しめさば

書く

しめさば

書く

最近の記事

汚さを空間から排除する傾向について #20

ルノアール。 4月から喫煙席が、電子タバコ専用になるらしい。 公共の場 等質空間への志向 いかがわしさや、複雑性からの脱却。 何を目指しての脱却なのか? 快適さ、わかりやすさ、清潔さ。 思想なきミニマリズム 潔癖症 ネットがいかがわしさや複雑性の展開する場となり、 現実の空間は、その反動ゆえか、単純になる。 なんだか、人間を過大評価しているような。 もともとそんなにキレイな生き物じゃないのでは? 現実の空間の汚さを排除した結果、個人に凝縮されたイヤな気分が、 ネッ

    • たしかさと新しさのシーソーゲーム #19

      カフェにて。 入れ替わり立ちかわり、だれかが来て、何かをして、去っていく。 私はなんらかの作業をし、止め、他の作業をする。 私が来た時には誰もおらず、帰るときには誰もいなくなっている。 ただの生成変化の両端の、“かりそめのたしかさ”が心地良い。 私は”たしかな”場を求めているのか。 土台。気分にぴったりの土台。 でも、毎度同じでは、場に飽きて頽落する。だから、私は同時に”新たな”場を求めている。 新たな場に接し、私の可能性がひらけるような心地良さ。 景色。気分を転換させる

      • 汗をかきづらい私のサウナの入り方メモ #18

        サウナと水風呂を、今までで一番気持ちよく往復できたからとりあえずメモを残す。 ①炭酸泉に入る 元々私は汗が出づらく、2週目以降のサウナで中々温まりきることができないので、今回初めて取り入れてみた。たしか6~7分くらい。サウナに備えて体の芯をあっためておく。 ②温泉に入る これは数か月前から導入していた。前に炭酸泉に入って体の芯をあっためておいたので、体全体がすぐにあったまる。6~7分くらい。 ③サウナに入る 8~10分入る。汗の出方がこれまでと全く違う。すぐに大粒の汗。

        • RTAという遊び #17

          RTA走者は、ゲームに遊ばされていない。むしろ遊びを見出している。 ゲーム“を”プレイしているというよりも、ゲーム”で”プレイしているというべきだろう。 子どもは、遊び方を教えられなくても、遊ぶ。 一般的なゲームやスポーツでは排除されているような、人の遊ぶという行為の本質的な要素がそこにはある。 RTAは、e-sportsとしばしば比較される。 大技を行う前の緊張感は、スポーツと同じ。RTA走者の記録更新への涙ぐましい努力も、スポーツと同じ。 しかし、RTAでは笑いが起きる

        汚さを空間から排除する傾向について #20

          ヒマな時の作業の分類と導線 #16

          仕事などのやるべき作業が無い時に、”気分に合わせて”どのような作業を、どのような割合で選ぶべきか考える。 作業の分類。 ①制作的作業 総合と分解を繰り返す作業。 論理的思考を伴う生産的作業。 例えば、文章を書く作業。計画を立てる作業。 ②没頭的作業 むさぼるように向き合う作業。 栄養補給的、暴食的作業。 例えば、本を読む作業。作品を観る作業。 ③散歩的作業 好奇心の向くままにおこなう作業。 メンテナンス的 or ネットサーフィン的作業。 例えば、EvernoteやWor

          ヒマな時の作業の分類と導線 #16

          SNSの喧噪にどう向き合うか #15

          Twitterで誰かを攻撃する人々。 なぜ、攻撃するのか。そんなに考えていないのだろう。ムカついたから、攻撃する。それだけ。 攻撃するやつ。擁護するやつ。仲裁しようとするやつ。茶化すやつ。 至る所で議論・口論が起こる。学者、ビジネスマン、無職、学生、フリーター、老若男女が色々な所で攻撃・擁護を重ねる。 もしかして、実は人類はかつてないスピードで新しくなろうとしているのかもしれない。 ここまで多様な話題について各々が意見を交わしていることは、Twitter以前にはかつてなかっ

          SNSの喧噪にどう向き合うか #15

          モノクロ・色彩・“いき” #14

          私の視覚を、モノクロに切り替えたいと思う瞬間。 移動中 会話中 作業中 色彩は情報量が多すぎる。脳がつかれる。頭痛が起きる。 作業への没頭が妨げられる。 それでは色彩があってほしいとおもう瞬間はいつか。 部屋の中に一人でいる時 パノラマに臨む時 おいしい匂いがする時 なんらかの目的をもった作業をしておらず、かつ“何か”を受容したいと欲している時だ。 “何か”とは。 栄養?生の感覚?欲望? 私に、流れ込ませる感覚。 モノクロへの渇望は、おそらく目的的な感情と結びついて

          モノクロ・色彩・“いき” #14

          ポケモンからの卒業か #13

          どうやら10分後にポケモンダイレクトにて重大発表があるとのこと。 色々憶測が飛び交っているが、「ダイヤモンド・パール」のリメイクの発表なのではないかというものも多々見られる。 私がポケモンのゲームで最後にプレイしたのが、約10年ちょっと前の「ダイヤモンド」であった。 プレイ初日に塾をサボってリビングのソファの上でDSで起動するときのワクワクした感覚を、今でも鮮明に覚えている。 これまでのポケモンでは「ファイアレッド・リーフグリーン」、「ハートゴールド・ソウルシルバー」

          ポケモンからの卒業か #13

          Evernoteの大掃除 #12

          年が明けて、大掃除。 自分の年を明けさせるために、大掃除。 積もり積もった思考と疑問の断片と、スナップショット的記録をテーマごとに分類して、それぞれのノートに整理していく。 テーマごとにノートの分量に差がみられる。 関心の度合いと断片の量に応じて、テーマを作り変える。 それについて考えようとしたときに、ワクワクするかどうか。 深く広く考えたくなりそうなテーマは、Workflowyに移して継続的に考えることにする。 私のEvernoteの役割は、情報と思考の倉庫。 探し

          Evernoteの大掃除 #12

          「“ズバリ“言うわよ」 #11

          昔のテレビ番組で、自分の本音の意見を言う時に「ズバリ」と枕詞をつける占い師がいた。 殴る瞬間にバギッ!と自分で効果音を言っているのと同じ。 「私がこれから言う事は本質をついているからよく聞いてね?じゃあ言うわよ。」ということなのだろう。 このようなレトリックは、話を“わかりやすく”伝えるためには良いのかもしれない。 しかしわたしたちが日常でこのような表現を使う時、当然、実際の現象の多くをそぎ落としてしまっている。 もし、お互いが精密な、現象の屈曲に沿った、リアルなコ

          「“ズバリ“言うわよ」 #11

          正月 #10

          あの鐘の音 甘酒の匂い いつものタレント いつものリアクション 必ず当てるガクト 料理をする女性 酒をのむ男性 型通りの無礼講 手を抜いて“合わせる”スポーツ選手 プライベートを話すスポーツ選手 オリンピック色の歌合戦 芸人がいじめられる スポーツ選手が技を魅せる タレントが笑う 型通りの生活 型通りの喜劇 こうして作られた型通りの机を囲み、 1年の記憶を仕分けする。 新しい年を歩み始めた気分の中で、 1年の後悔を清算する。 土台としての正月 儀礼としての正月

          頭痛を予防する #09

          近所に外出すると、たまに頭痛が来る。 友人と喫茶店で会うと、頻繁に頭痛が来る。 友人らとどこかで遊ぶと、ほぼ必ず頭痛が来る。 目の前の1つの物事に集中することは苦手ではない。 目の前の状況が漠然としていたり、多くの人や物事が絡まって状況が進んで行く場合は、集中することが苦手である。 私の頭痛は、集中することができていない状態、つまり脳が充分回転していない状態の時に、多くの情報を脳に入れようとすることで起きる、消化不良が原因であるだろう。 人と会う場合は、話の内容自体に耳

          頭痛を予防する #09

          嘘と虚構 #08

          嘘と虚構って、何が違うんだろう。 善意?悪意? 現実?物語? 利己的?利他的? 虚勢的?創造的? バラエティ番組の企画という虚構の中で感じてしまう、視聴率稼ぎのための嘘。 嘘つき?クリエイター? とりあえずの私の定義。 事実と異なるものを伝える動機の軸の片方に自分を、もう片方に赤の他人を置いた時に、中心点から自分側によっていれば嘘的であり、他人の方によっていれば虚構的だと言える。

          嘘と虚構 #08

          目線の先の現象 #07

          街中で他人と目線が合わないことが、地域のつながりが希薄になりつつあることの象徴だと、宮台真司さんが言っていた。 目線があうということ。 目線が合って会話をすることがないから、虚像が膨らむようになった。 虚像と現実とのギャップをみて苦しみ、現実を呪う。 虚像を現実に無理やり重ね合わせて、誰かに心酔したり、傷つける。 かれらは現象の屈曲に沿ってそれを把握しようとしない。 なぜか。骨が折れることだからだ。 絶えず自身の現実の像を生成変化する現象にあわせて打ち壊したり作ったりしな

          目線の先の現象 #07

          頽落の時間にメンテナンスを #06

          何かを始めることが億劫。 始めても集中ができない。 好奇心が拡散している上に弱い。 思考体力を使わない上に退屈しない、しかし栄養が無く精神に害のある、まるでジャンクフードのような情報に身を埋没させている。 没頭ではなく、埋没。何も目指しておらず、身動きがとれない。 これをすればおそらく頽落から抜け出せるとわかっていることでも、手を出すことができない。 重要なのは今の自分の気分に合わせて“何かをする”こと。 何もしたくないような極めて頽落した気分でも、“メンテナンス的な作業

          頽落の時間にメンテナンスを #06

          直観について #05

          ベルクソンが言っていた。 どうやらフッサールの言う本質直観とは異なるのだろう。 むしろ本質や言語の規定を排除した先のものであるのだろう。 言語によって本質を捉えようとするのではなく、むしろ生成変化を切り取らずに捉えようとするような試み。 禅的直観とも近いような気もするが、禅のそれは静的なイメージがある。 “なんとなくこんな感じがする”ということを大事にしていたい。 これを言語で説明しようとする時にはもう、この感覚は薄れ始めている。 その“感じ”を、動的に捉えたい。 とはい

          直観について #05