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左手は無視しろ

エッセイ
テーマ『生命線』

基本的に占いとか運勢とか血液型による性格とかは信じない傾向にあるのだけれど、三十代に足を突っ込もうとしている今であっても身辺でそういったことが話題に上がることはわりと多くて、そんな流れに応じてB型っぽいよねと言ってみたら意外に当たる、なんてこともある。

それって血液型が先行して性格になっているのか、血液型のイメージが先に来てそれに沿って生きてきたのか微妙なところだよなと思ったりする。A型の僕は几帳面でなければならないと掻き立てられていたり、O型の誰かは大雑把でも許されると慰めになっていたりするのかもしれない。
イメージから逸脱しないようにするのが人間の性ってものであるから、右にならえをして都合のいいもの、あるいは面倒だけど拘束力のあるものとして捉えて成長してきた、みたいな。

そんなわけないか。

まあ、そういったものに寄り掛かったり面白味を見いだすことは悪くないと考えてはいるけれど、どちらにつけても、僕はそれらを信用していなくて、血液型の性格は単なる偶然、占いは嘘っぱち統計学、手相は手の皺だと思っている。

僕の手の平には一般的な人と比べると多すぎるくらいの線が走っており、どれが運命線でどれが生命線なのか把握しにくい有り様になっている。
良し悪しの区別なく全てを網羅しているなら僕の運勢は幸福の絶頂か最悪かの両極になるはずだが、今のところニュートラルな状態もあるのだからやはり占いはよく分からない。

いつだったか、手相占いの番組を見ていた。その年の運勢を手相から見るという内容で、ある芸能人の手の皺が大きく写し出された。彼は「今年は手相の多い人は最悪の運気です」と言い放たれ絶叫した。僕は番組を見ながら、それはもう仕事放棄なんじゃないの、と思った。
多いってどれくらいからなのか曖昧だし、良い運命を辿るであろう線が含まれているはずなのにそれを無視して、線が多いと運気が下がるという理論がまかり通るのは脳死であり、そんなんでいいなら僕でも言えてしまう。目算で五分五分の青空と曇り模様を見て、どしゃ降りになりますと言ってるのと余り変わらない。当たるときは当たるしそうじゃないときは晴れててハッピー程度の言葉だからだ。
その辺りから手相占いは全面的に詐欺まがいのこととして捉えている。

とはいえ、やはり小さい頃には自分の手相で行く末を知りたいという気持ちはあった。手相占いの本を買ってきたから左手を差し出せとクラスメイトに恐喝され、しわしわの左手の手相をまじまじと見詰めながら、お前の生命線途切れてるじゃんと彼は言った。
気にして見たことのなかった自分の左手を見てみると、手の平の真ん中より手前あたりでたしかに途切れていて、そこからジャンプして先が描かれていた。そういうもんだろうと思い友人の手相を見てみると、みんな綺麗に手首のそばまで湾曲した線を描いていた。

ラッキー、オリジナルなラインがひけてるぜ、と楽観的になることはなく、そのときの僕にとっては手相こそが唯一無二の人生の線路でありその上を走行していくものだと思っていたから、脱線が約束されているというのはいささか憂鬱なものだった。
どっかで生まれ変わるか死に目に会うというユニークな列車にはどうしても乗りたくはない。乗りたくないものに勝手に乗らされて運ばれているような気持ちだった。

手相は神の示した道しるべである、ということを飲み込むのであれば、僕はそろそろ生命線の途切れる地点に辿り着きつつある。
途切れた先にも人生が続くとしてその終わりが八十歳くらいであるとしたなら、そこは目算で三十歳前後になりそうだから、まさにいまこの瞬間の僕の進んでいるあたりである。

すでにジャンプして先の線に着地したのかもしれない。そうだとするならば僕の人生はどこかで劇的な変化に見舞われていなければならないはずなのだけれど、思い返してみてもそんなタイミングはなかった。
思い出の要所要所で惨憺たる出来事や喜ばしいことに出くわしては来ているが、一旦リセットして心機一転やり直したようなものではない。

だとして、これからその時が来るとしたら何があるだろう?
懲役を食らうようなことをする予定はないし、大病をしそうなほど健康診断の結果は悪くない。大企業の女社長に見初められてヒモになる願望もなければ、三十億円みたいな大金が道端に落ちていることもなさそうだ。
人生において劇的な変化は滅多に起きないわけであり、転ばぬ先の杖ではあるけれど、生命線に振り回されて入念すぎる準備をするのもどこか阿保らしいだろう。

そもそも僕は手の皺を信じていないから考えるだけ無駄である。
自分なりの生命線や運命線をデザインしてそれに乗っていけるよう尽力する方が、よっぽど有意義で価値があると思うのだった。

著:藍草(https://twitter.com/aikusa_ok

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