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12本のバラをあなたに 第二章-3

 深雪みゆきとソバを食べ終え、店を出たら岡田おかだとバッタリ鉢合わせした。つい別所べっしょがいるのではないかと目だけで辺りを見回したものの彼の姿はなく、ほっと胸をなで下ろしたと同時に決まりが悪くなった。
「ぐ、偶然だな」
「そ、そうね」
 どこか芝居がかった会話が耳に入り岡田と深雪に目をやると偶然とは思えないような様子だった。心に広がる複雑な感情から二人に意識を向けて成り行きを見守っていたら、
「そういえば、麻生あそう先生が住んでいるマンションの近くにおいしいたい焼き屋さんがあるんですが知ってますか?」
「えっ!?」
 唐突に岡田から尋ねられたものだから驚いた。
「そうそう。今日遼子りょうこ先生と一緒に行こうと思っていたんですよ、実は」
「え? じゃあ俺も一緒に行こうかな」
「いいわね、ソバのあとのおやつとしてたい焼きは最高だもの」
 自分を置き去りに話が勝手に進んでいった。結果、遼子は何が何だかわからないまま深雪と岡田とともに駅へ向かったのだった。
「先生、伺いたいことがあるんですが……」
 電車に乗ってすぐ、岡田から遠慮がちに問いかけられた。
「なんです?」
「帰ろうとしたら麻生先生に会いたいという男性が会社に来ていたんです」
 探るようなまなざしを向けられた。一瞬富沢とみざわの姿が頭の中に浮かんだが、遼子はすぐに打ち消した。
「先生はもうお帰りになったあとだったので名刺をもらおうとしたのですが、また来ますとおっしゃって帰られました。どなたか心当たりはありますか?」
 岡田の顔が急に引き締まった。
 自分を訪ねてわざわざ来訪する人間に見当がつかず遼子は戸惑う。が、富沢から聞かされた話が脳裏をよぎり、勝手にため息が漏れた。
「もしかしたら以前担当していたクライアントかも」
 可能性としては低いが、現状から推測するとそれ以外考えられない。かつて受け持っていた依頼者や企業からの連絡は電話かメールだったが、重要な用事のときに限っては対面での対応を求められていたし、それならばわざわざ自分を訪ねた理由としては合点がいく。
「そうですか、それなら良かった」
 答えたら岡田の表情がすぐに緩んだ。それにどういうわけか、深雪もほっとしたような顔をしたものだから不思議に感じないわけがない。ソバ屋を出てすぐ二人が交わした不自然な会話といい目にしたばかりの二人の表情といい気になって当たり前だ。でも彼らに聞いたところで教えてくれないだろうし、何より別所との件で必要以上に気を遣わせているからやり過ごした方が賢明だろう。そう気持ちを切り替えたタイミングで自宅の最寄り駅に到着したのだった。
 遼子が住んでいるマンションがあるのは、日本国内外からの観光客に人気の大きな寺がある下町の風情漂うエリアだ。岡田が言っていたたい焼き屋は寺の近くで日本人だけでなく外国人も店先で並んでいた。
「おすすめはガナッシュ入りのチョコみたいですよ」
 列の最後尾に向かう途中、岡田がスマートフォンを手にしながら言った。
「ガナッシュって、あのカリカリの?」
「おいしそうね」
 香ばしい匂い漂う店先で会話を交わしながら待つこと三十分、ようやくのれんをくぐることができた。
「冷やしたい焼きっていうのもあるのね」
「へえ……、白いたい焼きかあ。こっちもうまそうだ」
 店に入ってすぐ目に入ったのは、岡田が言った「白いたい焼き」だった。レジ台の横にあるガラスケースの中にいくつか並んでいる。
「あら、ガナッシュのほかにコーンフレークもあるみたいよ。どっちもおいしそう」
 隣にいた深雪の目線をたどってみたら、レジ台に貼られていた「新製品」という文字にたどり着いた。
「ガナッシュはカリカリ、コーンフレークはザクザクって感じかしらね」
「ですね。二つ買っちゃお」
「私も二つ」
「俺は薄焼きのあんこと白いたい焼きチョコ。会計は一緒でお願いします」
 岡田に目を走らせると、ジャケットの内ポケットから黒い長財布を取り出していた。
「お、岡田くん。私が出すわ」
 どんな事情があるにせよ、自分のために二人が付いて来てくれたのは事実だ。大した額でもないのだし、せめてものお礼として自分が買いたかった。が……、
「手土産の調査ということで社長に請求します」
 岡田ににっこりほほ笑まれてしまい、遼子は心苦しい気持ちで頷くより仕方がなかった。


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