黒雫

『染み』

白くて大きな壁に
小さな黒いシミがひとつ。

シミは恥ずかしかった。
みんなと違って自分だけが黒い。
どんなに頑張っても、けして白くはなれない。

白い壁は「おまえさえいなければ」という。
「めざわりだ」ともいう。

シミは、自分をごしごしとこすったり、
つばをつけてみたり、真っ黒な色を
必死になってごまかそうとした。
しかし、どうしてもみんなと同じ白にはなれない。

自分ひとりだけが取り残されたようで、
いてもたってもいられない気持ちになる。

――と、壁の前に老人が一人やってきた。
シミは慌てて隠れようとした。
しかし、どこにも逃げ場がなかった。

老人は目を細めて言った。
「ほう、黒い壁に実に大きな白いシミがあるのう」

黒いシミははっとした。
白い壁は怒りのあまり口がきけなかった。

「みんなと違うことを恐れちゃいけないよ」
老人は笑顔でそう言うと、
壁沿いの道を鼻歌を歌いながら去っていった。

黒いシミは、
老人の背中が見えなくなるまで見送った。

シミがじんわりとにじんだ。


※当時、誰も朗読者が居なかったので自ら立体化せねばならなかったのです↓(笑)

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水もしたたる真っ白い豆腐がひどく焦った様子で煙草屋の角を曲がっていくのが見えた。醤油か猫にでも追いかけられているのだろう。今日はいい日になりそうだ。 ありがとうございます。貴方のサポートでなけなしの脳が新たな世界を紡いでくれることでしょう。恩に着ます。より刺激的な日々を貴方に。