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うつ病に苦しんでいた過去の実体験を語ったノンフィクション小説~悲しい愛 前編~

 どのようなクスリを服用していたか、忘れるくらい前の事になりますが、私は心の病気を患っていました。

 そう、うつ病という病です。

 暗くて、複雑で、陰鬱とした迷路の中を、何年もさ迷っていたのです。

 それだけでなく、不誠実な人間に搾取され、二重にも、三重にもなる苦しみに捕らわれていました。

 この物語は、わたし自身の実体験を元に書いた、ノンフィクション小説です。
 
 記憶が抜け落ちている部分もあるので、前後のつじつまを合わせるために脚色した部分も多少ありますが、すべて実話です。

 なお、人物の特定を防ぐため、登場人物と施設の名前は変えてあります。

 わたしの物語によって、うつ病への理解が広がり、今現在うつ病で悩んでいる方の助けになれば、幸いと思い筆をとります。

 物語に行く前に、この言葉をささげたいとおもいます。

アルフレッド・アドラー
あなたが悩んでいる問題は、本当に「あなたの問題」だろうか。
その問題を放置した場合に困るのは誰か、冷静に考えて見ることだ。

スマホと亀のようなボク

 ボクの仕事はとある飲食店の厨房のキッチンスタッフです。
 そこへ音信不通になった『友達』が突如、職場に電話をかけてきました。

 その『友達』はディナータイムに電話をかけてきたので、注文が立て込んでいる、最も忙しい時間でした。
 しかし、無視する事も出来ません。なんせ連絡が途絶えて、心配していた相手だったからです。


 電話に出たホールスタッフから子機を受け取り、仕事の合間を見て事情を聞くと『友達』は「スマホをなくしちゃって連絡できなった! この電話は友人の物を借りかけてるんだよ!」と、言いました。
 
 ボクは『友達』の事をシゲちゃんと呼んでいました。三度の飯より、お酒と女遊びが大好きな細身で、浅黒い肌をした20代半ばの男です。


 ボクは連絡が途絶えていたシゲちゃんから電話がきて、安心しつつも「いやぁ、スマホなくして大変だったよぉ」と、まるで世間話でもするかのような口調で話すシゲちゃんに対して、小さな怒りを覚えました。
 
 なぜなら、その「なくした!」というスマホは、ボクの名義で携帯会社と契約し、月々の料金は僕の口座から引き落とされているものだったからです。

 ようするにシゲちゃんに貸している、ボクのスマホだったからです。
 
「いいよ、いいよ気にしないで」

 しかし気の弱い僕はシゲちゃんに文句を言うことは出来ません。

「とりあえず、一回会って話をしよう! 次の休みはいつ?」
「水曜日、20時からでもいい?」
「夜? 俺新しいスマホ見たいし、もっと早く会えないの!?」
 
 営業中、しかもけっこう忙しい時間です。なのに店の電話を使って、プライベートな約束を取り決めていますから、同僚の目が気になってきまし

「ねえ、もう少し早く会えないかな? それから飲みに行くのはどうだい?」
「ごめんシゲちゃん。その日、病院に行かなければいけないんだ!」

 ボクがそう言うと、受話器の向こう側の声が、一旦途切れました。

「わかったよ。水曜20時時から、待ち合わせは、いつもの場所ね!」
 電話が終わり僕は静かに受話器を戻しました。病院に行くというのは嘘ではありません。
 2年程前から月に2~3回のペースで、心療内科に通っていたのです。

 言葉通りはボクは休みの日に病院へ行きました。心療内科で医師と数分間話をして、処方されたクスリを薬局で貰い帰宅します。

 朝と夜に飲む三種類の抗うつ剤と、寝る前に飲む睡眠薬です。 

 これらのクスリにかれこれ2年はお世話になっているのですが、病気の完治に向かっている実感はありません。
 さらに悪い事に、この“実感のなさ”が、焦りの材料となるのです。

 気力はなんてありません。

 心にあるのは虚無感と、ドス黒い不安だけです。

 負のエネルギーが心と体に溜まっていき、まるで綱渡りをしているような精神状態でした。
 ただ病院へ行って、クスリを貰って帰ってくるほんの数時間の外出だけで、僕の精神力は大きく消耗してしまいます。
 
 自宅があるアパートに着いた頃にはお昼前でした。
 いつもは店員が複数人で食べるものと勘違して、箸を2膳か3膳くらい袋に入れるほど、コンビニの惣菜と弁当をバカのように大量に買い込んできて、胃に押し込みます。
 
 しかし今日は珍しく虚無感が勝り、クスリだけ貰って部屋に戻りました。そしてベッドに横になります。
 
 ボクしかいないワンルームのアパートなのに、ガサゴソと物音が聞こえました。
 ベッドの上で顔だけを動かして、音の正体を追いました。

 するとテーブルの上にゴキブリが1匹、蠢いております。

 おそらく何日か前に食べて、そのままにしておいたカップ麺の容器の中に、乾いてこべり着いたスープや麺の残りカスに誘われて出てきたのでしょう。
 それ以外にもテーブルの上やその回りの床には、散乱したコンビニ弁当の容器や空のビールの缶などがありました。
 
 不潔で不快だとはおもいます。

 けれど今の自分にそれらを片付ける気力はありません。

“掃除しなきゃいけない!”と思うほど、目眩と耳なりがしてきました。

 不安な感情には抗えず、ボクはじっと目を閉じました。
 
 休みの日はとても好きです。
 今みたいにネガティブな感情がわき上がってきても、目を閉じて布団の中でじっとしていればやりすごせるからです。
 
 太陽が少し西の方に移動するまで、ベッドの上で横になっていたら、だいぶ調子がよくなってきました。
 
 まるで亀が動くように、ボクはノソノソとベッドから抜け出し、適当に服を着て家を出て、シゲちゃんとの待ち合わせ場所に向かいました。

 お酒を飲むので、車ではなく電車を使いました。

 本当の事を言うと、今飲んでいる薬はアルコールとの相性は悪く、禁酒すべきなのでしょう……しかし独り暮らしで家族も、恋人のいないボクにとって、気をまぎらわせる物はアルコールしかありません。

“気をまぎらわせる物はアルコールしかない”なんて言うと、いいわけのように聞こえるでしょう。
 けれど、この病気は食欲にも異常がでます。
 多くの人は食欲が減退するようですが、僕の場合逆で異常な過食衝動として異常が現れました。
 
 その勢いは食欲が増すというより、お腹が空いていようが、満たされていようが関係なく、“なんでもいいから食べて、お酒を胃に流し込みたい!”という衝動が、心の中で猛牛の如く暴れるのです。
 
 腹に食べ物とアルコールを詰め込めるだけ詰め込んで、酔いが回れば平成を取り戻せる、なんて事はありません。

 今度は食べ過ぎによって太ってしまうという、恐怖感が湧き出てきて、トイレでさきほど貪った食べ物を全て吐き出すのです。

 ある時なんか、近所の居酒屋で生ビールを飲んでいたら、例の猛牛が心の中で暴れだし、そんなに高くもない居酒屋で5、6千円くらい飲み食いしました。
 それだけじゃ飽きたらず、その足で近くのラーメン屋に行き生ビール数杯と唐揚げとラーメンを食べました。
 もう満腹なのに、猛牛は大人しくなりません。
 
 今度は牛丼屋へ行き牛丼を食べ、次にコンビニのトイレで、指を口に突っ込んで嘔吐して、そのコンビニで缶ビール数本と弁当を買って、家に戻ってからまたそれらを胃に放り込み、またトイレに駆け込み嘔吐して、ようやく猛牛が大人しくなりました。
 
 そして抗うつ剤と睡眠薬を飲んだところで、ようやく平静を取り戻せました。
 しかし、落ち着けるのも僅かな時間しかありません。
 次は猛牛が暴れる代わりに、食べ物を粗末にあつかった罪悪感がどっと押し寄せて、暗い部屋でメソメソと泣くのです。

 悲しさと罪悪感を抱き、汚い部屋で一人、今にも落ちてきそうな天井をじっと見ていると、まるで暗黒の最深部に閉じ込められたような、気持ちになってきます。

 すごく孤独でした。
 
”こんな人間は死んだほうがいいんじゃないか”と思うと、自分が情けなくなってきて、また更に心が沈んで涙が流れてきます。

 悲しみの上に悲しみを塗たくるような、毎日の繰り返し。
 
 調子の良い日が月に数回あって、行動力や意欲を取り戻す時もあります。 
 しかし健全な気持ちに中身がなく、どこか漠然としています。
 
 まるで的がないのに矢を射っているようです。
 すぐに疲れてしまい、虚しさと悲しさがまたやってきて、僕をどうしようもない過食嘔吐人間にするのです。
 こんなボクに、うつ病という姿が見えない敵と戦う、熱意と情熱を与えてくれたのがシゲちゃんでした。


《補足》
 うつ病のクスリを服用していたら、お酒は絶対に飲んではいけません。
 回復を遅延させるだけです。今考えるとわたしは、クスリを飲みながら飲酒をしていたので、完治を遅らせていたのでしょう。
 わたしの場合は元々お酒が好きだったので、飲めば気分がよくなり、しかも速効性がありうつ病による不安は緩和されます(個人差はあります)。
 しかしそれは一時的で、酔いが覚めれば元に戻り、むしろ薬の効果を弱らせる分、病気を泥沼の方へ引きずり込んでいきます。
 お酒はちゃんと病気を治してから楽しく飲んだ方がいいです。
 しかしどうしてもお酒が辞めれないのは、うつ病の他にアルコール依存症の可能性もあるので心療内科の先生に、ちゃんと相談しましょう。

いい人、という称号

 うつ病で弱っているのでボクが、人が沢山いる雑踏を抜けるだけでも一苦労でした。
 大きな駅の構内という、大勢の人が行き交う場所を通り抜けるだけでも、今のボクには大きなストレスとなり、精神に負担を掛けるのです。
 
 シゲちゃんとの待ち合わせ場所の“いつもの場所”というのは、某大型家電量販店で、駅の側にあります。

 そこへ向かうだけなのに、必要以上に神経を使ってしまいました。
 なんだか吐き気がしてきたので、堪らずトイレに駆け込んでから、待ち合わせ場所に行きました。

 待ち合わせの場所に、シゲちゃんの姿はありませんでした。シゲちゃんがやってきたのは、約束の時間が2分ほど過ぎてからです。
 
 目立つ赤いシャツを着ているのに、真夏に長袖のシャツを身に付けているから、余計に浮いて見えます。
 隣を歩いているサラリーマンなんて半袖のカッターシャツなのに、暑そうに額に吹き出る汗をハンカチで拭っています。
 日が暮れてもそれくらい暑いのに、シゲちゃんの浅黒い肌の上には汗一粒さえもありません。

 そして何故か狼狽した顔でトボトボとこっちに歩いてくるのが見えました。
 
 シゲちゃんは僕がいることに気づくと、足を動かす速度を上げて歩みより、僕の背中に手を回して抱きついてきたのです。

「どうしたの? シゲちゃん」
「マサト君、会いたかった。今まで辛くて死ぬかと思った」
「話を聞くから居酒屋に行こう」
「うん」
 近くの居酒屋に入り、生ビールと刺身の盛り合わせ、ポテトサラダ、揚げ物を適当に注文しました。

 まず乾杯してから生ビールを飲み「いったい何があったの?」とボクは事情を尋ねました。

「バイトをクビになったんだよ!」
「え!? マジで!」
「いや、まあ……なんと言うか、クビになりそうだったから、こっちから辞めてやった」
 シゲちゃんはどこか頼りない表情のまま、口調だけは強めに言いました。

「だって、俺をシフトに週二回くらいしか入れてくれないんだよ! 前はたくさん入れてくれたのに、俺が店にどれだけ貢献してやってるのか、経営者はわかっていないね」

 僕はシゲちゃんの話をビールを飲みながら、黙って聞いていました。

「あ、でも、すぐに新しいバイト見つけられるから、大丈夫だよ」
「ところで、シゲちゃん。スマホはどしたの?」 
「ああ、スマホね。この前、キャバクラで飲んでてさ。帰りのタクシーで落としちゃったみたいなんだよね。スマホは使えないようにしておいたから、悪用される事はないから安心して! いやね、俺の友達が200万円手に入れてさ! その金で毎晩、飲んでいたんだよ。むこうがキャバクラ行こうって誘ってくるからさ、俺もキャバクラは嫌いじゃないし、友達の誘いは断れないから、色々な店に行ったね! だいたい150万くらい使ったかな!」
 ビールを飲んで気分が良くなったのか、シゲちゃんはペラペラと話します。

 その時、見えてしまいました。
 
 シゲちゃんも酔って油断したのか、長袖の下に隠していた自傷(リストカット)の痕を覗かせていたのです。

 それに気づかずシゲちゃんは、生ビールを飲みながらゲラゲラと笑っています。
 けれど数本の腕に残れた傷痕が、饒舌と酔いで隠した、悲しみと苦しみを訴えていました。

 ボクたち2人は、傷口を舐め合っている惨めな犬同士なのでしょうか?  
“類は友を呼ぶ”という言葉があるように、お互い闇の深い者同士が引き寄せあったのでしょう。

「そのお金はどこから出たの? 宝くじでも当てたの?」
「いや、違うんだよ……ちょっと危ないお金みたいなんだよ。大きな声で言えないけどね」

 色々言いたいことはありました。

 そもそも連日キャバクラで遊んだ挙げ句、ボクの名義で契約したスマホををなくしているのに、同情を誘うような狼狽した態度を見せるだけで、謝罪の言葉を聞いていません。

 それに怪しいお金なら、使わないようにさとすのが、本当の友達だと思います。
 
 しかし”いい人”の称号が惜しいボクは、ぬるくなってきて美味しくない生ビールを一口飲んでから「そうだったの……」なんて、どうでもいい事しかいえません。

 正論を言えない自分が、だんだん嫌になってきてきました。
 ビールを飲んでいるのに、なぜか酔うことが出来ません。

「この後、そいつが働いている居酒屋に行こう。すぐそこだから」
 シゲちゃんの提案にうなずき、またしばらく飲んでいました。

 すると、突然……
「やっぱりキャバクラに行こう!」
 シゲちゃんは自分から言い出した提案を急に変えたのです。

「えっ? 友達のところは?」
「いやさ、あいつ音信不通なんだよね」
 2転、3転するシゲちゃんの話に、訳がわからなくなりました。
 それに犯罪の臭いを感じずにはいられません。

「もしかしたら、行きつけの店に、手がかりがあるかもしれないからさ!」
 なんてシゲちゃんは言いますが、キャバクラで遊びたいだけという魂胆は見えております。
 しかも一週間連続でキャバクラに行って150万円も使っても、まだ遊び足りないのでしょうか?

 それにボクはキャバクラがあまり好きではありません。
 なぜならキャバクラというお店が性に合わないし、嫌な思い出があるからです。 
 
 シゲちゃんは現在無職なので、財布の中で冷たい風が吹いているのは、中身を見なくてもわかります。
 故に今日の飲み代は僕が支払う訳で、ボクが首を縦に振らないとシゲちゃんはキャバクラに行けません。
 なのでますますシゲちゃんの舌の回りが早くなってきて、なんだか必死になってきました。

「マサト君は女の子と話すのが苦手みたいだからさ、いい経験になると思うんだよ! 確かに慣れない事だから、最初は怖いかもしれない、辛いかもしれない。それは俺もよくわかる! けどね人間、痛いところを通らないと成長できないんだよ! なあ、いいだろう。もし気に入った子がいたら、デートの話を取り付けてあげよう。絶対楽しいって!」

 絶対楽しめないのは僕の性質上よくわかっておりますので、首を横に振りました。

「じゃあ、ガールズバーに行こう! そいつ(200万円の友達)とよく行ったんだよ! もしかしたら手掛かりがあるかもしれない。俺はあいつの事が心配なんだ! 友達だからね! それにキャバクラよりも安いし、お酒を飲ませる必要もない! 女の子の質は若干、落ちるけど地味で大人しい子が多いよ。大学生のアルバイトが多いね! お高く止まっていないというか、何回か通えばデートにも誘えるんじゃないかな!? なあ、行きたくなっただろう! 女の子を誘う練習だと思えば、かなり安いと思うよ。大丈夫、俺がリードするから!」

 別にあまり期待はしていませんでした。

 それにやたらと女の子と口説く練習のような事を強調してきますが、うつ病を患っているから大人しくしているだけで、気になる女の子に声をかけます。

「なあ、ガールズバーくらい良いだろう!」
 よっぽど女の子がいる店で飲みたいようです。

 ちなみにシゲちゃんには彼女がいます。
 その子を呼んで、お酌してもらえば良いじゃないか、と思いました。

 しかしボクは”いい人”なので、反論は口から出しません。

 結局、ガールズバーに行くことは承諾して、店を出てタクシーに乗りました。
 そしてガールズバーに向っている途中、タクシーの中で「やっぱり風俗に行かないか?」とシゲちゃんは言ってきましたが、拒否しました。



 シゲちゃんと出会ったのは3年半前の冬のこと、その時はまだ、うつ病の症状はでていませんでした。

 その日は仕事が早く終わりました。
 独身で一人で暮らしているので、飲みに行って朝に帰宅しても咎める人のいないので“一晩中飲み明かしてやろう!”と、中身のない決意をして、街へ遊びに行きました。
 
 たくさん軒を連ねる飲み屋の中から、雑居ビルの三階にあるバーに吸い寄せられるように入っていきました。
 そこのバーテンダーをしていたのがシゲちゃんだったのです。
 
 彼と懇意になるのに時間はあまり必要ありませんでした。
 最初はバーカウンターに座っていた客さんと、お酒を飲みながらしゃべっていました。
 ボク達の楽しそうな雰囲気に誘われて、会話に加わったのがシゲちゃんでした。
 
 三人でビールを飲みながら、閉店時間までバカ騒ぎをしました。

 もう一人のお客さんとは縁がなかったのか、それ以来顔を合わせる事はありませんでした。
 けれどボクは、饒舌で話の上手いシゲちゃんに会うために、そのバーに通うようになりました。
 
 シゲちゃんに着いているお客さんは僕だけじゃなく、他にも何人もいまいた。
 シゲちゃんに会いに来るお客さんが大勢いたので、お店に貢献していたのは本当です。

 お調子者で口達者、お客さんを楽しませ、気持ちよくお金を使わせるのが得意な、彼にとってバーカウンターに立つのはある意味、天性の才能だとおもいます。

 カリスマ性と言うかシゲちゃんには、人を引き付ける魅力を持っているのでしょう。
 ボクもその魅力に引き寄せられた一人なのです。
 そして、しばらくするとプライベートでも、二人で会って飲むようになりました。

 しかし仲良くなると、シゲちゃんのキラキラした人間性に綻びが見はじめたのです。

 それは連絡が異様に遅いという点です。

 基本的にLINEでやり取りしていましたが、返信が異様に遅く、時は返信が2、3日遅れるというのは決して珍しくなかったのです。
 
 既読無視とか、連絡が遅いとか、あまり気にしないのですが、シゲちゃんの場合はあまりにも返信が遅いので、少し気になったので質問しました。
 
 シゲちゃんが言うには、Wi-Fiが繋がっている所じゃないとネットに接続出来ないとの事でした。
 シゲちゃんは電話会社と契約が切れた、スマートフォンを使っていたのです。
 なんでも保険証、免許証等の身分証明書を持ってなくて、新規契約が出来ないとシゲちゃんは説明しました。

「スマホどころか、病院にも行けないよ!」
 なんてシゲちゃん笑って言います。 

”シゲちゃんにもこんな短所があるんだ”

 そう思っているとシゲちゃんは「マサト君の名義で、スマホを作ってくれない?」と言ってきました。
 頼まれ事を断れない性分の僕は、ほぼ条件反射で承諾してしまいます。
「マジで!? やった、マサト君はいい人だ!」

”いい人”なんて甘美な響きなんでしょう。
 
 僕が最も欲していた”いい人”という称号を、シゲちゃんは与えてくれたのです。
 
 それに気を良くした僕は、次の週、携帯ショップにシゲちゃんのスマホを選びにいきました。
 スマホを決めて、書類に自分の名前と住所を書いて、支払い先のシゲちゃんの口座番号を尋ねますと「ああ、俺、銀行口座を持ってないんだよ」と言ったのです。
 
 流石におかしいと思いました。
 
 よくよく考えればバーテンダーを名乗っていますが、20代半ばにして学生でもなくただのフリーターです。

 印鑑を押すのを躊躇いました。

 なんだかこの契約は、“悪魔の契約”のような気がしてきて、結んでいいのか印鑑を押すのに戸惑いました。
 しかし折角”いい人”の称号を手に入れたので、僕は自分の口座番号を書いて印鑑を押し、二台になったスマホを手にいれると、すぐにシゲちゃんに渡しました。

「ありがとうマサト君、よし今度、お礼に旅行に連れていってあげるよ。なんなら女の子も2、3人連れてくるから。お金は大丈夫、全部俺が払うって、本気だせば月に40万は稼げるからさ!」

 結局シゲちゃんは本気を一度も出した事はありませんでした。
 
 それからしばらく後です。

 体調と精神がおかしくなり、心療内科でうつ病と診断されたのです。

コラム うつ病って治らないの?

 うつ病の治療は治る病気です。心療内科の先生曰く「適切治療を受ければ一年ほどで治る」そうです。

 しかし2、3年と続くと事もあり、遅延すればするほど治りににくくなります。 

 うつ病が治らない人は3つの共通点があるそうです。

1、お酒を飲んでいる人。
 飲酒は脳の神経バランスを崩すので、うつ病の人には良くありません。また、毎日飲んでいる人は、うつ病ではなくアルコール依存症が疑われます。
 恥ずかしながらこれには、わたしが当てはまります。

2、昼まで寝ている人
 脳科学的にいえばうつ病はセロトニンという脳内物質が欠乏する病気です。
 体がセロトニンを作るには、朝日を浴びるのが必要です。
 また午後からは作られる量が減るので、12時以降でなく朝の10時前には起きて、朝日を浴びるのが効果的です。

3、運動不足の人
 運動療法は薬物療法と同等の効果があり、運動と薬の治療を同時に行うとより効果的です。
 一日散歩程度の運動でいいので、辛いのはわかりますが一念発起して運動するといいでしょう。

 以上、簡単にまとめただけなので、うつ病に関してもっと知りたいかたは、ぜひこちらの書籍を参考にしてください。

 マンガなのでとてもわかりやすく、うつ病について学ぶ事ができます。

後編はこちら


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