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【マガジン】月の砂漠のかぐや姫

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今ではなく、人と精霊が身近であった時代。ここではなく、ゴビの赤土と砂漠の白砂が広がる場所。中国の祁連山脈の北側、後代に河西回廊と呼ばれる場所を舞台として、謎の遊牧民族「月の民」の… もっと読む
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「月の砂漠のかぐや姫」登場人物等紹介

「月の砂漠のかぐや姫」登場人物等紹介

「月の砂漠のかぐや姫」は、今でない時、ここでない場所、人と精霊の距離がいまよりももっと近かった頃の物語です。「月から来たもの」が自らの始祖であると信じる遊牧民族「月の民」の少年少女が、ゴビと呼ばれる荒れ地を舞台に、一生懸命に頑張ります。
 物語世界の下敷きとなっている時代や場所はあります。時代で言えば遊牧民族が活躍していた紀元前3世紀ごろ、場所で言えば中国の内陸部、現在では河西回廊と呼ばれる祁連(

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月の砂漠のかぐや姫 第69話

月の砂漠のかぐや姫 第69話

 それぞれを結びつける縄によって、幾つかの連に分けられている奴隷たちでしたが、その中に、交易隊から遅れがちで、何度も護衛の者に怒鳴りつけられている連がありました。それは、連の一番後ろを歩いている少女が、どうしても皆の歩く速さについていけないために、連全体が遅れてしまっているのでした。

「おい、しっかりしろよっ」
「お前が遅れると、俺たちまで怒鳴られるんだよっ」

 同じ連の男たちが、護衛の者たち

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月の砂漠のかぐや姫 第68話

月の砂漠のかぐや姫 第68話

 遊牧と共に交易を主な生業とする阿部たち肸頓族にとって、ヤルダンに複数の盗賊団が出没して、そこが安全な交易路でなくなることが、一番困ります。
 本来は、民から税を徴収して、その代わりに安全を保障するのは「国」の仕事なのですが、月の民という「国」は、複数の遊牧民族の緩やかな集合体であり、政治の中央に位置する人々の指示が国の隅々にまで届くような制度は、存在していないのでした。
 ましてや、遊牧民族は、

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月の砂漠のかぐや姫 第67話

月の砂漠のかぐや姫 第67話

「あ、あそこ、何か動きませんでした? 大丈夫ですかね。大丈夫ですかね・・・・・・」
「おい、おい、お前が言うなよ。案内人はお前だろうが。大丈夫かどうかは、こっちの台詞だぜ?」
「あ、すみません、すみません。もちろん、大丈夫です、大丈夫ですとも。道は、ばっちり覚えていますし、何よりも僕がいる限り、盗賊に襲われる心配はありません。それは、保証いたします。でも・・・・・・。なにか、変な影が見えませんでし

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月の砂漠のかぐや姫 第66話

月の砂漠のかぐや姫 第66話

 ここで、物語は、時間を少し前に遡ります。

 それは、羽磋たちが、一つ目のオアシスに近づいて歓声を上げたときから、一月ほど前の出来事でした。
 彼らとは別の交易隊が、西から東へ、土光(ドコウ)村を目指して進んでいました。
 この交易隊が辿っている交易路は、土光村と吐露(トロ)村を結んでいる交易路で、吐露村からさらに西側は、月の民とは別の遊牧民族、烏孫(ウソン)の勢力圏の中にまで、続いていました。

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月の砂漠のかぐや姫 第65話

月の砂漠のかぐや姫 第65話

 羽磋が貴霜(クシャン)族を出た目的は、輝夜姫の身に決定的な出来事が生じて、その存在が消えてしまうということがないように、そして、彼女が月に還ることができるように、その術を探すというものです。
 今のところ、彼女の存在が消えてしまうような、重大な事態が生じる危険は少ないように思われますが、「その術についての手掛かりを少しでも早く得たい、そのために、一刻でも早く阿部殿に会いたい」、羽磋は一日の終わり

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月の砂漠のかぐや姫 第64話

月の砂漠のかぐや姫 第64話

「おお、見えた! 一つ目のオアシスだ!」
「なになに、おお、見えた見えたっ、ナツメヤシの姿がくっきりと見えたっ」

 駱駝と荷物と沈黙を引き連れた行軍が数日間続いたある日、交易隊の先頭から、大きな声が上がりました。
 交易隊の先導役を務める男たちが、行く手にオアシスの影を認めたのでした。
 まだ、遠くにうっすらとしか確認できないそのオアシスは、「一つ目のオアシス」と呼ばれていて、そのオアシスから土

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月の砂漠のかぐや姫 第51話

月の砂漠のかぐや姫 第51話

 自分の周囲に何もなかったところから、両側が高い面で区切られた狭間の中に急に飛び込んだせいか、何かが頭をぐっと押さえてくるような感じが、羽磋にはしてきました。
 ゴビの荒地と地平線で結びついていた空は、頭上と前方にしか見えなくなってしまいました。
 馬を走らせながら左右の壁を見上げると、北側の岩壁はほとんどまっすぐに立っていて、人が隠れる場所は無いように思えましたし、壁の上で待ち伏せをしてその壁を

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月の砂漠のかぐや姫 第50話

月の砂漠のかぐや姫 第50話

「空風(ソラカゼ)っていうのか、あのオオノスリ。しかし、上手く操っているよな、小苑(ショウエン)。いったいどうやってるんだ」
「へへっ、空風は、雛の時から俺が育てた相棒っすから。指笛の音で指示を伝えることが出来るんす。長音一声が来い、二声が進め、探せ。単音一声が太陽の方角、二声が太陽に向かって右、三声が反対、四声が左、などなどって寸法っす。もちろん俺の指笛にしか反応しないっすけど」
「ははぁ、だか

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月の砂漠のかぐや姫 第42話

月の砂漠のかぐや姫 第42話

「俺がバダインジャラン砂漠でお前たちを見つけたときに、竹姫の右手にそれが添えられていたのだ。どうしてそのようなことが行われていたのか、不思議でならなかったのだが、今日お前の話を聞いて初めて分かったよ。竹姫が右手を痛めたので、短剣を添え木の代わりにしたと、お前は言ったな」
「ええ、その通りです。竹が、多分骨を折ったのだと思うのですが、ひどく右手を痛めたので、せめて俺にできることはと考えたのです」

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月の砂漠のかぐや姫 第40話

月の砂漠のかぐや姫 第40話

 大伴は詳しくは語りませんでしたが、その時の大伴の取り乱しようは、まさに荒れ狂うハブブのようでした。
 消えてゆく弱竹姫の身体を何とかこの世界につなぎとめようと、その身体を両手で抱きしめ、その名を大声で呼び続けたのでした。
 そして、その願いもむなしく弱竹姫の身体が完全に消滅してしまった後は、大伴はその姿を求めて祭壇上のあらゆるところを探し回り、最後にはそれを破壊して祭壇の下にまで潜り込んだほどだ

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月の砂漠のかぐや姫 第39話

月の砂漠のかぐや姫 第39話

 烏達渓谷はゴビ北東に広がる草原の一角にあります。この一帯は、南北に流れる黄河の恵みにより遊牧に適した草原が大きく広がっているので、月の民と新興匈奴はこの地域を奪い合って、何度もいさかいを起こしているのでした。
 月の民の戦い方の特徴は、馬に乗ったまま敵に矢を射る「騎射」にありました。この機動力を活かした戦い方は、「馬と共に生まれ、馬と共に生き、馬と共に死す」と言われた遊牧民族独特のもので、これに

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月の砂漠のかぐや姫 第38話

月の砂漠のかぐや姫 第38話

「よかったですね。それで筑紫村は救われたのでしょう?」 
 
 大伴の話に相槌を打ちながら、羽磋は竹姫のことを思い出していました。竹姫がオアシスの水くみ場で精霊と会話を交わしたと、たしか至篤が話していたはずです。
 その事と大伴の話の中に出てきた温姫が源泉で精霊と会話を交わす場面が、羽磋の頭の中で自然に重なり合うのでした。

「ああ、お陰で村は救われた。村人たちもそれは喜んださ。だがな、その点は良

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月の砂漠のかぐや姫 第35話

月の砂漠のかぐや姫 第35話

「それで、話というのはだな」

 大伴は羽に話しかけながら、高台の縁の方へ歩いていきました。そして縁に近づくにつれて、遠くから見られることを恐れているかのように、身を低くしていきました。

「まず、あれを見てくれ。ちょうどうまいこと、動いてくれているぞ」

 同じように身を低くして側へやってきた羽に、大伴は遠くに見える自分たちの宿営地の方を指で示しました。
 彼らの優れた視力でも、宿営地の細かな動

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