ビールと呼吸

二人でやってます。同じテーマで日曜日に小説、水曜日にエッセイを書きます。

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最近の記事

犬の名前

小説 テーマ『単細胞』  学校から帰宅してリビングに入るとふさふさとした白いかたまりが足元に擦り寄ってきて、その得体の知れなさに全身に寒気が走って私の体はびくっと震えた。恐る恐るその白いものを確認すると黒く丸いつぶらな瞳が私を見ていて、口からは舌が垂れており、規則的な息遣いが聞こえてきた。 「どうしたのこの犬」  キッチンで夕食を調理している母めがけて私は問いかけた。 「お父さんが買ってきたのよ」と母親は振り向きもしないまま怒気をはらんだ声を言った。きっと父は母にも許

    • アクリル板の時代

      エッセイ テーマ『アクリル板』 親しき仲にもアクリル板ありの時代になってから三年ほど経った。 世の中はマスクを外す傾向に向かいつつあるけれど、顔を半分隠すことが当たり前になった世の中において、さっさと取れる人は少ないように思う。周りでも今さら口元を晒すのが恥ずかしいという声が多い。 僕としては、体調を崩すことが急激に減ったし、花粉症の季節になる前から着けていることで症状が軽減されると分かったので、今しばらくは外さずに暮らしたいと思っている。 そんな風に、パンデミックは僕らの

      • アクリル板越しの世界

        小説 テーマ『アクリル板』  学校から帰る途中、客がいるところを一度も見たことがなかった喫茶店が閉店してしまっているのを見かけた。シャッターが下ろされていて、閉店を知らせる張り紙が一枚だけ貼られている。その寂しい状況に胸が締め付けられるような切なさを感じる。客がいなくてもこの喫茶店はずっとここにあるのかと思っていた。この喫茶店には一度も入店したことがなかった。個人経営の喫茶店よりもチェーン店のほうが落ち着く性分の所以だった。だから私が感傷を抱くのは相応しくないのだろう。私も

        • ペンギンたちの春

          エッセイ テーマ『チェイサー』 最近は春が近い。 北海道から見たときの本土(本州)や四国、九州ではうららかな陽気が春を担いでやってくるのだろうけど、こちらはいまだに雪が吹き荒れることもあり、つい先日は三メートル先が見えないくらいの猛吹雪だった。 それでいて、NHKの全国ニュースでは早咲きの桜が花開いている様子が写し出されたりして、国土の縦長さを感じたりする。全国ニュースって東京の地方番組みたいだな、と一人ごちる。 この時期は除雪作業が本格化する。ブルトーザーが除雪して通っ

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        • 日曜日/小説
          9本
        • 水曜日/エッセイ
          8本

        記事

          ウイスキーでビールを飲む

          小説 テーマ『チェイサー』  彼女から「さようなら」と一言だけLINEのメッセージが届いて、僕がそれに対してどういうことか尋ねたけれど、返信がないまま3日ほど過ぎ、気づいたら彼女のLINEのアカウントが消えていた。  彼女がいなくなってしまって気がついたけれど、僕が彼女のことで知っているのは本当に些細なことばかりだった。彼女は九州で生まれて、高校まで過ごし、大学進学を機に都内に転居した。彼女とは友人が企画した飲み会で出会い、意気投合し、交際をはじめるに至った。彼女はいくら

          ウイスキーでビールを飲む

          十徳ナイフを投げよう

          エッセイ テーマ『刃物』 中学三年生の秋ごろ、教室の後方で十徳ナイフがしきりに飛んでいた。学校祭で使用して余った発泡スチロールが窓際に放置されており、描いた的にナイフを投げて遊んでいたのだ。 高校受験に向けた勉強のストレスをぶつけるように、あるいはすんなりと刃物が刺さっていくのを楽しむかのように、男子たちはこぞって百均の十徳ナイフをポケットから取り出しては、スナップを効かせて点数を競った。 いま考えてみればとんでもなく荒れたクラスである。どんな理由があろうとも、刃物が飛び

          十徳ナイフを投げよう

          その包丁を向ける先は

          小説 テーマ『刃物』  そこになかったらないですね、という言葉を最初は口に出すのが恥ずかしかったけれど、一度その言葉を使ってしまえばその万能性に溺れてしまい、アルバイト中の口癖となってしまった。レジのカウンターの内側で今日の夕食は何にしようか、明日の休みは何をしようか、などととりとめのないことを考えていると、客が来た。会計など、もう頭を使わずに半自動で行うことができる。客がカウンターに置いた買い物かごを一瞥して、いちばん手に取りやすいところにあったものを取る。プラスチックの

          その包丁を向ける先は

          スクリーンセーバ的休息

          エッセイ テーマ『スクリーンセーバ』 上手に休める人に憧れる。 僕は何もない空白の時間を作ることに対して何故だか罪悪感があって、休みの日でも予定を入れる癖がある。友人とごはんに行ったり、特に欲しいものはないのにウィンドウショッピングに繰り出してみたり、落ち着いた休日というには身体の疲れが取れにくい過ごし方をしてしまう。 自分のやりたいことをやれているのだから良いのでは、と見られるかも知れないのだが、僕の面倒な視線がものを斜めから視界に捉え、見るに耐えないあんぽんたんな精神疲

          スクリーンセーバ的休息

          向こうにあるもの

          小説 テーマ『スクリーンセーバ』  見に行きたいね、と話していたのに行きそびれた映画がプライムビデオで配信がはじまったから、僕の家で一緒に見ることになった。彼女は昼前には来たけれど、やり残した仕事があるからとノートパソコンをリュックサックから取り出して、まずはそれを片付けてしまいたいと言った。彼女はソファに体育座りのような格好で座り、膝にパソコンを置いて、素早いタイピングをしていた。その体勢でよく集中できるものだと感心した。  僕は取り立ててすることがなかったので、彼女の

          向こうにあるもの

          街の星座

          エッセイ テーマ『街』 InstagramでDMが届いた。 ロシア人の友達からだった。 進撃の巨人を見ていたら、日本語の意味がよくわからない場面があったので、どういう言葉なのか教えてほしいという内容だった。 その場合はthanks to himというよりはthanks to thatのほうが文脈的に合ってるかもね、などと、ほとんどできない英語を頼りに説明をした。 彼女は大学のサークルで知り合った留学生で、カーチャというあだ名で親しまれていた。 カナダやアメリカからの留学生

          奇跡のような出来事

          小説 テーマ『街』  市の中心にある駅の構内は多くの人で賑わっていた。数えきれないほどの人が行き交っていて、待ち合わせをしているだろう人たちが手持ち無沙汰にスマートフォンを睨みつけていたりする。僕もスマートフォンで興味のないニュース記事なんかを読みながら友人が来るのを待っていた。ディスプレイの上部にラインの通知が来て、一瞬だけ表示されたその通知でおおよその内容はわかった。あらためてラインをひらくと、約束をしていた友人から急用が入って二時間ばかり遅れてしまうという旨のメッセー

          奇跡のような出来事

          左手は無視しろ

          エッセイ テーマ『生命線』 基本的に占いとか運勢とか血液型による性格とかは信じない傾向にあるのだけれど、三十代に足を突っ込もうとしている今であっても身辺でそういったことが話題に上がることはわりと多くて、そんな流れに応じてB型っぽいよねと言ってみたら意外に当たる、なんてこともある。 それって血液型が先行して性格になっているのか、血液型のイメージが先に来てそれに沿って生きてきたのか微妙なところだよなと思ったりする。A型の僕は几帳面でなければならないと掻き立てられていたり、O型

          左手は無視しろ

          それぞれの意味

          小説 テーマ『生命線』  肌と肌を通して、彼女の身体の熱を感じる。心臓が一定のリズムで鼓動して、きっと彼女の身体のなかではきちんとした生命維持活動が行われているのだろう。彼女は生きている。不意に胸元にむず痒いぐらいの刺激を感じた。布団をあげて見てみると、彼女がそこに指で丸く円を描いていた。何周もぐるぐると同じ軌跡をたどっている。 「何をしているの?」  僕がきくと、彼女はいたずらをしていることがばれた子供のようにあどけなく笑った。 「ほら、言うでしょう。雨垂れ石を穿つ

          それぞれの意味

          どっかにゆく年、勝手にくる年

          エッセイ テーマ『悲劇』 昨年の大晦日、参拝前の浮かれた人流から逸れて来たお客様を捌ききり、ほうほうのていで自宅に辿り着いたあと、朝に残したバナナ入りヨーグルトをもちゃもちゃ食べていたら年を越した。 テレビではNON STYLEが漫才をしていて「いま、年越したん!?」と大袈裟に声をあげていた。それで2023年がスタートしたことを知り、自分の状況の悲惨さというか締まりの悪さに思わず笑ってしまった。 振り返ってもここまで緩い年の越し方をした覚えはない。ゆく年くる年というか、勝手

          どっかにゆく年、勝手にくる年

          手の温み

          小説 テーマ『悲劇』  長いあいだ列車に揺られて目的の駅に降りると、昼間だというのに駅前には人の姿が見当たらなかった。人のいなくなった地方の街の宿命のような寂寞が詰まっている。地図アプリで祖父母の家までの道順を確認して、表示された道順の通りに歩いていく。  母親から祖母の認知症がひどくなっていて何度も同じことばかりを話すと聞かされていた。僕が祖母に会ったのは三年前の大晦日が最後で、記憶のなかの彼女はまだ意識もはっきりしていて、集まった親族のために、たくさんの品数の料理を作っ

          イメージミニマリズム

          エッセイ テーマ『ミニマリズム』 ミニマリストに憧れる。 ここ十年ほどの間に現れたその言葉の意味するところは「丁寧な生活」という風に捉えているけれど、真意のところはよく分かっていない。 勝手なイメージはある。 ミニマリストの部屋では、四角四面の真っ白なダイニングテーブルと背もたれのない椅子がセットで置かれ、毛並みの揃ったシンプルなカーペットがその脚を支えている。落ち着いた色合いの壁際には部屋の色に合わせた大きめの棚が据えられており、高級料理の盛り付けのようなすかすかした感

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