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自分らしく生きるという覚悟。

2020/2/28 躁鬱日記88日目

"自分らしさ"
思春期から大人になる間に、誰しもが一度は考えることだと思う。それについて考えさせられる作品を観た。
タイトルは「こんな夜更けにバナナかよ
大泉洋主演、高畑充希と三浦春馬も出演している。

あらすじ
筋ジストロフィーという難病に侵された主人公鹿野。
普通なら病院や家族に面倒を見てもらったりするような状況のところを"自立"を目的に一人暮らしして、有償と無償ボランティアの支えで日々生きていた。
その振る舞いは一見、我儘放題にしか見えない。そんな我儘も"自分らしさ"として生きていく鹿野と親が医者をしていて跡継ぎのプレッシャーに悩む医大生田中、その彼女のみさきを中心に描かれていく実話。


大泉洋演じる鹿野は、とにかく我儘。初っ端から、三浦春馬演じる田中(彼氏)が鹿野のところにボランティアに来ているところに、心配で見に来た高畑充希演じるみさきが現れ、みさきを気に入った鹿野が夜中にバナナを買いに行かせてしまう。そこからも、とにかく我儘放題だけれど、なにか憎めないとこがあり、皆んなに助けられながら生きていく。

その生き様は自由奔放と捉える人もいれば、自分らしく生きてると思う人もいると思う。自分は前半は、正直前者だなぁと思っていたが、後半は後者になっていた。

6歳頃から転んだりと病気の兆候らしきものが見られ、12歳の頃に、筋ジストロフィーと診断される鹿野は、20代でアメリカの障害者の自立支援活動家エド・ロング氏に会ったことで一人暮らしを決意。24歳から実際に、アパートで暮らし始めた。

治療法もない病に侵され、20歳で死ぬと言われても生きられたのは運がいいのはもちろんのこと、"自分らしさ"を貫いたことも関係しているように思えてならない。

自分らしさを貫くために、ボランティアを自分で動いて募集していた鹿野氏。さらに、遠慮もせず我儘を言い続ける。普通の人というのはあれだが、難病と診断されて一人暮らししようと、動きだすには相応の勇気も行動力も必要だ。一人暮らしするといっても、ボランティアの人にアレコレしてもらわなければならず、プライバシーなどというものもほとんどない。

自ら助けを求められる行動力や迷惑は誰しもがかけるという許し合う意識すべてを見られてもいいというイイ意味での諦め。それらがないと"自分らしく"生きられない。そういう風に考えていたかはわからないが、そこにはそれらをすべて受け入れて、人と向き合った男の"覚悟"というものがあった。

三浦春馬演じる医大生の田中は、医師である父の存在がプレッシャーで逃げ出しそうになる。恋人のみさきともうまくいかない。自分の弱さを曝け出すことは難しい。それを臆せず出すことの出来る鹿野氏に羨望の気持ちがあった。

筋ジストロフィーと診断された鹿野氏の人生、医師の子に生まれた田中の人生は、どちらも逃げられない運命のもの。逃げられないものに向き合うときに、どういう気持ちで向き合えるか。それで、生き方というものは随分と変わっていく。

ぼくは今日は昼間は寝てしまって、夕方はなんだかイライラして、夜に映画を観て落ち着いた。躁鬱の気分の波に相変わらず翻弄されている。今、コロナウィルスで世間は騒がしい。なんだかそういう世の中のネガティブな雰囲気にも影響されているのかもしれない。

躁鬱もコロナも、そこから出てくる不安も目に見えない。目に見えないからこそ、より恐怖心は煽られて、目の前のマスクやティシュなどがなくなっていく。

今、きっと自分の生き方と向き合う試練の時なのかなとシャワーを浴びながら大袈裟に考えていた。とりあえず出来ることをひとつずつやっていくしかない。

9:00 起床
  ライター執筆作業
11:20 昼食 エビフライ定食
   ビデオ借りて本屋さんや買い物
13:00 自宅で小説を少し書くも集中できず
13:30 昼寝
17:00 起きてYouTube観る
   イライラが出てくる
18:15 夕食 煮物、焼きそば
19:30 ビデオ鑑賞
22:00 入浴

今日の1枚「ニコラス・ケイジ」

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