マガジンのカバー画像

12本のバラをあなたに

37
【note創作大賞・恋愛小説部門エントリー中】 遼子(りょうこ)は企業内弁護士(インハウスローヤー)、企業の社員として雇用されている弁護士だ。会社の社長である別所(べっしょ)にほ…
運営しているクリエイター

#大人の恋愛小説

12本のバラをあなたに 第三章-10

12本のバラをあなたに 第三章-10

 遼子に間宮を会わせた翌日、別所は書類の山と向き合った。そうでもしなければ遼子がどんな決断をするのか気になって仕方がないからだ。
 好きだから、という単純な理由だけではない。遼子の人生に思いがけず触れてしまったこともだが、それ以外にも訳がある。
 仮に、ここを辞めたあと高崎のもとでかつての部下と一緒に働いても、それで遼子の心を縛り続けるものが消えてなくなるわけではない。いくら年を重ねても、どれほど

もっとみる
12本のバラをあなたに 第三章-9

12本のバラをあなたに 第三章-9

「これから、どうします?」
 高崎の声が耳に入り遼子はハッとした。声がしたほうへ目をやると、彼は窓際にたたずんでいる。
 間宮と久しぶりに顔を合わせたのは嬉しかったが、自分が富沢事務所を辞めたあとの話を聞かされ複雑な気分だ。愛想笑いで応えることも、これからのことなど考えられないほどに。
 自分が退所したあと、かつて担当していたクライアントはすべて間宮に託したはずなのに別れた夫が奪ってしまった、と思

もっとみる
12本のバラをあなたに 第三章-8

12本のバラをあなたに 第三章-8

 翌日遼子を伴い高崎の事務所へ行った。遼子は戸惑いの顔をしていたが、事務所の扉を開けてすぐ、出迎えてくれた女性の顔を見るやよほど驚いたのか目を大きく見開いていた。
「遼子先生……」
 間宮は、嬉しそうな顔で遼子に抱きついた。抱きつかれた遼子は困惑していたが、肩を震わせた間宮の背中を優しくなで始める。
「……一人で頑張らせてしまってごめんね……」
 遼子が湿った声で詫びると、間宮は彼女に抱きついたま

もっとみる
12本のバラをあなたに 第三章-6

12本のバラをあなたに 第三章-6

 出先から会社に戻ったタイミングで藤田から着信があった。革張りの椅子に腰を下ろしながら出てみると、いつもの藤田らしからぬ沈んだ声が聞こえてきた。
「富貴子から聞いたよ」
 ドクンと心臓が大きく脈打った。
「お前と遼子先生に、大きなものを背負わせちまったな、すまない」
 富貴子は自らの病のことだけでなく、自分と遼子に秘密にするよう頼んだことまで藤田に話したようだった。
「いや……。本当なら……、すぐ

もっとみる
12本のバラをあなたに 第三章-7

12本のバラをあなたに 第三章-7

 昼休みが明けてすぐ、別所から内線が入った。
「遼子先生、お話したいことがあるので来てください」
 はじめは契約書の中身についてだろうと思ったが、それなら別所は内線など使わず、法務部へやって来る。ということは「仕事」の話ではない可能性が高い。遼子は思案しながら机上の書類を片付けて席を立つ。
 深雪や法務部のスタッフに別所の部屋へ行くと告げ部屋を出た。法務部と社長室は同じフロアだ。別所のもとへ向かう

もっとみる
12本のバラをあなたに 第三章-5

12本のバラをあなたに 第三章-5

 高桑が姿を見せなくなって二日が経った。それまでしつこく会いに来ていた人間がパタリと来なくなったのだ。本音を言えばホッとしているけれど同時に不安で仕方がない。
 あの男が自分に会いに来た理由が理由だ。自分が知らないところで、また何か画策しているかもしれないと考えるのが妥当だろう。そう思い至ってすぐ頭に浮かんだのは、以前世話になったクライアントを動かすことだが、プライドが高い高桑が彼らに頭を下げると

もっとみる
12本のバラをあなたに 第二章-9

12本のバラをあなたに 第二章-9

『夫には病気のこと、黙っていてほしいの』
 昨日面会した富貴子は、思い詰めたような顔でそう言った。しかし……、
『でも……、別所さんはなにか気づいているようだから話して良いわよ、全部』
 次の言葉を口にしたとき悲しそうにしていた。
 富貴子が別所の名を挙げたのは、篠田からの突然の電話が理由だと言う。
『夫から周年祝いのお礼状の書き方を聞かれたの。あの人、裏方の仕事まで手が回らないから誰かから言われ

もっとみる
12本のバラをあなたに 第二章-10

12本のバラをあなたに 第二章-10

『今日は僕が遼子先生を送るから』
 そう告げたときの岡田の表情を思い返しながら別所は部屋を出る。
 遼子が部屋を出たあとやって来た岡田に、篠田の妻・富貴子の病を堅く口止めした上で、入院している彼女の見舞いに二人で行くと告げたところ、戸惑っているような顔をした。
 岡田が困惑するのも仕方がない。なにせ篠田のパーティー以降徹底して遼子と顔を合わせないよう彼と深雪に調整を頼んでいたのに、ここのところ予想

もっとみる
12本のバラをあなたに 第二章-8

12本のバラをあなたに 第二章-8

 遼子が休みをとった翌日、別所はいつもの時間に出社して自分の席に着いた。机の上に置かれているファイルの山は「今日やるべき仕事」だ。一番上にあるものに手を伸ばそうとしたらドアをノックする音がした。
「どうぞ」
 声を掛けてすぐ扉が開いた。目線をそちらに向けると、ゆっくりと開いた扉の陰に遼子がいたものだから驚いた。別所は目を大きくする。
「りょ、遼子先生? どうしました?」
 慌てて席を立ったのは、遼

もっとみる
12本のバラをあなたに 第二章-5

12本のバラをあなたに 第二章-5

「……あの方はどなたです?」
 立ち去る元夫の背中を、ぼう然としながら眺めていたら別所の声が耳に入った。我に返り別所に目をやると不安げな顔をしている。遼子は、どうしたものか立ち尽くしたまま考えた。が、
「と聞きたいところですがやめときます。ところで岡田たちは? 御一緒していたはずですが」
 急に話の矛先を変えられてしまい、遼子はうろたえる。
「え……、あの……、先に行くよう……」
 ビルから出た直

もっとみる
12本のバラをあなたに 第二章-6

12本のバラをあなたに 第二章-6

「社長、昨日は申し訳ありませんでした」
 出社早々、岡田に頭を下げられて別所はきょとんとした。
「三人でビルを出ようとしたらあの男が来まして、麻生先生に話しかけてきました。会社に来ていた人だと言おうとしたんですが、麻生先生の表情がこわばってて……」
 昨日、自分が遼子に声を掛ける前の話だろう。
 何が理由かわからないけれど「あの男」が現れたことで動揺した遼子のことが気がかりだったから、岡田は自分に

もっとみる
12本のバラをあなたに 第二章-7

12本のバラをあなたに 第二章-7

「では改めて挨拶をさせていただきます。高崎法律事務所代表、高崎憲吾と申します」
 高崎は、人なつっこそうな笑みを浮かべて名刺を差し出してきた。
「麻生遼子です。急に連絡を差し上げてしまい申し訳ありませんでした」
 心苦しい気持ちで遼子は頭を下げる。
「いえいえ、お気になさらず」
 名刺を受け取ろうとしたら、高崎から満面の笑みを向けられた。
「企業法務ができる方が来てくれたらいいなと思っていたので嬉

もっとみる
12本のバラをあなたに 第二章-4

12本のバラをあなたに 第二章-4

「社長、これお願いします」
 出社したらコーヒーとともに小さな紙を差し出された。
「これは?」
 昨日の出来事の顛末を聞きたかったが、別所は岡田が差し出している紙に手を伸ばす。
「昨日、麻生先生を自宅まで送り届けるために立ち寄ったたい焼き屋の領収書です」
 領収書を受け取り、記載されているものに目を通す。遼子が住んでいるエリアにある店のものだった。
「ということは、うまくいったんですね」
 別所は

もっとみる
12本のバラをあなたに 第二章-3

12本のバラをあなたに 第二章-3

 深雪とソバを食べ終え、店を出たら岡田とバッタリ鉢合わせした。つい別所がいるのではないかと目だけで辺りを見回したものの彼の姿はなく、ほっと胸をなで下ろしたと同時に決まりが悪くなった。
「ぐ、偶然だな」
「そ、そうね」
 どこか芝居がかった会話が耳に入り岡田と深雪に目をやると偶然とは思えないような様子だった。心に広がる複雑な感情から二人に意識を向けて成り行きを見守っていたら、
「そういえば、麻生先生

もっとみる