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奇跡のような出来事

小説
テーマ『街』

 市の中心にある駅の構内は多くの人で賑わっていた。数えきれないほどの人が行き交っていて、待ち合わせをしているだろう人たちが手持ち無沙汰にスマートフォンを睨みつけていたりする。僕もスマートフォンで興味のないニュース記事なんかを読みながら友人が来るのを待っていた。ディスプレイの上部にラインの通知が来て、一瞬だけ表示されたその通知でおおよその内容はわかった。あらためてラインをひらくと、約束をしていた友人から急用が入って二時間ばかり遅れてしまうという旨のメッセージが届いていた。誰かを待つことは待たせることに比べればそれほど苦ではない。僕は了承という意味合いのメッセージを送信し、それだけだとぶっきらぼうに見えてしまうと思い、愛嬌のある流行りのキャラクターが親指をあげているスタンプも送っておいた。

 顔をあげると相変わらずたくさんの人々が視界に入る。マッシュの髪型の大学生風の男がスマートフォンを耳にあてて笑っていたり、フリルがたくさんついた可愛らしい服装の女性の集団が車座になっている。老夫婦が仲良さそうにゆったりとしたペースで歩いている横を、スーツを着た中年男性が早足で追い越していった。この数えきれない人のそれぞれにそれぞれの歩んできた人生があるのだということを考えると、当然のことであるはずなのにその際限のない莫大な事実にめまいがしそうになった。

 構内の真ん中であたりを見回している女性がいた。肩のあたりで切り揃えられた黒い髪は右耳にだけ髪がかけられていて、左側はそのまま垂れ下がっていた。かけられた髪の毛が下がらないように手で押さえながら、顔を左右させている。きっと誰かと待ち合わせをしているのだろう。約束の相手がいないと判断したのか、女性は駅に併設されているショッピングモールの方向へと歩いていった。誰かを探している素振りを見せていたのにその場所を離れてしまうというのは意外に思えた。コーヒーショップにでも行って相手を待つのか、ウィンドウショッピングをしながら時間を潰すのか、いろいろと考えられる筋はあるけれど明確な答えはわからない。どうせ大した理由ではないに決まっているが、女性がどこに向かったのか確かめてみたくなった。持て余してしまった大量の時間を消費させるいい暇つぶしになると思い、すでに遠くを行く彼女に向けて僕は足早に歩きはじめた。

 彼女の足取りは何も迷いがないといったふうに見えた。目的地がきちんと設定されており、それに向かって歩みを進めている。彼女はエスカレーターに乗って上階にあがっていた。ウィメンズの衣料品店は三階に多く並んでいるから、そこへ向かっているのかもしれない。僕もエスカレーターに乗った。彼女と僕のあいだには四人いた。その四人は見分けがつかないようなありきたりな服装をしている若者たちだった。テレビやインターネット、雑誌なんかで見かける流行の服装や髪型をそのまましている。街中を歩いていると同じような格好の人に何度もすれ違う。その度にこの人はさっきすれ違った人と同じ人なのではないかと思った。オリジナリティは欠如しているけれど、気にかけているからこそ衣服はパリッとしているし髪も手入れが施され、清潔感も高くセンスはよく見える。身なりにまったく気を配らない人に比べたら、かなりマシだ。

 彼女はエスカレーターを上っていき、二階を越え、三階を越え、四階も越えていった。いったいどこに向かっているのだろう。この先の階は飲食店が立ち並ぶフロアで、その次は丸々シアターがあるだけだった。彼女は飲食店フロアで降り、いくつもの飲食店の前で立ち止まりながらフロアを徘徊した。先ほど待ち合わせをしているふうだったのに飯を食べようとしているのだろうか。腕時計で時刻を確認すると短針は十五時を示しており、昼食にも夕食にもふさわしい時間ではなかった。もしかしたらこれから友人と合流したあとに行く飲食店の下見をしている、ということも考えられる。彼女はフロア中の飲食店をあらかた見尽くしてから、エスカレーターを下っていった。彼女の行動の原理がわからない。

 最初に彼女を見かけた場所にまた戻ってきた。彼女はまたさっきと同じようにあたりを見回していた。僕は見つからないように遠くの陰から彼女を見ていた。すると彼女は僕のいる方向にぐるんと振り向いて、駆け足で向かってくる。

「どうして後をつけてきてるんですか?」

 彼女は眉をひそめながら言った。はっとして口を開こうとすると、僕の隣にいた人が「あの」と口を開いた。目をやると、先ほどエスカレーターで見かけた似たような服装をしている四人のうちのひとりがいた。もしかしたらこの人も彼女の後をつけていたのだろうか。

「五人も似たような人たちがついてくるなんて不気味です」

 再度周りをよく見てみると、先ほどの四人全員がいた。同じような髪型に同じような服装だった。よく見ると髪型も服装もいまの僕の姿と似ていた。僕を含めた彼女以外の五人は、そのときはじめてお互いの存在に気づいたかのように顔を見合わせた。近くで見ると顔もよく似ている。

 僕らは彼女に平謝りした。彼女に危害を加えるつもりはなく、ただ人間観察のようなことをしていただけだと説明した。全員が似たような動機で彼女のことを追っていたのだった。平謝りの末、なんとか警察沙汰にはならないように事を納めてから僕ら五人は昼から営業している居酒屋へと赴き、この奇跡のような出来事に乾杯した。

著:早尾(https://twitter.com/haya_toma

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