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連載小説「超獣ギガ(仮)」#25(終)


第二十五話「彼等」(終)

 昭和一〇〇年一月四日、午前五時八分。
 神奈川県横須賀市。横浜ベイブリッジ付近。

 「さあ、総理。何が訊きたい? 何が知りたい?」
 ハンドルを握る文月玄也の質問から始まる早朝の横須賀。その国道。白み始めた景色を、駆け抜けてゆく軽トラック、勇み足の大型トラック。人々の営みが再開する時間だった。
 指揮司令車ミカヅキ。そう呼ばれている装甲車は白く塗装され、傍目には、公道を走行していても、それほどの違和感なく溶け込んではいる。しかし、その背には六十ミリバルカン砲を、二基の小型ミサイルを積載し、それを打つための砲身すら持っている、姿勢を落とし、反動に耐えるためのパイルバンカーまで装備しているのだ。
「なんだろう。ねえ、もう、結婚はしないの?」
 私は何を言い出すのだろう。蓬莱ハルコは自身を不審に思った。
 そんなこと訊きたかったのだろうか。訊くべきは、ケルベロスの面々の不思議な能力。超獣ギガと呼ばれるモンスターたちのこと。冥府と呼ばれる影の政府と、その正体。葬られた正史。本当の進化の歴史。月とそれを建造した人々のこと。両手に指折り数えられるだろうか。新しい質問を思うころには、最初のことを忘れてしまいそうだ。
 しかし、文月玄也はそのことには答えず、かすかに微笑んでいるのだろうと思える、静かな顔でフロントガラスのはるか先を見つめて、姿勢は変わらなかった。車内に据え付けられた計器と、パネル。それに傍受している有線、無線。数多く開いたタスクのように、移りゆくいくつもの情報を視界に入れ、咀嚼して、吐き出して、有用と不用を選択していた。
「僕たちの敵、超獣ギガ(仮)と仮名された、あのモンスターは、人類のもう一つの進化のかたちなんだ」
 文月玄也。隠密機動部隊、その隊長。表情を、声色を変えず、話し始めた。その語り口調は何かに似ていた。例えるなら、それは、精神科医によく似ていた。一定速度で、荒げず、落ち着きで以て紡がれる意思。
「人類の進化の、もう一つの可能性?」
 声にすると、それはより大きな不安を伴っている気がして、ハルコは目を閉じた。
「人類が歴史を持った有史、その以前のことさ」

 地球には人間とは別のルーツを持つ二足歩行の知的生命体が存在していた。彼らは恐ろしく高い知能を持ち、現代の我々でさえ、到底、太刀打ちできないテクノロジーを持って地球に飛来した、異星人だった。らしい。その出自についてはまだ理解の及ばない箇所が多い。
 彼らを仮に先住民族と仮称しておく。
 しかし、彼らは脆かった。人で言うのなら、四歳か五歳の子供ほどのサイズで、暑さに、寒さに弱かった。地球の環境に適応する前に多くが死んだ。しかし、彼らには、地球しか選択肢を残されていなかった。世代交代を繰り返しながら、移住する星を探し、たどり着いたのが地球だった。地球には大気があり、水があって、生命の生存に必要な条件が揃っていたからだ。
 彼らは地球に住むためにある計画を考えた。ブルーボール構想。青いままの地球を自分たちの子孫を残すための惑星に作り変えようとしたんだ。
 ヒト。チンパンジー、ゴリラ、オランウータン。僕たちと、所謂、類人猿は共通の祖先を持つ。サヘラントロプスという、ヒトに進化する一つ前の生命を、自分たちの労働力に進化させたのは、その、異星人、僕たちが言う、先住民族、ハイアーマンだ。彼らはサヘラントロプスの塩基配列に変更を加えた。ある種類には力を持たせた。重力下で大きな力を持つには、身体のサイズを変更するしかない。もう一種には、知恵を与えた。前者が超獣ギガ(仮)、後者が僕たちヒト、後の現代人だ。
 僕たちヒトの祖先は、知恵を拡大させるうちに、ハイアーマンたちが虚弱種であることに気づく。今度は、そのヒトによる抵抗が始まった。サンディニスタ・エクペリエンス、もしくは単にサンディニスタ。解放運動だ。君も聞いたことがあるだろう。
 それは、独自の進化を遂げた人類の、父祖への逆襲だったんだ。知恵を持つと、飼われることを嫌うようになる。
 支配されるのが好きなのは、家畜だ。獣は、支配を嫌う。
 やがて、地球の環境下で生まれた人類は、脆弱なハイアーマンを駆逐するようになった。
 しかし、ハイアーマンたちは月という衛星から地球を監視していた。それは、彼らが地球に飛来したときの、母船をベースにした、人造の天体なんだ。内側には、彼らによって作られた、生体兵器の格納庫にもなっていた。月の裏の大空洞。それは、彼らが地球に送り込んできた兵器、超獣ギガ(仮)の、格納庫なんだ。
 知恵を持たせたことを、知恵を拡大させたことを、彼らは後悔しただろう。人は世界を構築して、父祖の存在を歴史から抹消した。地上の王と君臨を始めた人類は、そのなかに、やがて、突出した脳の力を持つ人々が現れた。
 純粋種の地球人でありながら、その大脳辺縁系は、ハイアーマンたちを上回ってさえいた。
「君も知っているだろう?」
 花岡しゅり。その父親は、月に生まれて育った。彼は、進化した人間、超人だった。全知で、全能すら思わせた。その娘、しゅりは、彼の血を色濃く受け継いで生まれた。そして、月の大空洞で変化した。天才的な頭脳と身体能力を持ち、人類には扱えない能力を使用領域へ拡大させていた。
 あの力。
 時間にこそ制限はあるが、音速で移動する力。彼女は、光に近い速度にも挑戦している。花岡しゅりだけじゃない。鳥谷りな、波早風。彼らもやはり、人の能力を超えた力を持つ。
 僕たちは、それを神技と呼んでいる。人が神という概念に近づく力だからだ。それはおそらく、やがて、灯台のような灯になる。
 人類の道標。この世界を、僕たちの生きる世界を照らす光。
 旧日本軍、その中枢の軍部は、そんな新しい人類が現れるのを予見していた。人は進化の可能性を残していると知っていたのだ。旧ソ連の軍部には、その痕跡がある。連中は、超能力者たちを軍事利用しようと、研究を続けていた。しかし、それは人体実験に終始してしまったが。残念ながら、ヒトなんてものは脆く弱く、その上、先住民族ハイアーマンと違って愚かもので、どの国にも似た人体実験や、その記録が残っている。
 旧日本軍はソビエトの研究所と密接な関係を持っていた。
 それが、後に、冥府と名乗る、影の政府に変わったんだ。
 明治四十一年、西暦なら一九〇八年のことだ。ツングースカの大爆発を知っているか。旧ソビエト、現ロシアの、ヴァナヴァラ北の上空で隕石によって起こった爆発とされているが内実は違う、ハイアーマンが大量の兵器、超獣ギガ(仮)を次元転移させて起きたことによる、大質量爆発だったんだ。いくつもの村と、そこに暮らす人、広大な森林、農地、自衛隊で言うなら二個師団か三個師団クラスの軍が瞬間で蒸発して消失し、まったくの虚無空間に変えられた。
 そうやって、彼らは自らが作り替えた子孫を破滅させようと襲来しているんだ。
「モンスターが現れるとき、光体現象が起きるだろう」
 ハルコはそのことを記憶していた。上空に現れた、光の束から、モンスターが現れるのだと。
「ハイアーマンは、次元転移装置を使って、突然、この地球に兵器を送り込んでいるんだ」
 この世界の概要は理解してくれたかな。
 僕たちヒトの、人間の敵は、同じ始祖を持ち、同じように改良された、もう一つの人類の可能性さ。ハイアーマンがどこにいるのかはわからない。わからないが、その姿は、少年のようだと聞く。左右に人間を従えた、少年たちがそこにいると言われている。
「月さ。あの人造の天体から、連中は僕たちを監視している」
 間もなく暁。真新しい太陽は空と海の間に切れ間をつくる。昨日によく似た新たな一日を始めるために。

「文月隊長。こちらベイブリッジ、大黒埠頭サイド」
 インカムから漏れ聞こえる声は、高崎要。ケルベロスではオペレーターを担当している、若き頭脳。超高度情報処理の専任技術者。しかし、空自から譲り受けて改修したヘリを操縦し、冥府の深部にも精通しているようで、あの、星屑8号が月へ向けて射出されるとき、責任者の伊尾たおりに同行していた。
「高崎か。そろそろ到着したか」
「現在、ベイブリッジ上空から、中空へ降下しているところです」
「現れたか」
「先行した情報とは違って、二体が背中合わせになって橋上を占拠しています」
「二体? 二匹いるのか、超獣ギガ(仮)が」
 声色とは違い、その真新しい景色にどこか喜びすら漂わせていた。
「はいはーい! 今回、目標は二体。すぐに解析するから待ってて」
 随行するオーガスの助手席にいる、雪平ユキ。もう一人のオペレーターは、直接部隊のバイタルを主に担当する、ケルベロスの最年少、高崎と同じく、二十二歳。彼女は医師免許すら保有している。専門は脳外。花岡しゅり、鳥谷りな、波早風。大脳の処理範囲とその機能を増大させている、所謂、超人たちのケアのためにここにいる。
「個体識別コードCUR、個体名カレンス。全長4メートル」
 高崎の声。
「同じく、個体識別コードはVUL。個体名ヴァルガリス。全長6メートル。やはり猿型のモンスター」
 叫ぶ雪平。特殊運搬車オーガスのハンドルを握っているのは、小日向五郎。彼はそもそも、自衛隊の師団長から、指揮官を務めていた。
「以降、目標をカレンス、及び、ヴァルガリスと呼称します」
「ヘキサ、間もなく目標の上空へ侵入します」
 インカムの向こうに、三人の鼓動。間もなく再開する、生存を賭けた争い。獣が最も好きな、本能の時間。

 昭和一〇〇年、一月四日。
 時刻不明。
 国際宇宙ステーションひかり。その通信用モジュール、室内から。

「ハロー、マイフレンド」
 こちら、国際宇宙ステーション。こちら、ひかり。応答せよ、地球。応答せよ。つぶさに見つめた各計器は平常。異常なし。
 ハローハロー。
「応答せよ。こちら、ひかり」
 ケイイチ・エンドーは、地上に光ったその形跡を捉えて、モニターを睨んでいた。
「ハローハロー、地球で何か起きてるみたいですけど、どーぞー」
 それからしばらく、彼は、応答のない地球に向けて、ハローハロー、ハローマイフレンドと訴え続けていた。

 そして、交戦宙域に入ったのは、しゅりたち主力を乗せた、高機動ヘリ、ヘキサ。
 真下には、封鎖されたベイブリッジ。しゅりは、モンスターのその躯体を見下ろしていた。間もなく、出撃命令が下されるだろう。
「ここから先はテラ・インコグニタ」
「てら? お寺さんかいな」
「テラ・インコグニタ。人類が未経験の未知の領域」
 吐く息ひとつ。目を閉じて、再び開いた瞳に映る世界。未知の領域。
「いまから、私、本気出すから」
「オーケーオーケー、そのつもりや」
「いいな。俺たちも付き合う」
 アサルトスーツの鳥谷と、波早。
「もう、これから、誰一人殺させない」
 波早が声にした決意に、二人の視線が合わさった。
「ほな、行こか」
 それに呼応するように、高速移動ヘリ、ヘキサは下降してゆく。封鎖された首都高速。
 スキッドには、しゅりが使うための試作武器が添えつけられていた。
「先に行く。付いてきて」
 未来で待ってる。
 しゅりは振り向きざまに、こっそりとピースサイン。
 天よ地よ。鼻歌のように詠唱を始めていた。
 この光の源なるお天道様よ。我が心体、いまひとたび、この世の理すらも欺くことをお許しください。
 詠唱を終えるより早く、そして、その合掌を待つこともなく、しゅりのピースサインから、閃光が生まれていた。祝福を伴いさえする、白光。
 それは、慈悲と慈愛の光。
「じゃあ、またあとでね。解放しま」
 す、を、聞き終えるより早く、花岡しゅりは姿を消した。次の瞬間、地球上で銃声が始まった。
 しゅりが放ったサブマシンガンは、ヴァルガリスの後頭部を捉えていた。傷口から吐き出される新たな血飛沫。花岡しゅりはつばめのように中空を駆け、対決をよろこんでいた。
 戦争が、始まる。

連載SF小説「超獣ギガ(仮)」
第一部完
続劇。
artwork and words by billy.
#創作大賞2023
#SF小説
#超音速スーパーバトル

P.S.2週ぶりでしょうか、お久しぶりの「超獣ギガ(仮)」は、予告させていただいていたとおり、今回の第25話をもって、その第一部が完結になります。半年かけて、おおよそ、10万字になりながら、物語のなかでは、まだ、十日ほどしか経過していないという、なんだか途方に暮れる長編になりそうな気配です(笑)。
 純文は言葉、および、文章を、エンタメは物語を、SFはその設定を読んでもらうものとよく言われます。この物語は荒唐無稽なSFなのですが、辻褄を考えながら書き続ける作業は、他のものにない楽しさがあり、僕にしては硬質な文体は、これから使える新しい武器のような気がします。
 いま、新しい物語を書き始めました。今度は純文に寄せた長編になると思います。それでは、また。ビリーでした。

ほんじゃのー。

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