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【第2話】網膜剥離闘病記 ~網膜剥離になりやすい人の特徴。手術は滅茶苦茶痛い!?~


手術のため、大学病院で診察を受ける

眼球にシリコンの帯を巻く!?驚愕の手術内容

 その大学病院の診察室は、眼科だけでも担当医やその医師の専門分野ごとに、大手ファストファッション店舗の試着室のように入り口が黒いカーテンで仕切られた小さな診察ブースが10部屋余り並んでいて、その診察室エリアを取り囲むように待合スペース、検査エリア、視力検査エリア、処置室が配置されている。試着室が並んでいるようにも見えるし、人が順々と室内に収まっていく様は競馬のスターティングゲートに見えなくもない。待合スペース内に流れた僕の名前と診察室番号の指示に従って診察室にゲートイン。
 診察室に入ると担当医が座っていた。S先生という若い男性の医師は軽めの挨拶も程々に、強い光で僕の眼球を照らして医療機器越しに覗き込んだ。続いて点眼タイプの麻酔をして、レンズを直接眼球に押し当て、更に強い光で眼球の奥まで覗き込む。点眼タイプとはいえ麻酔が効いているので痛みは感じないが、それでも眼球に異物を押し当てられている違和感はある。しばらく上下左右に眼球を動かして様子を見た後、S先生は軽くも重くもない声のトーンで話し始めた。
「かなり進行している網膜剥離で、網膜復位術、強膜バックリングという手術が必要となります。」
 もちろん初めて耳にするその手術名について質問をすると、
「眼球と目を動かす筋肉の間にシリコンスポンジの帯を巻いて眼球を変形させ、硝子体が網膜を引っ張る力を緩めて網膜裂孔を閉鎖する手術です」
 つい数時間前に網膜剥離と出会った僕としては、予習が全くできていないのでほぼ理解ができていないが、その術方が穏やかではないということは分かる。眼球とその周りの筋肉との間にスポンジの帯を巻くなんて、なんだかズボンのベルトループにベルトを通してギュッと締めるみたいだなと変な想像をしたが、ズボンと胴体を眼球や膜としてベルトループを眼球の筋肉とすると意外としっくりくる表現かもしれないとS先生が表示させているパソコン上のイラストを見て思った。

想定外の入院。失明の可能性も。手術で視力の低下が確定的。

 「手術の為に入院の予約を取りますが、1月23日はどうですか?」
 数時間前、街医者に送り出された時の感覚ではサクッと手術をして帰れるものだと思っていたが、今日の処置ではなく後日手術で更に入院が必要とは正直驚いたのと同時に、手術内容の説明あたりからその情報量と内容の難しさのせいで脳の処理速度が追い付かず、自分の意思に関係なく物事が進んでいく違和感があったので一度話を整理する時間を稼ぐ意味も込めて、
「ええと、入院が、必要なんですか?」
 とあえてゆっくりめに聞くと、S先生は僕のその意図とは関係なく、むしろそれまでのスピードより速く喋り出した。
「痛みがないのであまり実感がないかもしれませんが、現時点で既に重症です。剥離の範囲が黄斑部まで及ぶと極端な視力の低下や失明の可能性もありますので、手術は早めの方がいいんです。」
「失明…することがあるんですか?」
「あります。本当は今日から入院してもらって手術した方がいいのですが、あいにく手術の予定がいっぱいなので、後日にしたのですが、そのくらい大変な状況だと認識してください」
 急に怖くなってきたが、治療方法は手術以外にないとのことで、手術を受けることを選択した。するとS先生は手術の効果や術後の経過についてなど、より細かい話を始めた。
「手術の成功率は80~90%、経過がよくないと再手術や他の処置をすることもあります。尚、この手術は網膜剥離の治療を目的としたものですので、手術が成功したとしても眼球が変形するのでほぼ確実に視力は落ちます」
 今思うとここが一番怖かった。手術が成功しても、近視や乱視が増加してしまうというのだ。他の多くの疾病であれば、罹患以前の状態を取り戻すために治療をするしそれが当たり前だと思っていたが、網膜復位術については手術の成功≒視力の低下だというのだ。僕の右目の裸眼視力は術前でも0.08程度しかない(眼鏡やコンタクトで1.0くらいには矯正できている)。では何のために僕はこの手術を受けるのだろう。それはS先生も言ったように、網膜剥離を治療し失明を防ぐためなのだ。ゼロになるのを防ぐ為に、限りなくゼロに近くなる可能性を甘受しろと言われているのだ。そういえば街医者も治りますとは言っていたけど視力下がりませんよとは言ってなかったもんなぁ、と思った。
 更に手術の成功率、80~90%についても、数年前に父が膵臓がんで亡くなった際、術後に死に至るような合併症が起こる確率は2~3%と説明されたが、その2~3%に父は該当してしまった。その経験があるので、80~90%が心配なく高い数字とはとても思えなかった。
 S先生は実例として、
「亀田大毅も手術をして、現在は矯正視力(メガネをかけた視力)でも0.1くらいしかないんですよ。メガネで矯正できる状態に戻らなかったという事ですね。そういう手術です」
 なんのつもりで言っているのだろう。今の僕に亀田家の次男坊の情報はまったく安心材料にならない。
 他にも、手術を受ける際のメリット、デメリットを説明され、特にデメリットについては手術の意思確認や効果が出なかった時のために詳細に説明するのが医師としての仕事なのだろうが、眼球の周囲組織が癒着して眼球の動きが悪くなってものが二重に見えるようになったり、縫い着けたシリコンバンドに細菌感染が起こったり、シリコンバンドが術後に露出する症状が稀に起こる等、そのデメリットの多さに完全にビビらされる。最後に、極めて稀だが手術中の事故で失明することも可能性としてはゼロではないとまで説明される。
 この日以降、手術まではS先生による診察や検査はないらしく、「次は手術室でお会いしましょう」と、日曜の医療系のドラマで使われそうなS先生の決め台詞で診察は終わった。

そして長い一日が終わる。

 5日後に入院、手術をすることに決まり、その日はさらに入院のために心電図や血液検査、尿検査、PCR検査を受ける。ひとつの検査が終わる度に次の検査を眼科エリアで待つ時間があるのだけれど、大きな大学病院ということで受診を待っている患者も、ちょっとものもらいで来ましたというレベルの人は稀で、比較的高度な医療を必要とする方が多い。付き添いの人の肩に手を乗せて誘導してもらっている明らかに視力の弱い人や、白杖をついている人もいるのを見ると、明日は我が身なのかもしれないと思い急に怖くなった。
 すべての検査が終わると最後に総合受付の裏手にある入院手続き専用の部屋で説明を受ける。タオルや寝巻のレンタルの説明や、病室の説明、その他持ち物の説明などがある。病室については無料の4人部屋から、有料の特別個室まであるが、2泊3日なので無料の4人部屋を希望した。そこが満床の場合は、その上の6,000円の4人部屋となるが、それは入院前日にならないとはっきりしないらしい。入院と手術の際に必要な同意書や保証人の書類等、当日記入をして持参するように言われた書類一式を大学病院オリジナルデザインのファイルに入れてもらう。院内の照明は自然光が窓から入ってきているような照度と色温度で、つい昼間と勘違いしてしまうが病院を出たのは18時になろうとしている頃だった。

第3話へつづく

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