロジェクトの名前」は、
「対象となるユーザー(=ターゲット)」にとって、
「〇〇〇という利益や満足を与えられる(=タグライン)」である。』
という形式に則って説明することです。

例を挙げると、
『この「ミントの匂いで頭がスッキリする効能」をもっている
「ミント味のキシリトールガム(商品名に読み替えてください)」は、
「20代~30代の働く男性」にとって、
「タバコに変わるリフレッシュアイテム」である。』
という感じ。

コンセプト、タグライン、バイラインについてはこちらのページでも紹介しています。

コンセプトの作り方の紹介は、こちら。

ターゲット、どんな効果にフィーチャーするのか、それはどんな利益や満足を生むのか、について、どれか一つでも説明できない点があれば、それは軸がブレているということ。明確に言語化して、共通認識としてもってもらいましょう。

そうすれば、相手の軸がブレそうになったときはコンセプトに立ち返ることができます。
急に「もっと可愛くしたい」とか言い出しても、「でも、ターゲットは20代~30代男性ですよね? 可愛いパッケージがウケるかなぁ……? リサーチ結果とは合いませんが……。」という話をしたり、「キシリトールの予防歯科感を出したい」とか言ってきても「今回の制作コンセプトはリフレッシュ感なので、予防歯科感は別のキャンペーンのときに回しましょう! 次回以降で!」と、違和感なく提案できます。
そして先方も、不安感なく、コンセプトという拠り所に寄り添って、安心してOKの決定を下せます。

これは、鶴の一声系への対策にも有効です。先方に渡して、このコンセプトで進めるがOKか、上司にも確認を取ってくれ、とお願いするのです。
上司のOKをもらえれば、こっちのもの。
人は、自分が一度確認し、OKを出したら、あとは「その決定を支持しようとする」という傾向があります(「コミットメント効果」、または「一貫性の法則」)。
突然割り込んでくるかもしれない不安要素が、一転して、我々のコンセプトを支持してくれる味方に変わるのです。

すべての答え:こまめにすり合わせをし、共通認識をもつ。コンセプトも費用感も期間感も

なんのひねりもなくて申し訳ありませんが、「コンセプトも費用感も期間感も、こまめにすり合わせをする。共通認識をもって、同じ目標を目指して制作する。」ということに尽きます。結局は。

これだけやっていれば、ほぼ大丈夫です。

どこかで、コンセプトが固まっていなかったとか、費用感に答えが出ていなかったとか、書面や証拠になる物で残っておらず全部口頭でやり取りしていたとか、そういう不備がある場合に問題が顕在化します。

少なくとも、あらかじめコンセプトや費用感や期間感の事前すり合わせを完了させ、明確な証拠の残るやり取りと承認があれば、自分の身を守ることはできます。

無理難題に押し潰されるのは、とてもツラく悲しいことなので、せめてどちらに非があるのかを明示できる状態にしておきましょう。
そうやって後顧の憂いを断てば、良いクリエイティブ(成果物)を制作することに専念できるというものです。

補足:どうしようもないことは心配しない

どうしようもない、それこそ、「事業モデルの大転換」とか「急に先方の社長が逮捕された」とか、そういうことでもない限りは、これまでの手法を満たせば大丈夫でしょう。そして、そういうどうしようもない系は、本当にどうしようもないので、心配するのはやめましょう。

それこそ、杞憂です。
杞憂の語源は、古代中国での国の人が、「天が落ちてこないか、心配していていた」ことにあります。
心配しなくていいことを心配する、という意味がありますが、私は「心配しなくていい」とは、起こる、起こらないに関わらないことだと考えています。だって、その杞の国の人、実際に天が落ちてきたらどうするつもりだったんでしょうね。できることなんてないはずです。

起こったら仕方ないことは心配せず、どーんと構えて、やれることをやっていきましょう。

思い切って“切る”勇気も

難しい判断ですが、それでもうまく行かないことは、あります。

オカルトは信じない私ですが、なんか、何をやっても、どんなに万全に準備しても、悪霊とかの仕業じゃねーかってくらいに、うまくいかないクライアントってのがあるんですよね。相性が悪いとでも言いましょうか。
万難を排して、うまく行きそうになったときに……先方の事業計画が見直しになって、急に計画の大幅修正が必要になったり。
うまく行っていたのに、自社の別部署がやらかした、とんでもないミスのフォローで作業計画が立て直しになったり。
みたいなことが、我が身に実際に起こりました(上記は同一クライアント)。
もはや「絶対にうまく行かせないぞ」という、大いなるパワーの意志を感じます。

ほかにも、毎回毎回無理を押し付けてきたり、「貸し」を返さなかったり、「金にはならないけど、実績にはなるので」系の仕事ばっかりもってくるクライアントは……ちょっと、考えたほうがいいかもしれません。

そんなクライアントへの対応で疲弊して、良い関係にあるクライアントに迷惑をかけてしまったら、それこそ酷い話です。
そして、自分が潰れてしまっては元も子もありません。

我々制作側と依頼者やクライアントは、本来、対等な関係のはず。対等な関係を前提に、契約に従って、役割を遂行しているだけです。
それを越境して、まるで上下関係があるかのように振るまってくる相手とは、距離を置いたほうが良いでしょう。

個人契約やフリーランスであれば、仕事を受ける受けないはある程度選択できます。会社人だとしても、上司に相談し、担当を変えてもらうなどしてみましょう。

まとめ

・「できない/無理」の代わりに「どうすればできるか」で答えよう。
・無理難題を言ってくる相手は、タイプ別に対応しよう。
・基本は「コンセプト/費用/期間」のすり合わせが大事と心得よう。
・どうしようもないことを心配するのはやめよう。
・どうしてもやりにくい相手とは、可能な限り距離を置こう。

大事なのは、「できない」「無理」と跳ねつけることではなく、「どうすればできるか」を提示することです。
「できない」「無理」を送っても、「やれ!」「お願い!」としか返ってきませんが「どうすればできるか」を提示すれば、「それを飲めるか」の話になるからです。
こちらが提示した費用や期間に対して、相手も「できない」「無理」となるかもしれませんが、その狭間でなんとか妥協点を探っていきましょう。

私はかつて、無理な日数でページ制作を依頼してくる営業さんには、「孫の魂」を追加費用として依頼していました。
彼らは「孫の魂を生贄にしてでも、早急にページをオープンしたい」と願い、私はそれをよしとしたのです。
契約成立。
丁度いい妥協点ですね。
そろそろ、お子さんが生まれている方もいる様子。孫までもうすぐ。
回収するのが楽しみです。
(まぁ、そのくらい「無理な依頼なんだぞ、分かってんのか!」ってことでしたが……。「貸し」は……だいぶ、返してもらってないなぁー。うん、ホントに「貸し」を「回収」するか。)

無理難題に潰されないように、楽しく誠実に制作していきましょう!

それでは、みなさんに良きクリエイターライフがあらんことを。

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