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蛙さんらの劇から見えてきたこと 2023

もう一度、私の伝えていきたいことを軽く?まとめたいのでまとめる。

2017年の夏には、私への『暴力』はすでに始まっている。
2023年、声をあげ始めて3年目。
私の声は無視され続け、典型的な間抜けな大人のいじめ+SOGIハラスメントが表立っていく。
傍観者は加害者となり、犯罪を繰り返す。私は。そこにはいない。
後に引けなくなった傍観者は。。。蛙さんに。。。
声をあげ始めて、丸々3年。
12月、彼女らが起こした『身勝手な劇』が終わりを迎える。



パズルのピースが見当たらない日々

2020から2021年
2020年から、youtube、オンライン上でも声をあげ続け、自分自身の居場所がないと感じることが多くなった。
もう、声をあげても聞いてくれる人なんていない。って沈んだ時もあった。

何故、こんな犯罪を犯したのかと思うほど嫌われてしまったのか?
何故、こんな異国の地でいじめを受けることになったのか?
私は、一体何をしたのか???
ー略ー
考えても考えても、答えがでず。。。

私がいじめを受け続けた理由

なぜ?誰が?どうして?という疑問が消えず、考えても考えても答えが出ない。どうなってるの?グルグルグルグル。。。
一人で考えてるだけでは、進まない。何も分からない。変わらない。
2021年、note記録へ表現範囲をさらに広げていった。

☆『私』を受け入れる#希望

もうそれで良いから、もう聴かなくて良いから、もう何でもいいから。
どうでも良いから、ほっとけ!!この暴力。終ってくれ!!!!!

まだ小さな息子を見ながら、そう願っていたあの時の私。

私の会話にならない、続かない言語レベルでも、仲良くコミュニケーションをとってくれるフランス友人がいたんです。

私の街となった日

私は私の道を歩けば良い。
私には、蛙さんらの存在は絶対的ではなかった。

それでも。。。何なんだ?どんな状況なんだ?何がどうなってるんだ?
疑問から溢れる不安と暴力からくる恐怖が押し寄せてくる。
明確な状況を言葉で説明できない。私に、表現できるだろうか?

今、私にあるもの、見えるものはなんだ?

どーして、どーやってこうなったのか、思いつく限りのことを、書いておかないと、表現しておかないと、残しておかないといけないような気がするのです。
これは、未来の自分のため。

-注意書き-

私の感じている不安、恐怖、違和感しかないこの感覚とこの気持ち。
そんな私を、まず、受け入れ、何でも良いから表現していった。
地域の限定もそう。
私にある唯一の情報は、この街の日本人から起きているということだけだった。

不明なパズルが少しづつ揃っていく

2022年
オンライン上で、「街から引っ越さないの?」って、尋ねられた。
ん?その質問は何?
私に、引っ越しという選択肢が、必要だ。ということなのだろうか?
いや。必要ないと思うけど。それは、どういう質問なんだ?
私に、非があるっということになっているのだろうか?
なぜ?誰が?どうして?やはり、どうしても、この疑問が拭えない。

加害者と傍観者が、予想外だったのは、
被害者の私が声をあげたことだっただろう。
彼女らは、批判される原因は私にある。っと言い続ける。
彼女ら自身にある問題を見つめず、の非を認めようとしない。
『私が出来ることは、声をあげることを怯まないこと。』

大まかないじめの時制と流れ

あーだこーだと感染し、洗脳されていく者たち。その状況は、なぜ?どうして?っという自分の中にある疑問を混乱させていっていた。
私が悪いのかもしれない。私のせいなのか?私がおかしいのか?っと自身が感染、洗脳されていきそうになっていった時期もあった。

☆状況を受け入れる#いじめSOGIハラスメント

彼女ら自身を正義とする、私への彼女らの暴力は、止まない。
私には、誰が敵か味方かも分からない。
分かるのは、
この胸の痛みは、無かったことなんかにはならないということ。
私が感じているこの痛みは、実際にあるということ。それは事実。
私が持つなぜ?どうして?の疑問とこの胸の痛み。

彼女たちは、「〇〇が言っていたから。〇〇のせい。〇〇に原因がある」
常に人のせい。
周りに流されているだけで、ただただ翻弄されているだけで、自分らでもそのことに気づくことができずにいる者もいるだろう。

引き下がれなくなった傍観者=共犯者

私は、洗脳されたくないし、彼女らのようにはなりたくない。

この頃の私は、『いじめの構造』各立場の全体像としても、
傍観者は傍観者。加害者は加害者と、それぞれ独立した枠として考えていた。
でもそれでは、傍観者の枠の中には、多様な立場があるということも含め、傍観者の枠。加害者の枠。で境界を引くことが出来ないことが、私の被害者という視点から見えてきた。

まさか。
そんなことが?
Dママさんは、他の人へ軽々しく話してしまったのか?
そんな不安がよぎる。

いじめを正当化?

私への攻撃が起きれば起きるほど、大きなネタが見えてき出した。

彼らは、背景は漠然とはしているものの、悪い事態を避けれるよう、私を誘導してくれているように思う。

煽る人たち

また、傍観者、加害者の枠には属さない、専門用語では、観衆らしい?のだが、何だかこの言葉は、違う感じがする。
ガッチリとした言葉が見つからないのだが、中間の存在?ありきたりの言葉で表すと、個々を尊重する存在?、解決しようとするわけでもない。寄り添うと言えば良いのか。私の声に耳を傾けているような存在がいてくれている。と思えるようになってきていた。

☆『対話』という『間』が抜けている#集団暴力

分からない。分からない。分からない。
情報がなく。状況が分からず。なぜ?誰が?どうして?何もかも分からなくて、不安で怖くて。。。

私の声に耳を傾けているような存在がいてくれていると感じる反面、声をあげればあげるだけ、蛙さんらの数、私への暴力の程度が強化されてきているという時期もあった。無視と社会的孤立。

この数年間は、
私が何をしたのか?何が起こっているのか?
原因が見え無さすぎて、分からなすぎて、「不明」から起こる、
恐怖、不安、怒りの感情を受け止めきれず、爆発しそうになったこともあった。(実際に、爆発してしまったあの時、支えてくれてありがとう。)
けど、
それも、繰り返すごとに、自分の気持ちになんとか慣れようと受け入れようとしていく。
そんな葛藤を抱えながら、ぼやっとしている中で、彼女たちからの攻撃に備える日々だった。

いじめ終了

なぜ、誰も何も教えてくれないの?なぜ、誰も助けてくれないの?
なぜ、そんなに無視ができるの?私が何をしたの?

理由がわからず、その不安と恐怖から、怒りを感じだす。
『対話』間が抜けているという状況は、長期間に渡っていた。
ゲロゲロゲロ♪♪♪
その間、蛙さんらは、これでもか!!ってなくらい私を、追い詰めていた。。。

☆大人を、子どもが真似る?#大人のいじめ=子どものいじめ

ピースが集まっていくと、
え???大の大人が???って。
話をしてくれていたら、聞いてくれていたら、それで、良かっただけのことじゃない?表立っていけば行くほど、アホくさく、馬鹿らしく思える。

私への執拗ないじめは、ここから全てが始まった。
ある人の虚言
ある人の思い込み
拡散された嘘噂話は、私も全ての内容は把握しきれていないが、なんでもありのくだらない言いがかり。
学生のような。。。大の大人が。。。
特に、私の人格、夫婦関係、個人情報に関して。
私を知るよしもない人達によるバラマキ。

私がいじめを受け続けた理由 完

大人?が、子どもがえり?いや?違う?反対なのかも。。。
大人が子ども返りしてるんじゃなくて。。。
『子どもは、大人を見ている。』
もともと大人が。。。ってか?

子どもに言い聞かせる前に、その前に、大人の意識なんじゃない?

☆いじめ終了の定義#一人ではクリアできない

把握でき始めていると同時に、私の人との関わり方が大きく変化している。
緊迫した中の、暖かな誰かの存在。

少し距離があったので、私は、おじいちゃんにゆっくり手を振って挨拶をした。
おじいちゃんは、手を振っている私を見て、
両手を高く上に上げ、左右交互に大きく腕を振り返してくれた。

黒い虫とおじいちゃんの笑顔

私自身を労わる為、私の中でのいじめの終了の定義を作り、私への暴力を一旦、自分の中で自分の区切りとして、終了させた。

いじめ終了の定義:私の場合
・私へのいじめを私だけではなく、他も認識している状態があること。
・声を聞いてくれる、受け入れてくれる人がいると私自身が確信できている状況であること。ー環境
・一人ではない(理解者がいることを私自身が感じれていること。ー心
*安心感を得ているということではない。

大人のいじめ終了?の流れ

暴力を認めない蛙さんらの暴力は、さらに続いていく。

☆傍観者という枠に属する者に、焦点を向ける#傍観者は加害者


皆さんは、この枠の人々の対応次第で、いじめハラスメント環境の流れが大きく変わっていくと思わないだろうか?
傍観者である自分自身も、私という被害者も、身勝手な加害者も。
救えると思わないだろうか?
エスカレートを防ぐことが出来るとは思わないだろうか?

1 なぜ、私への事実確認がないのか?
・初めての土地であり、私を知る者がいなかった為、でっち上げられた情報を疑う者がいなかった。悪意でか。他人事だからなのか。故意的にか。
事実確認という対話を持つ場を避けられていた。実際、なかった。

2 なぜ、偽情報を信じているのか?
・そもそも私の話を聞き入れられない、受け入れられないような、私への不信感、不快感を煽るでっち上げの内容。
・陰湿にも複数の者がでっち上げをばら撒いた為、ぼっちの私より多数のものが発する情報を信じる流れへと。
↓↓↓
でっち上げ情報が散乱し、私に対するマイナスイメージだけが残ったことで、社会的孤立が成立、悪循環は繰り返した。

典型的な(ママ友)いじめ

傍観者はどんな人らなんだ?
この私1:多数のいじめの図式は何だ?
私の「助けて!!!」っという声は届かなかったのだろうか?
なぜ、彼女らは、蛙さんらになっちゃたのだろう?
恐怖、不安を持っているのか?違和感はない?
傍観者という枠は安全地帯なの?
そもそも、傍観者という枠は存在するのか?
私がこの世からいなくなった後に、気づくといった感じになるの?
それほどの深刻さが分からなかった?私には、現在。
蛙さんらには、過ぎ去ったこととして捉えられてしまうのだろうか?
あなたらは、どんな人なの?

揃ったパズルは穴だらけ

2023年
そんな中でも、声をあげ続けることで、不快感と怒りを感じながら、微かに伝わる、わずかな情報で、ゆっくりと確実に私への大人のいじめの全体像が把握できてきた。

☆声を聴く環境がない#人権

周りが感染、洗脳されていく。。。なかなか声を聴いてもらえる環境が見つけられなかった。誰に何を話していいのか分からないままいつの間にか7年経過していた。

私へのいじめの程度は、
死を感じる。殺されてしまうのではないか?という恐怖をもつまでへの執拗な追い込み。
私個人を特定しているということから、
顔を見せることも
名前を知られることも
存在というものを知られることが恐怖になっていった時期がある。
私は、自分の名前を人前で言うことが出来なくなるほどの恐怖の渦の中にいることに、当人ながら、この状況を直に受け入れることが難しかった。
マジョリティの彼女らの嘘と思い込みが事実になってしまう。

マイノリティの苦痛

私には、傍観者と加害者の区別なんてつかない。
この街の日本人の中で、私の声に耳を傾けてくれる人は、最後まで見つけることが出来なかった。

☆『みんなと仲良く合わせられなくても、同じじゃなくても良い。』#私は私

私は、2018年のあの時から不確かなものを全て捨てた。
自分に嘘をつくなんて出来ない。
自分に嘘をついて生きることをやめたんだ。

その場に恐怖を感じるなら、ぼっちを選んでも良い。
彼女らといると、胸が詰まるなら、ぼっちを選んでも良い。
攻撃が辛くて、そこにいたくないなら、ぼっちを選んでも良い。
ここに私の場所がないと感じたら、ぼっちを選んでも良い。
自分を偽ることが苦しいなら、ぼっちを選んでも良い。
何かがおかしい。そう、気づいているのは私だけなのかもしれない。と思うのなら、ぼっちを選んでも良い。

ぼっち選択のススメ

ぼっちの間、私は、同化、同調することが全てではない。っと考えれた。
欲しい答えはすぐには出ない。耐え、待っていた。
違和感に疑問を持たず、ただ流れる。それを冷ややかに、遠くから見ていれた。

それくらいの客観的な視点が無ければ、
丸7年間も、『私は私』『私には、非がない』ということを声にあげ続けられなかったかもしれない。
というか、私の場合は、意識的に客観的な視点を持とうとしたのではなく、そうしないと自分が保てなかったから。
時間をかけて、この状況が、『私は私』を見つけ出していった感じになったんだ。

☆加害者という枠に属する者に、焦点を向ける#日本人いじめ調査

加害者はどんな人らなんだ?
この状況は、蛙さんら自分らで生み出していること。7年間も続いた状況。

全体がわかってきた今でも、本当に、理解が出来ないことだらけで。。。

跳ね返ったボールは、何処に跳ね返っていくのだろうか?
それは。。。
投げられているボールに苦痛を感じている私を見て笑ってる/た、ある人?
同じく、鋭いボールを投げつけている/た、ある人?
チラリと見て、何もなかったかのように、目の前を通り過ぎていっている/た、ある人?
心配そうにしているものの、やはり、ささっと通り過ぎている/た、ある人?

跳ね返ってったボール

都合が悪くなると、全て、他のせいにして、自分自身を見つめられていないということ。

これらは、彼女らの『間違い』で起こっている。
その、『彼女らの間違い』により、
私の人生は大きく変化させられていった。。。

カミングアウト

対話するわけでもなく、関連づけて騒いで、私に焦点を絞って、何の関係もない私のせいにしてるだけ。
騒げば騒ぐほど、長期になればなるほど、自分自身の首を絞めている。
他のせいのばかりにして、自分でドブから抜け出せなくなっている。
すべては、自分自身から起きていること。
全ては、あなたたち次第だった。

社会学者デイヴィット・マッツァが提唱した概念に、「漂流理論」があります。これは、⾮⾏に⾛るものは、「善悪の区別がついていない者」なのではなく、「善悪の区別がついており、つねにその間を漂流している者」として捉えた上で、「⾃分が⾏なっている⾏為は悪ではない」と⾃⼰肯定しようとする様⼦に着⽬したものです。

このように、⾃分の⾏為を正当化する⽅法のことを、マッツァは「中和の技術」と呼びました。つまり、⾃分のしている⾏為は悪ではないとするイイワケの技術のことです。

ストップいじめ!ナビ

この状況の中で、今の時代の『尊重』『多様性』という言葉は当てはめることはできるのか?

彼女らは、真実より、私個人を攻撃できさえすればいんだから。
告白後の、彼女らの反応は、そう印象付けた。
想定内。
彼女らには、この攻撃の流れの中で、私の声を聴く。という枠はない。
典型的な暴力の流れ。

飽きた。

この時代、インターネットがあればいくらでも情報を拡散出来ちゃう時代。
誹謗中傷だってそう。

話が盛り上がって、盛りに盛られた?リアル(陰口、嘘噂話)を含む、SMS、インターネット上で繰り広げられる誹謗中傷。
私の生きてきた人生と人格の批判、否定、侮辱。

傍観者=加害者からの攻撃 2023

でもさ。
蛙さんらが拡散させた分、逆拡散だって可能になるみたい。そうなってるの気づかなかった?
蛙さんらが起こした身勝手な劇、自分らが多数派だと、正義だと思い込んでいるから、こんなに拡散させているのだろうか?果たして、あなたらが得ている情報、言動、意見は、ずーっと多数派で、他からも同じく正義となるものなのだろうか?
一方通行だけじゃなく、視点を変えて見てみようと思わなかったのだろうか?

これですわ!!
彼女らの妄想の中で、私という像を作り上げ、
彼女ら自身をドブに落とす。
しかも、自分らで気付かない。のか?
彼女らの妄想の中の私は、彼女らの投影だ。

私への大人のいじめの実態ー洗脳と感染ー

『私は蛙さんになっちゃってるのかもしれない?』って疑問を持つことを意識する。自問自答することは大切だと思う。

パズルの土台

私には、しっかりとした土台になる環境があったということは、有難いことだと思う。それは、私の家族。この家族でなければ、私は壊れていた。

受け入れ環境#環境づくり

普段の会話の中で、 『いじめ』について目隠しすることなく話す。
『いじめに遭遇したら どうしたらいい?』を考える。
『いじめに気づく視点 』『声をあげやすい環境』『  声に耳を傾ける環境』
ポイントは、『対話』という対処がすぐに取りやすい環境であること。

家族
常に私を励まし、そばにいてくれていた。

息子に言いたい。
たくさんのごめん。なさい。
書きながら、息子への思いと涙が溢れる。
まだ、時に溢れる感じたくない感情もあるんだけど、
息子と一緒に感じたいと思う感情もたくさん溢れる。
溢れてる。
たくさんのありがとう。

『私』を感じる息子

この存在、この私の居場所は、私を支えてくれていたことは、言うまでもない。

そのままの『私』と、
いつも、そばに居てくれていた。

いつも、そばに居たのは息子だった。

ありがとう。

私の表現の場
私自身が疑問を持ち、状況を納得したいと考えること。それを表現できる場があった。

私は今、はい。か、いいえ。
ハッキリした告白なんてしたくない。
これが、今の私の正直な気持ちである。
なぜなら、
・告白してからのゼロではないリスクと恐怖に支配されたくないから。
・告白するキッカケが大人のいじめへの対応からである事が、納得出来ていないから。

私は、『◯◯』だ。

そして、その表現内容は、蛙さんら次第で変化していっている。
それを、私は、私のタイミングで表現していっているだけ。

フランス人の友人が私にかけてくれた言葉。
「告白をするということは、正直だということ。」
彼女が、私の背中を押してくれた。

むずい告白とドス暗い感情

自分らのその環境は、自分らで作られている。
自分らのこの環境は自分らで作っていくしかない。

繋がりと居場所
私の場合は、家族がいて、表現できる場があったこと。これらが、私を支えてくれていた。

私を支えていた土台は、家族と表現できる場所。これは、私の場合。
それは、人によっては、趣味であったり、運動をすることであったり、それぞれだと思う。そこから繋がる繋がり。

自分自身を支える土台。あなたを支える土台。あの子を支える土台。
その土台、その環境は、私もあなたもあの子も作っていけるんだ。

そうでしょ?






2016〜2030年までの流れとmission
暴力・セクシュアリティを認識してからの流れ

あゆぼっちプロフィール

MISSONと視点のまとめ
私のmisson 2023
私のmission 2024

マガジン
蛙さんになっちゃた日本人ー海外日本人ママの闇の世界 ー
蛙さんになっちゃた日本人ー海外日本人ママの闇の世界 2章ー
蛙さんになっちゃた日本人ー海外日本人ママの闇の世界 3章ー
2024年〜
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