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連載小説「超獣ギガ(仮)」#7


関西から来た、
がらのよろしくない23歳。


第七話「起動」

 超獣と超人の交戦が続いている、
 早朝の東京、晴海埠頭。

「なんじゃあれ」
 間もなくの対岸に飛び交う銃声。鳥谷りなはその巨影を視界に捉え、やや速度を落としながら走行していた。速度を緩めなければ、間もなく会敵する。弾む息。吐き出す白息。目指す先では、すでにチームメイトがモンスターと戦闘を開始している。
「ほんまに猿やねんな、超獣ギガって」
 明け方の山影が揺らめき動いているような錯覚を覚えた。逆立つ体毛から天へ突き立つ角。青い光を放つ一つ目。だが、その容貌はあくまで巨大化した猿だった。考えていたより、そして、予測されていたよりもずっと大きい。大きく見える、気がする。それが視界がいまだ不明瞭な時間帯であることや、未知の存在への想像がそうさせているのだと思いたかった。現実にこのサイズの獣が二足で立ち、走り、あの発達した前足が手として両腕を振るっているのだとしたら、この初戦から険しい。そう言えば、特殊部隊と自衛隊のバルカンや戦車隊はあいつに叩かれて全滅なんだっけ。そして、再び届く銃声。りなは立ち止まって、その様子を凝視した。
「やべー」
 続いて吐き出された、こえー、は、突然、吹いた海からの風にかき消された。岸壁に叩きつけられて真上へ弾ける波。雫は跳ね上がって、朝の光を乗り移らせた。破壊音の向こうには、本当の戦闘が続いている。
「隊長。状況どないなん」
 りなは解答を待つ。一歩ずつ進む。
 地上から、空中から、左から、右から。四方八方から届けられる銃声。しゅりやな。もう始まってんのや。りなは胸のポケットを探って、キャンディを口にした。対岸の戦友は、すでにその能力を解放しているのだろう、超超高速移動でモンスターの死角を探し、中空を駆け回るように移動しながら機関銃の引き金を引いている。その様子を思い浮かべた。
「鳥谷」
 インカムから文月が応答した。いつもと変わらない、穏やかな声。軍事に近い組織ながら、そのいつもの声は、グラウンド外から試合を見つめる監督のようでさえある。声の変わらなさに、りなはやはり安心した。
「鳥谷や」
「花岡、波早の両名が会敵、すでに交戦中だ」
「二人とも解放しとるんやんな」
「している。花岡がやや速度を落とし始めた」
「しゃーない。いっちょ、やったるか」
 背後からのテールローターに気づいて、りなは真上に視線をあげた。プロペラの先端が高速で空気を切り裂く音が西から迫っている。わずかすらなく上空を東へとヘリが駆け抜けた。
 あれは報道? 違う。自衛隊か、警察か。見慣れない機体色。
 なんでもいいや。いまは早く作戦を終えてしまうほうがいい。早く行かなきゃ。空を切り裂くが如く聞こえたのは、超獣ギガの咆哮。
「待っとれ、くそ猿」
 キャンディを噛み潰して飲み込む。標的を睨む。そして、りなは再び、走り始めた。間もなく会敵を迎える。

 同時刻。すでに交戦中の花岡、波早のいる岸壁付近。

 連続する射撃音。しゅりが、波早が、跳躍しては超獣ギガを見下ろして、あるいは着地してコンクリートから見上げて。東から、西から。北から、南から。ありとあらゆる上下と方向から、二人は正対しない角度でモンスターを挟み、撃つ。狙うは一箇所。前頭部にある角。しかし、その巨体に対して対象は大きくはない。細く、湾曲している。その重量に対して反応速度は速く、毛を逆立てた前腕が盾になって射撃を無効化する。背から狙うと、そこに、もう一つの眼があるように、独立した意思を持つ、敏捷の尾が振るわれて攻撃は阻まれた。足止めになる攻撃はならず、そして、二人の体力は奪われ続けた。
 しゅりの放った初発が後頭部を捉えた以外は、攻撃らしい攻撃には至らないままだった。しかし、その頭部の損傷も、わずか数分で回復しているようだった。
 戦況は膠着していた。決定打を放てぬまま、人も、モンスターも、それぞれに消耗している。しかし、そもそもの運動能力に、体力そのものに差があった。超法術という、禁忌の能力を解放して、ようやく、敵対するのがヒトの限界だった。早々に能力を解放したしゅりは徐々に速度が落ちている。瞬間移動に似た、超超高速移動も精度が落ち始め、狙った地点よりも前で移動が止まり、攻撃できずに後退する場面もあらわれ始めた。
 解放して間もない波早も、状況を打開できず、手をこまねいていた。そもそも、彼の能力は自身の持つ運動能力を限界まで、もしくは、限界以上に引き出すもの。能力者たちの連携においては攻撃力を有するが、単独で超獣ギガをどうにかできる、といった種類のものではない。
「聞こえるか波早」
 インカムから文月の声。振り下ろされた巨大な前腕を跳躍して避け、中空でそれを聞く。
「間もなく射出する。初めての実戦運用だ」
 うまくやれ、とは言わなかった。死なずに戻ればいい。文月は繰り返し実働部隊の三人にそう言っていた。抵抗を示せるだけでもいい、弱らせてくれればいい。やつは、僕たち人には手に負えないことをわかっている。
「隊長。小日向さん」
 聞いてくれ。雪平。高崎。
 聞こえてるか、鳥谷。花岡。
 迫る前腕をかわし、姿勢を崩したと思うと、尾が伸びてくる。波早は攻撃をあきらめ、体勢を整えようと後退した。高跳びのように翻した、その身。旋回した瞬間、ようやく、久しぶりの呼吸。空はいまや青い。そして、軸足から着地した。
「上から叩きたい。空でもらう」
「了解だ」
 さあ、みんな、反撃しよう。
 高崎。目標地点の角度の再計算を頼む。小日向さんは軌道修正の後、射出用意。雪平は三人のバイタル確認、それから、小日向さんのところへ向かってくれ。
「任せておけ」
 後方の特殊運搬車から小日向。きっと眉根に深いしわを刻んでいるだろう。
 そして、メガネの奥の目を光らせた、高崎がキーボードに向き直る。
「射出角、再計算終了。角度二十八、距離八○○六」
 インカムから高崎。メガネに浮かぶモニターの青と白。
「オーガスのデッキ、起動中。カタパルトは間もなく射出角に到達します」
 文月が振り返った。ミカヅキと名付けられた指揮司令車と、オーガスと呼ばれる特殊運搬車。後方に停車していたその背中が立ち上がる。警報と共に持ち上がる背骨。並んでいる背中は、小日向と雪平。
 いよいよ朝。立ち昇った朝日に光る、十字型の鉄骨。
 その様子は、梯子車に似ているかもしれない。いまは波早が使う、大質量破壊兵器、金剛力ノ粉砕棒(こんごうりきのふんさいぼう)がカタパルトに載せられている。その後ろに音もなく佇む、十字型の巨大躯体。射出後、実働にあたる、花岡、鳥谷、波早のタイミングをもって、正四角形に組み上がる。超獣ギガを捕縛するために作られた監獄、冥匣(めいごう)。そのときを待っていた。
「ブブラゼル、射出できます!」
……ブブラゼル射出可能。ブブラゼル射出可能。ブブラゼル射出可能。音声が繰り返す。
 後方の雪平に合わせて、指揮司令車であるミカヅキ内にもサイレンが鳴る。車内の各モニターすべてに射出までのカウントが始まった。
「射出するぞ」
 小日向のしゃがれた声がケルベロスの全員の鼓膜に届く。そして、その声を聞いて、鳥谷りなが交戦の対岸へ足を踏み入れた。
「やったるわ!」
 りなは、不慣れな巻き舌で喧嘩を宣言した。そのメガネの奥の瞳に映るのは、猿型の巨人。それを見下ろしていたのは、しゅりと波早。着地して、荒い息を繰り返していた。
「しゅり。波早さん。聞こえてるやんな?」
 その目に肩で息をしている細い姿を捉えていた。遅なってごめんやで。いまから戦況ひっくり返したるさかいな。
 かすか遠く。いまや遠く。疲れ果てた二人は、どうにか呼吸を背中に負いながら、しかし、やはり、利き手にピースサインをつくっていた。りなにはそれが見えていた。
「戦闘再開や」
 このくそ猿。ぶっ殺したる。
 鳥谷りなは、その特殊能力を解放しようと、胸の前に手を合わせていた。行くで。そう口にした彼女は、その背に光を迸らせてさえいた。

つづく。
artwork and words by billy.

☆金剛力ノ粉砕棒(=ブブ・ラゼル)。
……波早専用の格闘向け近接打撃武器。長さ二百センチ、重さ四百キロの鋼鉄の棍棒。
 振り回して殴る、ぶっ叩く。底部と側面に小型スラスターがあり、投擲やスイング時に圧縮ガスを噴射して高速化、軌道安定する。
 暴徒、テロ鎮圧のため、爆発、炎上を伴わない都市型大質量破壊兵器を提唱していたラゼル博士のバトルビット構想とケルベロスの共同開発により生まれた。
 本来は射出、投擲用であったが、波早用に小型軽量化されている。
 軍事においては、バトルビット・ラゼル(BBラゼル)から、通称はブブ・ラゼル。ブブとも呼ばれる。その形状から、波早は「金属バット」と呼称している。

©️ビリー

追伸 
 第一話が約4000字。以降は3000字から3500字ほど。20000字をゆうに超えても、いまだに初戦が終わらないとは思いませんでした。
 そういうわけで、しばらくまだ初戦闘が続きます。
 物語パートも途中に入れておくほうが良いかもしれませんね。
 ビリーでした。それではまた。

#創作大賞2023

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