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太陽の温度

機内の照明が落とされる。

私はそれまで眺めていた機内プログラムの映画を終了して、ヘッドホンを外した。


窓の外には、真っ暗な空が広がっている。

周囲の座席には、アイマスクをしてリクライニングをきかせ、すっかり睡眠態勢に入った人たちの姿が目に映る。


つい昨日まで、私は広大な砂漠が広がる異国に滞在していた。ほんの一週間の海外旅行というやつだ。昼間は照りつける陽射しに焼かれそうになり、夜は凍える寒さになった。

太陽の光というのは、これほど地球環境を左右するものなのかと、改めて認識を新たにしたばかりだ。日本にいれば、それほど昼夜の寒暖差に怯えることもないからだ。


子どもの頃は、夢中になって”宇宙の科学”みたいなタイトルがついた本を読んだ。

そこには、太陽のことも書かれていた。

太陽の表面温度は想像もできないような高温で書かれており、いずれ肥大した太陽が太陽系の惑星を飲み込み、いずれは地球も太陽に飲み込まれて終わるのだと、そう書かれてあったのを読んだ記憶がある。


砂漠の昼は、太陽の下にいれば肌を焼くが、木陰に入れば吹き抜ける風が心地よかった。

太陽の熱がとても熱いことを、素肌で体感してきたばかりだった。


目の前の画面は、フライトモニターモードになっている。

現在、自分が乗っている飛行機はどの位地上から高いところを飛んでいるのか。だいたいどの辺りを飛んでいるのか、到着予定時刻は何時なのか。

そんなことを教えてくれていた。


ふと、定期的に切り替わる画面の表示に目が止まる。

”外気温摂氏-35度”

この飛行機の中は非常に快適な温度になっているが、どうやら外の空間はとても寒いらしい。

そうだろう、今は夜で太陽はとっくに地平線の彼方へ沈んでいる。

太陽がなければ、この地球はとても冷え込んで寒いのだ。


鞄の中からアイマスクを取り出す。

さて、次の機内食の提供があるまで一眠りしよう。

私は画面の電源を落として、リクライニングの背もたれを倒した。


ふいに目が覚める。

周囲で人の動く気配がしたからだ。

アイマスクを取ると、窓の外が明るくなっていた。朝の機内食が配られる時間になったようで、機内にはざわざわとした空気が流れ始めていた。


モニターの電源を入れる。

外はずいぶん明るくなっていたが、相変わらず機外の気温はマイナスを示していた。

少し不思議な感じがしたが、あまり気にもとめずにそのまま朝食を食べた。


食事の後は、旅の思い出をメモすることにした。

帰宅したらたくさんの写真とともにSNSにアップしよう。自分で見返してもそれは楽しい思い出になるし、これから同じ場所に行こうと思う人たちにとっても参考になるかもしれない、と思った。


夢中で記憶を辿りながら自分の足跡を記していると、そろそろ到着するためリクライニングを戻すようにとアナウンスがあった。


さて、今はどの辺りを飛んでいるのだろうか。

付けっぱなしにしていたモニターの画面を見る。

随分日本に近づいている。表示された機外の温度は相変わらず、マイナス35度と表示されていて……。


「?!」


慌てて窓の外に目を向けた。

眼下には雲の絨毯が敷き詰められていて、その上にはとても綺麗な真っ青の空が広がっている。

窓の外はとても明るいのだ。

つまり、太陽がしっかり辺りを照らしているとしか思えない。

モニターに視線を戻す。

現在の外気温は、深夜にみたものと殆ど同じ温度を表示していた。



表面温度がとても熱い太陽が照らしているから昼間は暑くて、太陽が沈んだ夜は寒くなる。


そうじゃなかったのか。

そうではなかったのか。

あの、子ども向けの科学雑誌を書いたのはいったい誰だったのか。

あれは本当のことだったのか。


地上から随分と高い場所を飛んでいるこの飛行にのモニターには、ここは凍りつきそうな外気温なのだと示された。

そういえば……。

今まで当たり前のように知っていたことを思い出した。

夏、暑い時期に人気なのは涼しい高原だ。

同じ緯度であれば、山の上などの高い場所の方が涼しい。

より太陽に近いのは、高い山の上ではないのだろうか。


モニターには、日本列島の南を飛んでいる飛行機の航路が描かれていた。

本来であれば、その辺りの地上は暑くてもおかしくないはずなのだ。



ぼんやりとモニターを眺めているうちに、飛行機は着陸に向けて高度を徐々に落としていく。

それと相反するように、少しづつ上昇していく数値を眺めながら。


私は今まで自分が学んで集めてきた常識というものについて、改めて思いを馳せてみようと考えていた。



終わり。

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