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自己肯定感に世代は関係あるのか? ④

この4回目のテーマ最終回。お待たせしました。今日は義務教育に苦しめられる悩める学生に向けて書いてみます。

当社の事務所の窓を開けると、六本木ヒルズ、その隣には東京タワーの上部が見え、もう少し左にはミッドタウン。右を向けば、渋谷、その先に中目黒タワーが見えます。目前には青山小学校の校庭と体育館、その先は青山墓地のためビューを遮る余計なビルがないので抜けがやばいです。

窓を開け、首を70度に見下げると小学校の校庭ですから、小学生がアリのように縦横無尽に駆け騒ぐのが見えます。まあ、呆れるほどのエネルギーです。あの小さな身体のどこにそんなものを溜めて置けるのかと。
私も思い出すのですが、授業と授業の間のわずかな時間。おそらく10分間でしょうか。わざわざ教室から抜け出てきて校庭を走り遊び、10分後の授業のチャイムでちゃんと戻っていく。すさまじいエネルギーです。


子供の遊びにかけるエネルギーの高さは本当にすごい。

そして、我々大人はそれをいつから失ってきたのか。

あるいは失っていなくても、眠らせてきたのか。


彼らを見て考えますね。
では、なぜそのエネルギーを多くの大人から感じられないのか。元気がないのか。たまに電車や繁華街で人を観察していて思います。

中学生くらいから、子供は少しづつ異性を意識すると同時期に自我が強くなっていきます。じゃあその自我の成長が子供の遊びにかけるエネルギーを奪っているのか。いやそうではないと私は考えます。では何か。

おそらくは学校教育が原因でしょう。受験戦争かもしれません。いじめもありえます。様々はプレッシャーを感じて、自分の能力を疑い、自信を失い、将来に不安を感じ、本来あった元気を少しづつ失っていく。
ただ一方で、子供のような底抜けのエネルギーは顕在するどころか成長させている大人が一定数存在します。無邪気で、純粋で、獰猛で、自我も強い。ブランド力もある個人です。私はそんな人たちと何人も会ってきました。彼らはだいたいにおいてはクリエイティブ職についています。

そうした人たちとのご縁から、今何かの問題を抱える学生や、将来を不安視する学生に向けて何かを言えたらなと。


前回記事で、義務教育の最大の問題は、いじめの存在とカリキュラム制度にある大いなる無駄に触れてきました。そんな中で、生徒ができることはいじめに耐えること。学ぶ意味を見出せないカリキュラムを学ぶことなわけです。これはもうその環境から抜け出す選択がない学生においては、やらざるおえない。そうですよね?
その中で、少しでも学校へ行く楽しさや学ぶ楽しさを見出すことができるのだとしたら、少しは救いがあるのではないのかと思います。
だからこうした人たちには、


「自分の没頭できるものを、どうか見つけて欲しい」


これに尽きます。
私は別に野球には全く興味がないのですが、元中日の落合博満監督もいってました。「没頭しろ」と。
これは人によって様々ですが、何かの学問かもしれませんし、ゲームかもしれません。アイドルかもしれません。SNSかもしれませんし、恋愛かもしれません。趣味でも将来仕事になりそうなものでもなんでもいいわけです。アホな大人が無駄だと言い張るものでもいいんですよ。

本当に誰にも邪魔されたくないくらい熱中できる、時間を忘れて没頭できるものをどうぞ探してください。

では、なぜ没頭できるものをそれだけ推すのか。理由は


没頭 = 喜び



だからです。
喜びはやる人を幸せな気持ちにしますし、それが波及効果で周りの人も幸せにします。これが理由です。そして幸せはどんな不条理の中でも生きぬける力を与えます。

学歴に大した価値なんてもうないんですよ。厳しい受験戦争をえて一流大学、一流企業に入り、人より秀でること、高年収をえること、人の評価だけを気にする奴隷のような生き方に興味はありますか? 私のアドバイスとしては、「そんなもんやめておけ」ですね。
それを中高生のうちから早く気づいた方がいい。世間の言う「あなたに必要なもの」は、みなさんの「必要なもの」ではないことを早く気づいておくといいです。騙されないでくださいね。

この記事テーマで「自己肯定感」をつけろ。と書いましたが、別に無理なら肯定感なんてなくてもいいんですよそんなものは。無理に自分に自信が持てないのに持てと言われてすぐにできるものじゃないのは人を見ててもわかります。自信なんてなくてもいい。
だけど、没頭するものは見つけてください。それが全てです。


仮に好きなものがない人がいたら
それはただ見つけられていないだけなんです。
あらゆる大人社会の無駄なプレッシャーの蒸気で、メガネのフィルターが曇っているだけなんですよ。

だからどうか見つけてください。
そしたら、それが将来の何かに必ずつながります。
バカな大人が無駄だと言い張るものでも、自分がやりたいのならやればいいんですよ。

もし自分が楽しくて、人も楽しんでくれたらこれ以上の喜びはないでしょ?



最後に。
何かを強いる大人を信じないでください。
こうあるべきという古臭い価値観を押し付ける大人はスルーでいい。
既存のルールや制度や決まりごとを疑ってください。
もし納得が行かないことがあるのなら、無理に従う必要なんてないんです。
別に数学じゃないので、皆さんの悩みに対する解答は皆さんが自由に見つけていけばいい。
その答えも価値観も、これから無限に変化していきますから。


人と違うことをすることを恐れないでください。






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