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旧友と思い出話をしたら文章の天才だったことと人が創作する理由に気付いた話

 文章の読み書きが得意かもしれない。そう気づいたのは中学のときだった。
 国語の勉強をした記憶がないのに、テストはずっと100点だった。国語に限っては新しい教科書が配られたその日のうちに載っている文章をすべて読んだし、部活と友人とのおしゃべりと恋人との時間の合間を縫って図書館に通っては気になった本を読みこんだ。呼吸するのと同じ要領で、文を読み、書いてきた。別に文章が友達というわけじゃなくて、文章も友達だった。それも、とても気のいい粋なヤツ。
 一方で、音読で必ず躓く子や国語がどうしても分からない子、作文が支離滅裂な子もたくさんいた。本を一冊も読んだことがないと豪語する同じ部活の子もいた。私はそれを「まぁ気が合う合わないってあるもんね」と軽く流していた。文章はあくまで友達の一人に過ぎないと思っていたから。

「どうしてそんなに文章が読めるの?」

 そんな私に対して友人が何気なく言った言葉が、ようやく私に客観視のチャンスをくれた。衝撃だった。「そう見えているのか」と思ったし「大げさだろう」とも。でもその子の真剣な顔を見て、気付いた。
 そうか。文章を読むのに負荷がかかる人もいるのか。
 奇しくも時を同じくして、中学時代。私は初めて物語を書き始めた。誰しも一度は小説を書くものだろうけれど、そのまま書き続ける人間はそう多くない。それで言うと私はもう10年以上、文章を書くことをやめられない。
 私はきっと文章を愛しているし、同じくらいに愛されてもいた。今となっては読むことも書くことも呼吸と同義で、これを止めるときは私の何かが死ぬ時だと悟っている。

 大人になってからしばらくが経って、周囲の人間は現実世界のあれこれに奔走しているらしかった。結婚や出産といったワードの特別感も薄れてきて、早々にローンを組んで家を買った地元の友人が新居の写真をインスタに上げることもなくなった。そもそも更新すらされなくなった。
 真夏のアイスクリームみたいに、誰もが日常に溶け込んでいった。初めからそういう形であったかのような自然さで。それに異を唱える人も減った。当時誰もが鼻で笑っていた白紙の進路希望調査を前に座っているのは、私だけとなった。

「らしくないじゃん」「あの夢はどうなった?」「目指してた大人にはなれた?」
 旧友と会うたびに私の口を衝いて出そうになる言葉のどれもがひどく鋭く、彼らの傷付けてはいけない場所を傷付けてしまうのだと知って、当たり障りのない笑顔と言葉だけを返すようになった。放課後、一緒に絶唱したロックバンドの曲は、もう彼らのプレイリストを流れていない。

 私は高校を中退しているから、厳密に言えばちゃんと高校を卒業してすらいない。その弊害だ。私だけが青春を卒業できないまま、狭い教室の窓から見果てぬ空を見上げている。あの雲の向こうに何があるのか気になって仕方がなくて、仕事とか結婚とかマイホームとか、そういう言葉がぬるっと耳をすり抜けていく。捉えどころのないやつだと言われるけれど、私からすれば捉えられないのは彼らや社会のほうだ。
 精巧なレプリカの生をどうやって咀嚼しているのか、私には皆目見当もつかない。

 世界との距離感にほとほと困り果てていたある日、旧友と電話する機会が訪れた、内容の半分は地元トーク(通称ジモトーク)で、もう半分は彼が結婚するという報せで埋まった。彼とは親友だし、心から祝福したかったのだけれど、「まぁいっかなと思ってさ」の一言で私はまた分からなくなった。

 おめでとうと言っていいのか、ご愁傷様と言うべきなのかが、本当に分からなかった。仕方なく曖昧に笑って「大事なのは自由の中身じゃなくて自分にどんな制限を課すかだよね」と深そうな言葉でお茶を濁しに濁した。幸い、彼も分からなくなってくれたみたいで「お、うん」という返事と共に話題が潰えた。
 それからもしばらく電話を続けていると、友人がふと言った。

「お前だけは変わらないけどさ、多分それは昔からずっと飛んでるからだよ。飛び続けてるから環境や年代で変わらない」

 なるほど、と思った。10年以上経っているのに私は中学時代と同じように客観視が下手くそで、人や世界を見てはいつも「分からない分からない」と慌てふためいているけれど、それは人や世界が分からないのではなくて、自分のことが分からないからなのだと思った。

 私はきっと昔から飛んでいて、その自覚がないから周囲のことが分からなかった。
 周りからは鼻に付く態度に見えてしまうこともあっただろう。
 私が無自覚に吐き出した言葉で傷付けたこともあっただろう。
 憧れと嫉妬と過度な期待とそれ以上の失望をさせていだろう。
 色々なエピソードがジグソーパズルのピースになって、カチリとハマった。私は分からなさに躍起になっていただけなのだ。

 中でも最も大きなピースとなったのは、私と文章の関係性だ。どうして飽き性の私が文章だけはこんなに手放せないのだろう。何度考えても曖昧だった(曖昧な方がカッコいいとも思っていた)その答えが、ようやく出た。

 文章はいつだって「分からない」から始まるものだからだ。

 私は分からなかった。世界のことが、人間のことが、社会のことが、植物の気持ちが、動物の痛みが、雲の向こうに何があるのかが、知りたかった。知りたくて、知りたくて、どうしても分からなくて、その絶望に抗うたった一つの方法として文章に縋ったのだと思う。
 読めば、少しだけど分かることがある。書けば、少しだけど見えてくるものがある。その微かな光みたいなものが、私を孤独から解放してくれる気がしていたのだ。文章が信仰であり、救いだった。
 原点はどこまでいっても孤独ゆえの寂しさで、その寂しさは人類、もしくは世界の全てにとって普遍のものだ。誰もが唯一無二の存在というのは決して美談ではなく、誰もが信じられないほど深く暗い絶望を抱えて生きなければならないという悪魔の宣告に他ならない。私は誰より孤独と絶望に敏感なだけで、その孤独と絶望を恐れた分だけ、文章を信仰している。

 そのとてもシンプルで可愛らしい行動原理に気付いたとき、思わず笑ってしまった。同時に愛おしいと思った。その上で、世界に存在する数多の創作を眺めてみると、やっぱりそのどれもが叫びだった。
 孤独ゆえの寂しさ、寂しさゆえの分からなさ、分からなさゆえの叫び。
 その叫びに共鳴する人が、そうと気付かずその創作を好きになる。創作とはなんとめんこい共同体だろう、と思わずにはいられない。私はやっぱり、そういう叫びの含まれている創作を心から愛している。人が人と繋がろうとしたときに、叫ぼうとしたときに手に取るものがペンや絵筆やギターやカメラなのは、美しいことだと思う。

 だから、たまには叫んでばかりじゃなく、文章を通して問いかけてみようと思う。この文章をこんな末尾まで読み進めてきたあなたはどんな創作をしていて、そこにはどんな叫びが含まれているのか。
 もし、今寂しいと感じているなら。この文章で言うところの孤独ゆえの寂しさを感じているのだとしたら、あなたは世界に何を叫びたいのか。
 私はいつだって、それが気になって仕方がないのです。

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