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小説「国境線上の蟻」(全15話)

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いまや、分割統治された日本。 移民として生まれた男と、その子孫である、もう一人の男。運命を翻弄されたふたりは、片手に拳銃を握り、最期の対話に挑む。
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記事一覧

短編小説「国境線上の蟻」#1

 鳥の声は聞こえなかった。  蟻はそもそも啼くことがない。  啼かない、声を持たないのは佳…

ビリー
1年前
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短編小説「国境線上の蟻」#2

 地獄なんてものがあるのかどうかは知らないが、もし可能であればそれが可能な限り、凄惨な場…

ビリー
1年前
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短編小説「国境線上の蟻」#3

「死に際を考えたことはあるかい?」  君はその問いに少し迷う。慎重に言葉を選ぶ。そして探…

ビリー
1年前
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短編小説「国境線上の蟻」#4

 久しぶりに外を歩いた。季節は移る。風が肌を刺し、吐く息は白い。北風。間もなく冬。君は小…

ビリー
1年前
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短編小説「国境線上の蟻」#5

 君は宿泊先のモーテルに戻ろうと歩く。貧民街となった路地で、ひとりの破綻者を始末して、や…

ビリー
1年前
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短編小説「国境線上の蟻」#6

 君は手持ち無沙汰にナイフを弄ぶ。開く。閉じる。硬質な、金属音が鳴る。情緒の入る隙間のな…

ビリー
1年前
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短編小説「国境線上の蟻」#7

 孤独は生きる限り続くものと君は思っていた。掬い上げられる僅かは瞬時に砂として零れ落ちてゆく。それを掬った掌からも瞬く間に零れ落ちてゆく。明滅する光。明滅する希望。それに並走する孤独。離れることのない絶望。  その繰り返しを生きてきた。眠るときに見る夢は束の間、君を孤独から解放する。だが、目覚めた現実は途方もない闇のなかで、独りで呼吸だけを続けている。孤独を吐き、暗闇を吸う。暗黒を吐き出して、虚無を吸いこむ。  口のなかに血が匂う。噛み締めた歯。飲み込む唾液。上顎。下顎。噛み

短編小説「国境線上の蟻」#8

「……リャンミン」  誰かが君を呼んでいる。君はまだそのことに気づいていない。俯いている…

ビリー
1年前
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短編小説「国境線上の蟻」#9

 海峡を越えてゆく。君が走らせるピックアップ・ヴァンは本土と四国を繋ぐ瀬戸大橋を走行して…

ビリー
1年前
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短編小説「国境線上の蟻」#10

 君は見ている。  視線の先に広がるのは海だ。かすかに島影を捉えたような気がした、それが…

ビリー
1年前
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短編小説「国境線上の蟻」#11

  足下には蟻が歩いていた。連なる粒の群れの先には息絶えた死骸が見てとれた。鳥か犬か猫か…

ビリー
1年前
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短編小説「国旗線上の蟻」#12

 君が放った銃弾によって、ワン・イーゼンは絶命した。小口径のピストルだった、至近距離から…

ビリー
1年前
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短編小説「国境線上の蟻」#13

 数秒前。君は君に銃口を向けた。硬く冷たい金属をこめかみに押し当て、ほとんど躊躇すること…

ビリー
1年前
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短編小説「国境線上の蟻」#14

 捨てられた君は路上で呼吸を続けていた。天井の開いたダンボールから、見上げる空。雨が鳴り始めて、君は額に、頬に、唇に、それを受けた。生まれて間もない、作りたての君の白い肌を、埃や土を混ざらせた春の細く濁った雨が打つ。君はその柔らかく、やわで、小さな手のひらにそれを受けた。手首を返す。その手のひらから垂れた灰色の数滴を飲み込んだ。  指の隙間から見た高み。仰ぎ見た空。そこには君を狙う野鳥が周回していた。地上から見上げた景色、その青。初めての記憶だった。君の原始の記憶は雨の空だっ