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コンビニよりも多い神社の謎⑦ 神道の本当の形


民衆の怒り大爆発!?


 明治政府が出した神仏分離令は、仏教を排斥するものではありませんが、神道を優先したので寺院の立場は弱くなっていきます。
 前回お話した通り、江戸時代では寺院は幕府によって権力が与えられていました。その反面日本仏教界は腐敗していて、人々は寺院に対して不満を持っていました。

 そんな中、明治維新によって仏教を優遇していた幕府が倒れ、神仏分離令によって寺院の立場が弱くなると、民衆や長年仏教に虐げられていた神職の人々が、寺を攻撃する廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)というかなり過激な行動にでたのです。 
 寺院、仏像、経典は人々によって燃やされ、仏具を質屋に売られたり、海外に流出してしまいました。そして国宝級の仏像や仏教建築の多くが、消失してしまうという事態になったのです。

 廃仏毀釈の程度は地域差がありますが、その中でも、最も激しかったのが、最高峰の神社とせる伊勢神宮がある三重県だと言われています。
 県内にある寺院の大半が攻撃され、特に伊勢神宮のお膝元である伊勢市の寺院は300ヶ所あったのが、一気に15ヶ所まで減ったそうです。

 また鹿児島県では寺院が完全に消え、奈良県にある興福寺では奈良時代から受け継がれた歴史ある仏像の多くが盗難に遭い、その殆どが消失してしまいました。

 これは、もうテロレベルですね……

 神仏別離令は、仏や外国の神様を追い出すような政策ではなかったのですが、一般人や神職の人々が抱いていた、当時の日本仏教界への不満はとても大きく、廃仏毀釈という過激な行動にでたのです。
 この事態は明治政府にとっても思いがけない結果であり、廃仏毀釈の鎮静化に乗り出す事になりました。

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 廃仏毀釈によって打ち壊された石仏。当時の人々が寺院に対して持っていた不満や怒りと、廃仏毀釈の激しさを現代まで残している。

神仏分離令の結果

 神仏分離令によって融合した神道と仏教の解体には成功し、二つの宗教は明確に区別されるようになりました。
 しかし、明治政府が目指した『国家神道を広め、国民の思想をまとめる』という目的は、廃仏毀釈があまりにも激しく達成出来ませんでした。

 また、余談ですが神仏分離令と共に大教宣布詔(たいきょうせんぷのみことのり)という、在位している天皇を神様として祭る政策もありました。
 これには天皇を神様とする事で神道を強化して、キリスト教を排除しようとしました。しかし廃仏毀釈の混乱に乗じた欧米から、キリスト教の解禁を迫られて失敗してしまいます。

 明治時代に起きた神仏分離により神社が増え、国内にあった寺院の約半分が廃仏毀釈で消えたと言われています。

 こうして、神道と仏教の関係は現代のものへと近付いていきます。
 
 神仏分離、廃仏毀釈がなければ日本で一番多い建物は寺院だったのかもしれません。
 コンビニよりも数の多い神社は、人々の願いや信仰心だけでなく、策略や企み、そして時代の移り変わりによって数を増やしたのです。


神道の本当の形

 日本人はイエス・キリストの聖誕祭であるクリスマスをドンチャン騒ぎで祝い、カップル達はホテルで「きゃっ、きゃっ、うふふ☆」します(キリスト教)。
 そして大晦日には除夜の鐘を聞いて煩悩を払います(仏教)。
 年が開けると初日の出を見て、神社へ初詣へと出掛けます(神道)。

 12月25日から元旦の一週間の間には、それぞれ違う宗教行事の3連発で行うので、外国の方から見たら日本人は、よくわからない不思議な宗教観を持っているように見えます。

『良く言えばおおらか』
『悪くいえばいいかげん』
 日本人はそんな、独特の宗教観を持っています。

 しかし日本における宗教の歴史というのは、決して単純なものではなく、人々の願い、信仰心だけでなく、権力者や武士の野心を取り込み、様々な宗教と複雑に絡み合いながら発展していきます。
 そして神仏分離令の影響で、神社が爆発的に増えて現代になるのですが、令和になった今でもコンビニが神社の数を上回る事は出来ません。

 現代になってやっと天照大御神、お釈迦様、イエス・キリストが仲良くしている国になりましたが、過去にはキリスト教を排斥していた時代があり、戦国時代から明治時代までキリスト教は禁止されていました。

 さてここまで読んでくれた方は、日本の宗教の歴史というのは、決して単純なものではなく、実に奇妙で複雑なものだというのが、わかってもらえたかと思います。

 神道は大和朝廷が他の一族が信仰する神々を認めた事で、多神教の道に入りました。また外国の神様や仏教という、他の宗教と一緒になって大きくなった側面もあります。
 
 こうして見ると、神道はとても懐が広い宗教だという事がわかります。

 天照大御神も、お釈迦様も、イエス・キリストも、全てか弱き人々を導く神様であり、そんな尊い存在を分け隔てなく、まとめて『神様』として、祭るのが日本古来の宗教である、神道の姿ではないのでしょうか。

 これにて『コンビニよりも多い神社の謎』は終了させていただきます。ここまで読んでくれてありがとうございます m(_ _)m

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