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「未来は常に過去を変えている」

題名のセリフがとても印象深い作品、『マチネの終わりに』を読みました。

パリと東京を舞台に繰り広げられる美しい恋愛小説。
読んで感想をまとめてみました〜!

あらすじ


(平野啓一郎特設サイトより転記。)
毎日新聞とnoteで連載されていた、平野啓一郎の長編小説です。
https://k-hirano.com/lp/matinee-no-owari-ni/

物語は、クラシックギタリストの蒔野と、海外の通信社に勤務する洋子の出会いから始まります。初めて出会った時から、強く惹かれ合っていた二人。しかし、洋子には婚約者がいました。やがて、蒔野と洋子の間にすれ違いが生じ、ついに二人の関係は途絶えてしまいます。互いへの愛を断ち切れぬまま、別々の道を歩む二人の運命が再び交わる日はくるのかー
中心的なテーマは恋愛ではあるものの、様々なテーマが複雑に絡み合い、蒔野と洋子を取り巻く出来事と、答えのでない問いに、連載時の読者は翻弄されっぱなし。ずっと"「ページをめくりたいけどめくりたくない、ずっとその世界に浸りきっていたい」小説"を考えてきた平野啓一郎が贈る、「40代をどう生きるか?」を読者に問いかける作品です。

「未来は常に過去を変えている」

『マチネの終わりに』は、とっってもシンプルにまとめてしまえば、大人の恋愛小説。
人を好きになるには、しがらみがあまりにも多い40歳という年齢で恋に落ちてしまうふたり。40歳というのはきっと、明るい未来を描くより、運命の人と早くに出会えなかった「過去」を悔やむことの方が多い年齢なのだろう。たぶん。

けれど、「未来は常に過去を変えている」という言葉がキーワードになって物語が展開されるこの作品。この価値観を持っていたからこそ互いが惹かれ合い、切ないけれど、暖かい物語になっていると感じた。
これが、ただの切ないだけの恋愛小説たりえない理由なんだろう。
切ないのに、希望を感じる。

物語の根底にあるのは、平野哲学!

同時期に、著者の平野さんとお笑い芸人のノブとの対談集『生きる意味を探してる人へ』を読んだのだが、
その中に、チャップリンの逸話を引用した下記のような表現があった。

チャップリンの有名な言葉に「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇である」というものがある。

まさに、「未来は常に過去を変えている」と同じ意味だが、
未来から見た過去の意味づけによって、いくらでも過去は変えることができる。
そんな主題が物語全体を貫いているので、過去を悔やむことは無意味で、未来起こる物事によって過去を喜劇に変えることだってできるんだ!と明るい気分になれる。

そして、忘れてはいけないのが同著者が提唱している、「分人」という考え方。

分人とは、対人関係ごとの様々な自分のことである。恋人との分人、両親との分人、職場でも分人、趣味の仲間との分人、……それらは、必ずしも同じではない。《中略》一人の人間は、複数の分人のネットワークであり、そこには「本当の自分」という中心はない    
『生きる意味を探してる人へ』(角川新書)

平野さんは、書籍『私とは何か――「個人」から「分人」へ』のなかで、


愛とは、「その人といるときの自分の分人が好き」という状態のこと。《中略》他者を経由した自己肯定の状態である。

と述べているが、『マチネの終わりに』の中に出てくる蒔野と洋子も、妻・婚約者と関わる時とは異なる自分を、二人で過ごす中で表出させている。そしてそのときの”自分自身”というのは、自然体でいられて、
一緒にいる時間が一瞬に感じられる愛おしいものなのだ。

このように、「分人主義」や「未来は常に過去を変えている」という平野啓一郎さんが大事にしている哲学を垣間見ることができるのが、彼の小説であり、読むと元気をもらえる。

映画と小説の違いは…。

本作は、映画化がされており、福山雅治、石田ゆり子という豪華俳優二人が、それぞれ蒔野と洋子を演じている。
映画では、感情の機微が細かく表現されていて、雨に降られるシーンや、作品の終盤、2人の目線が合うシーンなど、映像作品だからこそ出せる表現の強さを感じるなと思いつつ、
一方の小説では、民族浄化の問題など、映像にしにくい社会的なテーマを多様に盛り込んでいて重厚感がある作品になっているなと感じた。

正直どちらも好きだったが、小説内に出てきた言葉の数々が、今後生きていく中で背中を押してくれそうと思ったので、自分は小説派かな〜。

「幸福とは、日々経験されるこの世界の表面に、それについて語るべき相手の顔が、くっきりと示されることだった。」
「人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えてるんです。変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。過去は、それくらい繊細で、感じやすいものじゃないですか?」

彼の作品の面白いところは、小説執筆を通じて、自身の哲学や思想を深め、そして磨き、それをまた小説の中に落とし込んでいくところだと思う。
小説執筆という思考実験を経て出てきた彼の作品をもっと読んでみたいなと思った年末年始でした。

https://k-hirano.com/self-introduction(平野さんか運営しているwebサイトの中にある自己紹介ページで、彼の思想の変遷が垣間見えます^^)


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