見出し画像

連載小説「超獣ギガ」(仮)#1

〈あらすじ〉
 昭和九十九年、東京。
 その出現は予め予期されながら、正体不明の巨大モンスターが襲来する時代。地球の正統進化外生物。その外見はツノの生えた、一つ目の大猿。
 モンスターは「超獣ギガ」と呼ばれていた。
 ギガの現れたクリスマスの晴海埠頭。
 警視庁から特殊急襲部隊、自衛隊も出動するが、その圧倒的な力になす術なく敗北してしまう。
 同時刻。首相官邸を来訪する、ひとりの女性。
 手にしているのは、内閣総理大臣権限における、日本国内での作戦行動の許可証。
 彼女は、対超獣のために結成された、隠密機動部隊のひとりだった。
 進化外生物と、進化した人類の未来を賭けた攻防が始まる……。

本作主人公・花岡しゅり


第一話「超獣」

 昭和九十九年(西暦二〇二四年)。
 十二月二十五日。
 午前四時。東京。晴海埠頭。

 点滅するパトライトが暁の近づく港湾地帯の一画を浮かび上がらせていた。
 雨。濡れたアスファルトに浮かび上がる光線。点滅する光。点滅している、やがて消えてしまう希望の光。揺れていた。おそらく今日の来光は望めないだろう、天と地を分断する厚い雨雲は流れずに停滞していた。予報では早朝から雪になるはずだった。海を望むその地は、特型警備車から降り立った機動隊によって、即座に立入禁止、侵入禁止のエリアに指定され、封じられてゆく。見る間にバリケードが立てられ、その間を黄色テープが張り巡らされてゆく。無言。鳴り響く硬い踵。
 雨の埠頭。状況は整いつつあった。
 そして、警視庁から、対テロ特殊急襲部隊が到着した。停車した銃器対策警備車から、隊員たちが降車展開してゆく。自動小銃を携さえている。その彼らの頭上にはヘリ。警視庁航空隊のベル四一二EPから、懸垂下降(ロープ、ザイルを使用して高所から下降すること)で隊員たちが降り立ってくる。一様に声はない。ザクザクと埠頭のアスファルトを踏み鳴らし、隊列をなしてゆく。時折のホイッスル。彼らは誰もが水平線を睨んでいた。海に雨粒が落ちる。跳ね上げたシールドに白が積もって、気づけば崩れて流れた。いつの間にか、雪。一人が空を見上げた。その瞬間、新手のヘリが駆け抜けた。白み始める東の空。間もなく夜明け。暁の時間とは思えない、抗争のような風景が展開していた。
 いったい、ここに何がいるのだろう。何が起きているのだろう。誰もが不安に思い、そして、不審にも思っていた。しかし、彼らはそれを知らない。知らされることはこれからまだ先のことになる。生きていられたら。
 サブマシンガンを手にした隊員たちが、指定されていた岸壁に向けてポジショニングしてゆく。響き渡る霧笛。
 いまはまだ、何者もいない、無人の埠頭。

 そして、その後方。
 自衛隊、東部方面隊の第一師団は、装甲車と十六式機動戦闘車に隊員を載せ、目標地点に集合しつつあった。
 装甲車と十八式機動戦闘車も相次ぐ。運び込まれる対戦車ロケットランチャーとM61バルカン砲。到着した高機動車から続々と降車する隊員たち。踵が鳴る。ざくざくと地を削る足音。敬礼して、静止。その後に、兵が続く。
 その風景は、もはや戦場だった。おそらく、この国に生きる誰もに経験はない。しかし、既視感はある。どこかの国の戦争を、戦場を見たことがあるからだ。テレビで。インターネットで。死んだ誰かを。泣いている子供を。それはいまや現実に変化しようとしてしまっていた。
 合図だろうか、閃光弾が薄暗い空に弾けて消えた。乾いたそれは雨に、混じり始めた雪に溶けて、落ちる。
 心音。呼吸。唾液を飲み込む音。そこに集められた人々の、生きている音。それぞれの胸から鳴り、自分たち以外の誰にも聞こえはしない。
 特殊急襲部隊の任務が先なのだろうか、自衛隊員はやや離れたエリアで隊列を組んでいた。直立不動で次の命令を待っているのだろう、雨や雪など降ってはいないかのように、不動にてその地に立っていた。

 遠くから、武装した彼らを眺めている、若い二人がいた。双眼鏡を手にして、白い息を吐く。二人とも、ヘッドギアと関節にプロテクターのついた、黒のアサルトスーツに身を包んでいる。それほど重装備ではない。機動性を重視しているのだろう。細身だ。特殊急襲部隊や、自衛隊の陣営に比べると、少年少女のように見える。そして、二人の背後には白く塗装されてはいるが、装甲車が停車していた。後部に巨大な檻のようなものを牽引している。イノシシなど害獣を捕獲する際に使われている檻と形状はよく似ているが、しかし、そのサイズはあまりに大きい。その景観に空白の多い埠頭で、雨のなかをそびえ立っていた。

 同時刻。東京都千代田区。
 首相官邸。

 日本政府。それを統べる内閣総理大臣。首相官邸で仮眠を取っていた、第百一代内閣総理大臣、蓬莱ハルコのもとに、従者が駆けつけてくる。扉を叩く音。時同じくして電話も鳴り始めた。彼女自身のスマートフォン、タブレット、すべてに関係各所からのメールが大量に届き始めた。就任以来、最も騒々しい朝だった。
「総理」
 青ざめた顔で秘書官は入室してきた。真冬なのに、額から汗が流れていた。危機の気配。ただならぬこと。災害でもテロリズムでもない。そして、核戦争と同じか、あるいは、それ以上に恐れるべき、人類史の危機であると、蓬莱ハルコは悟っていた。恐れていたことが始まったのだ。
「内閣室への直通です。文月玄也氏から」
 目を閉じて、うなづいた。そして、ハルコは大きく息を吐き出す。
「わかった。繋いで」
 ハルコはサイドテーブルに据え付けられた子機をつかんで、そっと耳へ添える。ほどなく、文月の声。懐かしかったが、感傷的になっている場合でないことはわかっていた。背筋を伸ばす。
「蓬莱総理」
 文月の第一声。いまだ、聞き慣れず、二度聞きしてしまうこともある、いまの自分の呼称。ハルコの返事を待たず、文月は続けた。
「すぐに、君のところにうちの隊員が到着する。行動許可証にサインをして欲しい」
 正式には、内閣総理大臣権限における、日本国内での全作戦行動の許可証。就任の日に目を通してはいた。私がサインをすれば、それが彼らへのゴーサインに変更されることになっていた。
「現れてしまったのね」
 彼らが。ハルコはそれを言葉にはせずに飲み込んだ。カレンダーをちらり。十二月二十五日か。サンタクロースは、なんてプレゼントを送ってくれたのだろう。
 間もなく、この国は大混乱に陥ることになる。その予期はされていた。しかし、自分にその番が回ってくるなんて。
「目視はできていない。しかし、各レーダー、ソナーが巨大な熱源と巨影を感知している。これほどの高温で移動する生命は、他にいない」
 その刻が来たんだ。文月の声から感じ取れたのは、高揚だった。待っていた。待ちくたびれた。焦りや不安よりは、それを待っていたのだろう。不謹慎だが仕方がないのかもしれない。ハルコは文月をいさめる気にはならなかった。
 わかりました。ここで待ちます。通話を終えたあと、ため息なのか、感嘆か、説明のつかない吐息をもらして、ハルコは窓の外の雨を眺めていた。やがてそれは雪に変わっていた。

 午前四時二十五分。晴海埠頭。

 突然の咆哮はまるで雷鳴かのようだった。あるいは爆発のようでもあった。二度、三度、それが放たれて、その音圧は直接的な振動として、埠頭を、そこの建造物を、大気を、海を、そこにいる人々の頭上に降り注いだ。停泊している船は揺らいだ。叫び声というよりは、それそのものがすでに破壊だった。響く唸り声。放たれる叫び声。
 まるで未知の存在からの挨拶に、それを聞いてしまった人々は怯えていた。
「熱源感知! 約八十度!」
 燃え上がる体温のモンスターがすぐそこにいる。だが、影すら見えなかった。そしてまたも届く怒号。背に稲妻を浴びたかのような衝撃が特殊急襲部隊を、自衛隊員たちを襲う。屈強の彼らでさえ、恐怖に動揺を隠せなくなっていた。隊列を崩し、首が捩じ切れるほど、左を、右を確認して、声の主を探した。雨に交じる汗。荒い呼吸。
 地獄の門が開いたと思わせる咆哮が繰り返され、レーダーは移動している熱源を見つけているのに、まだ、視界には現れない。制止の効かなくなった数名の隊員が虚空に自動小銃をかまえた。許可のない発砲が二発。雪を散らして灰の空へ消えた。彼らは混乱を隠せなくなっていた。出撃時、彼らは聞かされていた。私たちは未知の生物からの侵攻を受けるのだ、と。

 首相官邸。
 執務室の扉が開く。蓬莱ハルコの前に現れたのは、背の高い、若く、美しい女だった。成人はしているが、しかし、まだ少女の面影すら残していた。染めているのか、前髪の一部の金色が光る。きめの細かい、白い肌。色素の薄い瞳。
「これにサインとハンコをくださいっ」
 そう言って、その女は一枚の紙を差し出した。日本国内における作戦行動の許可証。内閣総理大臣の記載のあとに空欄。
「あなたが、その」
 隠密機動部隊のエース。女性。女性というよりは、まだ、女の子というほうが正確な気がした。ハルコにはその容姿が意外に思えて、起きている現実が幻のように思えた。確かにヘッドギアや、プロテクターのついたアサルトスーツを着てはいる。しかし、隊員というよりはコスプレに見えてしまう。サバイバルゲームに見える。
「隠密機動部隊ケルベロスの、花岡しゅりです」
 花岡しゅりと名乗った美しい娘は静かな微笑みを浮かべて、鈴のような声で話した。二十五才だと言う。
「部隊というから、ゴリラみたいな男の人が現れると思ってた」
 この子がエース。軍隊同然の部隊の。しゅりの短い前髪から雨粒が落ち、執務室のカーペットをわずかに濡らす。
「まさかの、可愛い女の子の登場でしょう」
 照れもせず、言い放ってしまう。いたずらな眼差し。
 この、色白の、細身の女の子が、あの、文月玄也の組織する、隠密部隊の。ハルコは首をかしげた。ため息を混じらせた。そして。
「花岡さん。この恐怖から、人類を解放してください」
 私たちは未知の恐怖の体験者になることが決まってしまったのだ。あるいは有志以来、最大の危機になるかもしれない。この、花岡しゅりという女の子はその最前線に立つのだ。
「そして、皆さんの無事の帰還を」
「はい。きっと、必ず」
 敬礼のしゅりに、ハルコも敬礼で返した。重なる視線。既存兵器ではおそらく、彼らの侵攻を止めることはできないだろう。文月はそう言っていた。私には、どうやって、この人がモンスターに立ち向かうのかは知らない。ハルコは敬礼を緩めて、その手のひらをしゅりに向ける。しゅりもまた敬礼を解いた手のひらを、その上に、ぱん、と、音を鳴らして重ねた。その手は、柔らかく、かすかに濡れたように、あたたかかった。
「行ってらっしゃい」
 ハルコは言った。
「行って来ます」
 しゅりは、踵を返し、来た道へ戻る。一歩。二歩。それから、ちらりと振り返った。
「鬼退治へ」
 そう言って、しゅりはその横顔に微笑みさえ浮かべていた。こっそりとピースサイン。
 これから戦場に向かうというのに。
 官邸廊下に、高らかな足音を響かせ、花岡しゅりは彼女の所属する部隊が待っている、晴海埠頭に向かった。

つづく。
artwork and words by billy.
#創作大賞2023
#オールカテゴリ部門

※タイトルに(仮)とありますように、作内人物、使用兵器や能力名、登場機関の名称は変更になる可能性があります。あらかじめご了承ください。


#25 第一部最終話
























サポートしてみようかな、なんて、思ってくださった方は是非。 これからも面白いものを作りますっ!