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ハードボイルド書店員は未だ「全盛期」を迎えていない

カッコよすぎました。ふたりの漢の生々しさが。

デスぺ選手がずっと葛西選手のファンである事実が、この短い動画からも十二分に伝わってきます。関心を持たれた方には、ぜひPPVの購入をオススメします。

今回のnoteは↓の続きです。

試合を見ていて途中から涙が出てきました。たしかに凄惨。壮絶。それ以上になぜここまでできるのか。決して憎み合っているわけではない。むしろ認め合っている。なのに。だから、なのか。

言葉として相応しいかはわかりませんが「聖戦」というフレーズが頭に浮かびました。

当事者のふたりはたぶんそんなこと、これっぽっちも意識していません。ただ目の前の敵をぶちのめす行為に没頭している。ゆえに「聖戦」なのでしょう。他人の目や評価を気にするのは違う。

もちろんお金を払う観客がいるからこそのプロスポーツ。大前提です。であると同時にそこに囚われぬ姿勢。矛盾していい。「真理」とはロジックで説明の付かないものだから。

試合後の葛西選手のマイクで再び涙腺が緩みました。いや決壊しました。

「お前試合前にこう言ってたな。『燃え尽きて、死んでもいい覚悟でリングに上がる』ってよ。バカ野郎、世の中には死にたくて死ぬヤツなんていねえんだよ。生きていたいのに死んじまうヤツがゴマンといるんだよ」

「俺たちは死んでもおかしくねえ、大ケガしてもおかしくねえリングに上がって、生きて生きて生きてリングを降りなきゃいけないだろうが。死んでもいい覚悟なんていらねえんだよ!」

ひとつひとつが刺さりました。デスマッチファイターとして長年闘い抜いてきたことに加え、様々な逆境に見舞われて何度も死を覚悟した事実が↓に綴られていたからです。

どのジャンルでも「カリスマ」ってこういう存在ですよね。生まれや育ちやルックスや才能に秀でた存在ではなく、むしろガチャ(好きな表現ではないけど)でいったら不利なスタート。そこからひとつのことに打ち込み、生きる道を見つけ、一日一日を全力で突っ走る。泥だらけの階段を一歩ずつ這い上がっていく。

その先に己だけの居場所、傷だらけの栄光をつかんだ姿を見せられたら、そりゃ憧れますよ。俺だって自分の道でできるかもしれないって。

葛西選手は今年で48歳。でもバックステージで明言したんですよ。「葛西純の全盛期は10年後だ!」って。

もうね、自分が恥ずかしくなりました。noteには書いてないけど、疲れたとか体力落ちたとか。でも本音では「俺はこんなモンじゃない!」という意地と使命感がかなり残っています。書店員としても物書きとしても、まだまだできることがある。公のために変えられることがある。

だったらそんな自分に正直になったらいいじゃないか。年齢を言い訳にせず、10年後のピークを目指して「いま」を本気で生きればいいじゃないか。

だからあえて言います。「俺は未だ全盛期を迎えていない!」と。

葛西選手、デスペラード選手ありがとうございました。

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