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2023年5月の記事一覧
小説| 水際の日常。#18 - 夜踊る小さな生き物たちの傍らで。
■苦手な歳下の上司
歌の聴こえる方角から、歩道に向かって光が斜めに伸びている。葉っぱのすっかり落ちた桜並木が、縞模様の影絵になってあたしの表面をなぞっていく。
急なシフト変更で、こんな時間から遅番に入るのは初めてだ。そして、珍しく二日酔いで頭が痛い。時間までまだ少しあるから、冷たい風に当たると気分が良くなるかもと、道を外れて海の見える土手に登ろうと思ったが、元気いっぱいな歌声がめいっぱいのボ
小説| 水際の日常。#17 - 移住先に元夫が遊びに来た。
■思いがけない来客
久しぶりに昼も夜も仕事の予定が入っていない、完全オフの日曜日。愛車にショートボードを積んで、智之があたしのアパートにアポなしでやって来た。
相変わらずの、こちらの都合無視の、智之らしい気まぐれな訪問に一瞬頭の中が沸騰しそうになったが、同時にうれしさも隠し切れなかった。本人に悪気はないのだろうし、離婚が成立してある程度時間が経ち、気持ちの整理もついている今となっては、陸の反
小説| 水際の日常。#16 - 添え物稼業のあたしたち。
■年と年度の変わり目はいちばんの稼ぎ時
日がすっかり短くなり、年末が近づいてきて、忘年会のお座敷の仕事がいっきに増えてきた。アフターがなくても、一日に二本のお座敷をはしごする日は帰りが深夜をまわる。日中、へとへとになるまで子供たちの相手をしているあたしにとっては、週に数本程度のお座敷をこなすだけでも体力的にかなり堪える。
仕事を選り好みできる立場ではないのだが、その日派遣されるお座敷が、地
小説| 水際の日常。#15 - 人の子に乳をやる難しいお仕事です。
■少子化といっても、いるところにはいるものだ
無認可保育所「ひかり園」は朝の七時に門が開く。今日は早番のあたしが二重鍵のついた重い鉄門を開けた。
九時を過ぎると、つくし組さんおよそ二十名が勢ぞろいする。乳児三名に対し一名以上の保育士がつくため、つくし組の狭いフロアーは子供と大人でごったがえす。全員が正規の保育士ではなく、パートで手伝いに来ているママ保育士たちや、保育ボランティア、時には学校
小説| 水際の日常。#13 - しれっと飛ぶ気満々な女。
■バレてないと思ってるのかな
「そういえば、モッチィも見てたよね?ユウの怪しい動き」
「見た見た、やってたね」あたしは笑った。
お座敷で、ユウが一人のお兄さんにべったりくっついて親しげにラインのアカウント交換をしていた。ユウははじめから裏引き目当てで「みね岸」に入ってきたのだ。狙いをつけたお兄さんと個人的に繋がり、外で会って直に仕事をすれば、置屋に入るマージンなしの全額を自分のものにできる。ユ
小説| 水際の日常。#12 - 夜の大人の保育園、ぼったくりと言われても。
■昼職のスキルを使いまわす
「K区消防団慰労会」は、危惧していたような乱痴気騒ぎには至らず、和やかな宴の体裁を保ちながら自然な流れでカラオケ大会が始まった。
園児相手に歌い踊り、日々の大小の催事の進行を仕切る昼職のスキルがここで生かされるとは思ってもみなかった。最近は、カラオケといえばモッチィ、が定番になっている。カラオケが始まるとお酌の業務からは外れることができるが、その代わり、誰かが歌
小説| 水際の日常。#11 - 膝でタコを飼う女。
■トンネル抜けて
前方の軽トラのノロノロ運転にひめ乃はかなりイラついている。
「ここ、追い越し禁止区間が長いからしばらく追い越せないわ…ゴメンね」あたしが謝る。
東北地方のリアス式海岸にも似た不連続な断崖が続く海岸線のトンネルに、時速四十キロほどのスピードで吸い込まれては、息継ぎをするように海の見える通りに出て、また不可解に長いトンネルの中にすうっと潜っていく。あたしを乗せた車は、あたしの