アズミハヤセ

🖋ストーリー作家/アズミハヤセの挑戦 📕毎週金曜日更新 古道具屋「宝島」を舞台に、早瀬…

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🖋ストーリー作家/アズミハヤセの挑戦 📕毎週金曜日更新 古道具屋「宝島」を舞台に、早瀬の日常ストーリーをライブ風に連載中 フォロー・スキで応援お願いします!

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連載小説「思い出の後始末」もう一枚の手紙

もう一枚の手紙  美羽音が受け取った、あずみからの手紙。 「美羽音さん。突然ですみません。私、早瀬さんのもとを離れて、今は遠い町で暮らしています。本当は、美羽音さんに会ってちゃんと挨拶をしたかったのですが、美羽音さんの顔を見ると、決心が鈍ってしまいそうな気がして、それにあなたなら、出ていこうとする私を全力で止めようとしたでしょうから……。  お世話になった早瀬さんにも、置手紙を一枚残しただけで、こっそりと出てきてしまいました。  そう、私は恩知らずなやつなんです。私のこ

    • 連載小説「思い出の後始末」#67終章

      第67話 終章  僕は今、『宝島』の二階の部屋で、開け放った窓から外の景色を眺めている。  庭先に続く雑木林を見ながら、ああそういう季節なんだと改めて認識した。  普段は常緑樹の木立に紛れて目立つことのない桜の木が、この時ばかりは両腕に満開の花を乗せ、その存在を派手に主張している。深まる緑の中、そこだけ浮き上がるようなピンクの色彩が目に染みるようだ。  時折やって来る海風に吹かれた桜の花びらが、音もなく宙を舞う。  見慣れた風景画に新たな筆を走らせるようにさらさらと流れてい

      • 連載小説「思い出の後始末」#66エピローグからの始まり

        第66話 エピローグからの始まり  『宝島』という場所を人のために役立てるというのは、とても良いアイデアであるように思えた。  実際には、病院のシスターと中浜家の美彌子さまが一緒にやろうとしている慈善事業に場を提供するのだが、それがこの家の新しい歴史を作っていくことにつながれば、嫌悪的な意味合いでの「猫屋敷」という呼ばれ方もいずれはしなくなるだろう。  『宝島』といえば、久しぶりにオーナーであり友人の順慶からメールが返信されてきた。  電波がどうもねと言い訳をしていたが、南

        • 連載小説「思い出の後始末」#65それでも生きていく

          第65話 それでも生きていく  岬の病院のホスピス病棟に入院していたスエさんが亡くなった。  漁港の運営体制が変わるきっかけとなった組合会議のあと、建夫さんに同行して病室を訪れたのが、その姿を目にする最後になった。建夫さんは、会長を辞任に追いやり綾さんの無念を晴らしたということをスエさんの耳元で報告していたが、その時すでにスエさんは意識がないように見えた。  寝ている間にそのまま息を引き取ったようだ。  喪主はこの町に残る唯一の親族である建夫さん。誰にも知らせないでほしいと

        連載小説「思い出の後始末」もう一枚の手紙

          連載小説「思い出の後始末」#64忘れ得ぬこと

          第64話 忘れ得ぬこと  『宝島』の屋根裏部屋。僕は天窓の下に置かれた椅子に腰掛け、天窓から見える空を見上げていた。遠い昔、この部屋に閉じ込められていた庄司綾が恐らくそうしていたように。  天窓の少しゆがんだガラス越しに見える四角い空は、普段僕たちが見慣れている空のように圧倒的な広がりを持たない分、奥行きを想像するのが難しい。  綾さんが見上げてきた空と僕たちが見上げる空は、呼び名は同じでも決して同質のものではなかった。庄司綾の空は、この四角い画面にはめ込まれたスライドの

          連載小説「思い出の後始末」#64忘れ得ぬこと

          連載小説「思い出の後始末」#63二人が出会えば

          第63話 二人が出会えば  『宝島』の二階の部屋で僕はかなりの緊張を強いられていた。ビールでも飲んで乾いた喉を潤わせつつ、アルコールの力を借りて少しでもリラックスしたかったが、人を迎えるホスト役が酔って顔を赤く染めていたらまずいだろうと自制した。  待ち合わせの時間にはまだ大分あるのに、僕は二階の窓からずっと庭を見下ろしている。やはり、礼儀的には庭に下りて待つべきかなと思い始めたまさにその時、ひとりの女性が庭に姿を現した。  岬の病院の理事長であるシスターが庭からこちらを見

          連載小説「思い出の後始末」#63二人が出会えば

          連載小説「思い出の後始末」#62たてごとさま

          第62話 たてごとさま 「俺のやったことに、何か意味があったかな」  岬の病院のホスピス病棟。ベッドに横たわるスエさんを前にして、建夫さんはそうつぶやいた。  終末を迎える患者専用のこの個室は、部屋全体が淡いピンク色に配色されており、暖かい陽に包まれているような安らかな気持ちになれる。  スエさんのベッドのそばに置かれている医療器具は点滴用のスタンドがひとつだけ。軽症ですぐにでも退院できる患者の病室にいるような感覚になる。  スエさんは、目を閉じ、お面のようにのっぺりとした

          連載小説「思い出の後始末」#62たてごとさま

          連載小説「思い出の後始末」#61隠された真実

          第61話 隠された真実  中浜家の奥様に対する尊敬のあり方は、世代によって違いがあるようだ。中村水産で言えば、おかみさんのヒサさんは実際に中浜家に出入りして奥様の慈愛に直接触れた世代なので、奥様を慕う気持ちが強く残っている。しかし、息子の亮二くんの方は奥様のことは昔の話として聞かされているだけなので、その徳の高さに対する実感は薄いようだ。美彌子さまの名前を出されても、「ああ、あの人」といった程度の反応だった。  なので、会長との対決を穏便に済ませるよう亮二くんを説得する材料

          連載小説「思い出の後始末」#61隠された真実

          連載小説「思い出の後始末」#60中浜屋敷

          第60話 中浜屋敷  僕は常に不機嫌そうで取っつきにくい人が余り得意ではない。まあ、それは誰でもそうだろう。なのに、僕は何故かそういったキャラクターの人に縁がある。  今、僕の目の前にいる会長がまさにその人であり、不愛想なしかめっ面で言えば茶房『はな』の啓次郎さんといい勝負だ。  会長の自宅という敵陣の応接間で、そんな会長と相対している僕は、ハブに睨まれた子ネズミのように身を小さくしていた。マングースになって対抗しようと考える間もなく、マウントをとられてしまった感じだ。  冷

          連載小説「思い出の後始末」#60中浜屋敷

          連載小説「思い出の後始末」#59竹林に迷う

          第59話 竹林に迷う  漁港の運営に関して漁協の顔役の年寄りたちの手から主導権を取り戻そうとする若者たちの試みは、やはりそう簡単ではなさそうだ。というより、予想された通り、暗礁に乗り上げていると言った方がいかも知れない。僕も相談を受けた立場として、頭を悩ませている。  いくつかの港を束ねている漁協本体に関して言えば、役員たる理事は選挙で選ばれているので、組合員の意思が整えば役員構成を変えることは可能だ。  しかし、今問題にしているのは、この地区の漁港運営を実質取り仕切ってい

          連載小説「思い出の後始末」#59竹林に迷う

          連載小説「思い出の後始末」#58ぬくもり

          第58話 ぬくもり  いま、僕は混乱をしている。  何が、どうなっているのか?  とにかく、混乱してしまうほどに、これまで受け取った情報量が多すぎるのだ。  人から色々な話を聞く中で、自分の手に余るほどの宿題を抱え込んでしまい、その宿題の解答をひねり出すことを皆からせっつかれているような、漠然とだが、そんな焦りにも似た気持ちになっている。  その原因は分かっている。僕自身が、人と話をしているうちに、その人の問題を自分の問題として受け止めてしまうからだ。昔からの悪い癖。  ビ

          連載小説「思い出の後始末」#58ぬくもり

          連載小説「思い出の後始末」#57立ち上がる人

          第57話 立ち上がる人  漁港の様子を見に行こうと思い立ち、ウインドブレーカーを羽織って庭に出た時だった。  庭から門の方に目をやって、僕は思わず、あっと声を上げた。  しまった。こちらから出向く前に先を越された。  門のところに立っている男の人の姿を見て、僕はその場で深く頭を下げた。  着古したチェックのワークシャツに汚れたジーンズ姿の建夫さんが、困ったような顔をしてこちらを見ていた。  あずみを助けてもらったお礼をしなければと思っているうちに、ずるずると日が経って、結局

          連載小説「思い出の後始末」#57立ち上がる人

          連載小説「思い出の後始末」#56自由であるということ

          第56話 自由であるということ  ここにいると、どうも四季の移ろいの感覚が鈍ってきているのを感じる。  夏はもちろん暑いが、秋から冬にかけても厚手のコートが必要になる程気温が下がることはめったにない。長袖のカッターシャツでも羽織っていれば日中は何とか過ごせる。  つまり、そろそろコートやダウンジャケットをという衣替えのイベントがなくなると、季節の変わり目を意識することがなくなるということだ。まあ、日頃普段着と言われる服装で日々問題なく過ごせるので、スーツなどのよそ行きの服が

          連載小説「思い出の後始末」#56自由であるということ

          連載小説「思い出の後始末」#55囚われ人

          第55話 囚われ人  あずみが歩んできた人生――。  僕とあずみとの付き合いは長い。以前、都会生活をしていた頃は、僕の友人の順慶も入れて、三人でよく飲んだ。『チュシャーキャット』というショットバーが僕たちの根城だった。  頭の固い(とよく言われていた)ビジネスマンと古道具屋の主人、そして絵本作家。どうやったら接点が見いだせるのか、不思議になるぐらい人間性の異なる三人だった。  僕は冷えたビールを、順慶はバーボンをオンザロックで、酒の弱いあずみはカルーアミルクを舐めるように、

          連載小説「思い出の後始末」#55囚われ人

          連載小説「思い出の後始末」#54迫る危機

          第54話 迫る危機  不審な男の狙いは自分ではなく、あずみだった!  とんだ思い違いに、僕は慌て切っていた。あずみのことで頭がいっぱいになり、目の前にいるヒサさんたちに声掛けもせず、無言で部屋を飛び出した。  あずみが『宝島』に帰っていないことを祈りつつ、あるいはジャケットの男があずみの帰りを待ち構えていないことを願いつつ、とにかく、あずみより少しでも早く帰りつけるよう、一気に市場の中を駆け抜けていった。  僕を見送るヒサさんや亮二くんの唖然とした顔が脳裏に残り、申し訳ない

          連載小説「思い出の後始末」#54迫る危機

          連載小説「思い出の後始末」#53不穏な影

          第53話 不穏な影  庄司綾の人物像を描くうえで、僕はひとつ大きな間違いを犯していた。  長い間屋根裏部屋に閉じ込められていた綾さんは、一生部屋から出られないという絶望感から、その屋根裏部屋で自ら命を絶った。――閉じ込められていた人が亡くなるのは部屋内という思い込みから、僕はそういうストーリーを描いていた。  閉じ込められていた部屋で亡くなったのであれば、その原因は病死か自殺しか考えられない。その死因については庄司家の奥さんも言い淀んでいるようなところがあったので、死因は自

          連載小説「思い出の後始末」#53不穏な影