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連載小説「超獣ギガ(仮)」#5


女性なので正しくはヒロインですね。


第五話「会敵」

 真冬の早朝。東京。
 最新の人類と超獣が睨み合う晴海埠頭。

 乾いた、高い音色を伴って、点々と凍ったアスファルトを跳ねて滑る薬莢。いくつかは海に落ち、既に絶えた誰かの足元にたどり着いたいくつかもある。ここに果てた人々は遺志を告げることなく、唐突に、最終を迎えることになった。
 その近くに、一人が着地した。爪先に回転していたそれを抑えた。靴の下に真鍮。空白を抱えたそれは踏みつけられ、じりじりと軋んでいた。あたりはまだ音らしい音はなく、ようやくの朝。東の水平線から太陽が暗闇を裂く。
 二度、まばたきをして、花岡しゅりは正面を睨んだ。そびえる二足歩行の巨人。その躯体を見上げた。眼前には鮮血を間欠泉のように吹き出させながら、しゅりを見下ろし、睨むモンスターが立っている。その距離は約二十メートル。
 その間を冬が流れた。凍てついたそれが空中の水分を凍らせ、尖らせる。陽光を跳ねる。
 ハロー。しゅりは閉じたままの唇を微かに上下させた。会いたくなんてなかった。でも、私はたぶん、この瞬間を待ってもいた。左の手を強く握る。グローブが軋む。
「メリークリスマス。ミスターモンスター」
 にやりと不適な笑みを浮かべる。怖くはないはずだ。私たちはきっとこいつになんて負けない。勝てなくてもいい。負けなければ、いい。下唇を舐める。
 上半身をひねり、右手に握る七七式エクリプス改を高く構えた。狙いは超獣ギガの前頭部、そこにある角。唯一とされる、弱点。
「動くな」
 浅い呼吸を一度。二度。踵に捻じられた砂利の悲鳴。海上の海鳥の鳴く声。姿勢を保ちつつ、しゅりはインカムから聞こえる指揮の音声を拾っていた。チャンネルを変えて、りなと波早の動向も確認しておく。
「動いたら撃つ。あんたに私の言ってることが理解できるとも思わないけど」
 赤いままの左眼が見定める、その敵。間近に見る超獣ギガ。異常に発達した上半身、その筋肉。その体を支えているのは意外に細く見える下半身。太腿よりも膨らんだ前腕部が目を引く。その逆立つ硬い体毛に銃弾が挟まっているようだった。機関銃、対戦車ライフルを受けたはずだが、外傷は見当たらなかった。下顎から伸びる牙に衣類と思しき布地をぶら下がらせていた。噛みちぎられた特殊部隊か、もしくは自衛隊員の制服だろう。
 相対する一頭、超獣ギガは眼下にその華奢なヒト科を見下ろしていた。鈍く光る一つ眼は開閉をやめ、目の前にいる一人の女に照準を定めていた。いましがたの被弾が誰によるものなのか、気づいている。剥き出しになった牙。舌からよだれを垂れさせて唸る。
 ついさっきまで捻り潰してきた脆弱な人間たちとの差はまだわからなかった。理由がなんであれ、敵である、それだけはわかる。
 人であろうが獣であろうが、敵対している存在、攻撃の可能性がある存在は、本能が感じ取るものだ。生存は、どちらかにしか許されない。太古からそうであった。現在も、これから未来も、それは変わらない。
「やっちまえー」
 どこか遠く。すでに過ぎた場所にいるインカムから、りなの声が聞こえた。いま、わずか未来へ移動してきた、惨劇の岸壁で、進化した人と進化外生命体がお互いを牽制し、睨み合っていた。

 同時刻。指揮司令車。
「花岡しゅり、会敵しました」
 モニターに映る巨大な影。そこには真っ向から短機関銃を構えるしゅりの姿も映し出されていた。花岡しゅり、鳥谷りな、波早風の実働部隊には、それぞれにドローンが随伴し、身辺状況をモニタリングしている。
「すでに戦闘状態のようです。司令車から東へ約八キロ。間もなく、鳥谷と波早も会敵の見込み」
 高崎が続けた。サブモニターは移動を続けている二名の姿を捉えていた。音声は拾えていない。波音と尖る風、足音が時折跳ねる。
「心拍、及び、体温上昇しています。花岡、すでに能力を解放しています」
 バイタルのデータをチェックしている雪平の高い声。強く結った髪が揺れる。インカムを通して、指揮司令車の外で戦況を見つめる文月、小日向にも届いていた。身体状況は数値化されてモニタリングされている。隊員たちの左手首に巻かれたリストバンドがそれを伝える仕組みになっているのだ。
「小日向さん。すぐに波早が会敵する」
 ちらりと隣へ視線を送った。無言にうなづいた小日向はその場を離れ、後部に配置した特殊運搬車へ引き返す。隠密機動部隊の対超獣用特殊兵器は、まだ訓練でしか運用されたことがない。十字形に展開しながら固定された冥匣(めいごう)は、さながら建築のように宙へと片手を突き立てていた。初の会敵となるこの日こそ、その試験を兼ねた運用実験になるのだった。

 花岡しゅりと超獣ギガ。わずかな動作も見逃すまいと睨み合う両者を、その近くで震えながら見ている者がいた。目の前に起きている状況を理解できず、噛み合わない歯を不規則に鳴らしていた。
「花岡。状況は?」
 しゅりにはインカムから文月の声が届いていた。眼前の超獣ギガを睨みながら、しかし、しゅりは周辺の状況を探る。目の端に捉えていた。絶えた人々がコンクリートに突っ伏している。頭のない胴体。あるいは胴体のない頭。上半身だけ。あるいは下半身だけ。どちらともつかない、血肉の塊。
「隊長。花岡です」
 そして続けた。
「いまや、人類は敗北寸前です」
 仰向けにされた装甲車。倒れた人々。損傷した彼らの前に、傲然と立つ、進化の外の巨大な生物。
「君がひっくり返すんだ」
 それが聞こえた。
「うん。やってみる。私たちならやれる」
「そうだ。僕たちなら勝てるさ」
「うん」
 興奮を隠せない、鼻息を混じらせて応答する。そのとき、しゅりは視線の端に震える人の姿を見つけた。生きている人がいる。その人は怯えて震えている。
 漂着した鯨のように横転させられ、自重で砲塔を折れ曲げてしまった、十八式機動戦闘車。その陰で息を震わせ白い息を吐き出している。かたかたと顎を合わせて歯を鳴らし、それに合わせて踵が凍りそうな舗装を打つ。
「隊長。生存者が」
〝鈴音一歩(すずのねいっぽ)〟
 しゅりは一瞬で数百メートルを移動し、生存者のもとへ駆けつけた。目線よりわずか上空にふわりと姿を現し、小さな音で着地した。
 膝をがくがくと震わせ、その男は幻覚を見るかのように、その目を縦に開いてしゅりを見つめていた。
「ぎみは」
 私たち、自衛隊は、あの怪物に砲撃をかわされ、そして、あいつはあの巨大な体躯を軽々と跳躍させて戦車を人を。踏みつぷした。踏み潰した、だ。誰も彼もがこほされた。殺された。殺されるぞ君も。早く逃げろ。ここは民間人の立入を禁止しているエリアら。震える顎から垂れるよだれ。君は何者なんら。
「私?」
 これ。しゅりは胸のポケットから一枚の紙を抜き取った。内閣総理大臣、蓬莱ハルコのサインと捺印を施した、全作戦行動の許可証。
「ね。平気かな。生きてて良かった。あなたは私が救助します。安心して」
 ニッコリ笑って、男の顔の前でピースサインを浮かべた。そして、その震え続ける肩に開いた手を乗せ、肩章に指を差し入れた。
〝鈴音一歩〟
 生き残ることのできた自衛隊員を連れ、再び、瞬間移動を試みる。男はまばたく。そのとき、彼はすでに戦場から離れ、対岸の埠頭の灯台の下にいた。なにが起きている? 混乱は続く。
「ちらっとだけど、大きな負傷はないみたい。念の為に病院で検査を。それから」
「ぎみは。いったひ……」
 男は落ち着きを取り戻そうと震え続ける腕を抑える。その手がまだ震えていた。まぶたが痙攣しているのだろう、視界が揺れていた。
「私のことは内密にね」
「一体、ぎみは何者なんら」
 内総理大臣の直筆と捺印。どこかで聞いたことがある。警察や自衛隊よりも、上部の組織があるのだということを。確か、国家治安維持機関。内閣府の直属。その行動には、内閣総理大臣の許可が必要であるということ。確か、隠密機動部隊。地獄の番犬、か。
 そんなものは噂だと思っていた。
「私? なんだろう……そうだ」
 束の間、中空を見上げ、しかし、花岡しゅりは無邪気に笑顔さえ作って見せ、敢然と言い放った。やはり、ピースサイン。
「アイ・アム・ア・ヒーロー」

つづく。
artwork and words by billy.
#創作大賞2023

 こちらに、あらすじや登場人物の紹介、各種用語の説明も載せています。

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