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2.特に何も考えてないよ。

君が見ている景色を見てみたい。そう思うようになったのはいつからだっただろうか。部員とも、同じ学科の人たちとも仲が良くて、聞くところによると外部にも友人が多いらしい。それでいながら周囲の人たちと群れることもなく、独特な距離感で人間関係を築いているように見えた。相手を問わず分け隔てなく接しながら、拒むことはなくて、でもそこに執着を感じることは微塵もない。そんな感じだった。

派手に遊んでいるわけでも自分勝手な行動をしているわけでもないのに、「自分のペースで生きている」という言葉がこんなにもぴったり合う人に出会ったのは君が初めてだった。そんな君は時折どこか遠くを見つめている。そのまなざしはとても真剣だったり、哀しげだったり、心を奪われるほど優しかったりする。

見つめるその先に何が見えているのかは君にしか分からなくて、僕はその視界の隅に映りこむことはできないのだろうということだけ分かっていて、言葉では言い表せないような感情になる。君が見ている世界に入ることが叶わないのなら、せめてその世界を垣間見たいと思った。それだって難しいことは百も承知だったけれど。

あるとき僕は、君にいつも何を考えているのかと聞いてみた。君は笑いながら、「特に何も考えてないよ」と答えた。そう言いながら君はまっすぐ前を見て、その先に何かを捉えて、目の力をスッと抜いたのに僕は気が付いた。「特に何も考えてないよ」という言葉が「君にはわからないよ」という意味だということはすぐに理解できた。君は僕の隣にいるのに、果てしなく遠い存在に思えた。

「お疲れ。水分ちゃんと取るんだよ。」

そう言って立ち去る君の後ろ姿を見ながら涙が出そうになったのは内緒だ。

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