淡園 織葉
自作の短編小説をまとめています。 それぞれ10分程度で読めるお話ばかりですので、どなたさまも、お暇な時やちょっと物語を補給したいなというときにご活用ください。
最近見聞きした物の中でも特に気になったもの、考えてしまったことなどを吐き出しています。
メンバーシップ会員限定で公開している小説が集まっています
バイト先のコンビニで一緒に働いている五十歳のおじさんは、半年前に突如深夜シフトに現れた僕と働くことを喜んでいるようだった。 バイトを始めて一ヶ月が過ぎたころ、好きな作家が同じだったから、二人で記念にホットスナックを食べた。 二ヶ月が過ぎたころ、僕が通っている大学を教えたら「立派だ」と言ってセブンスターを買ってくれた。 三ヶ月が過ぎたころ、もう会えない息子がいることを教えてくれた。会えない理由は教えてくれなかったけれど、僕に優しい理由はなんとなく分かった。 四ヶ月が過
宣告を受ける前の自分でいられる最後の日。ある意味、これは遺書だ。想像しうる恐怖のほとんどを「いつか」に放り投げていられた、無自覚な私は、きっと明日死ぬ。 まさかこんなに早く来るとは思わなかった。死ぬと決まったわけじゃないし、かと言って生きていられるとも決まったわけじゃない。私たちは、実は、毎日綱渡りで生きている。誇張なく、明日いきなり死ぬかもしれない日々の中で正気を保とうともがきながら息をしている。そんな呼吸が、ゆっくりと、しかし確実に乱れ始めた。 自分の身体がどこ
給食を食べ始めて五分と経たずに思いっきりゲロをぶちまけた吉田の顔を思い出して笑ってしまったのは、妻の香澄が用意してくれた朝食の味噌汁を啜った時だった。 「どうしたの?」と香澄が咎めるような視線を向ける。 彼女は過去の話を嫌う。思い出話は止そうと思った矢先、娘の沙也加が僕の膝の上にちょこんと座った。 「パパ。何かいいことあったの?」 「どうして?」 「笑ってたから」 「んー、それはねぇ」 鬼のような形相で時計を指差す香澄と目が合う。さっさと食べてさっさと行け、と無言の命令
最近変わったことがあった。 五月の声が、耳から離れなくなったのだ。 僕の耳が僕のために動くのは寝ている間だけで、それ以外の時間はいつだって五月の声をリピート再生し続けるようになってしまった。 愛してる、愛してる、あいしてる、アイシテル……。 正直、気が狂いそうだった。もともと休みがちだった大学はとうとう休学を余儀なくされ、僕は日がな一日この拷問みたいな時間に耐えなければならなくなった。 いつでも彼女の声を聴いていられることを喜ばしいと思ったのは初めの一週間くらいな
「決意を新たにする」ことを疑い始めて10年以上経って、気づいたことがある。決意とは幻で、自分を気持ちよくするための、もっと言えば芯や軸がある風を装うための儀式に過ぎないということだ。 人間の意識や思考なんてものは風と同じで、地球の反対側で起きた蝶の羽ばたき一つで向きも強さも変わるものだ。そもそも揺蕩っているのが自然なのに、それを固めようということ自体がおこがましい。生命への冒涜とまでは言わずとも、非人間的行為、非動物的行為だと思う。 思い出してみてほしい。決意を固め
何もかもが気持ち悪い。まず心臓、ずっと動いてるってなに? 止まったら死ぬってなに? 怖すぎるだろ。 PCでも車でもそうだけど、起きてるときだけ動いて寝てる時は止まってるだろ。再起動する前提で作ってんのに、なぁ、心臓。寝てる時も起きてる時も絶えず動き続けて、今だってドクドクと血液を送り続けて、これが止まる時は死ぬときですって誰に教わるでもなく実感させられる。そのせいで私は自分が生きていることと、それが有限の時間が与えた奇跡であることと、過去と未来を夢想する羽目になった。感謝
文章の読み書きが得意かもしれない。そう気づいたのは中学のときだった。 国語の勉強をした記憶がないのに、テストはずっと100点だった。国語に限っては新しい教科書が配られたその日のうちに載っている文章をすべて読んだし、部活と友人とのおしゃべりと恋人との時間の合間を縫って図書館に通っては気になった本を読みこんだ。呼吸するのと同じ要領で、文を読み、書いてきた。別に文章が友達というわけじゃなくて、文章も友達だった。それも、とても気のいい粋なヤツ。 一方で、音読で必ず躓く子や国語が
最近小説上げれてないんですが、公募用の小説書きまくってたので実はストックは大量にあります。できればnoteじゃなくて、公募サイトでお見せできるように頑張っているので、あったかく見守ってください。待ってくれている方、本当にありがとうございます。
生き方も死に方も分からない。何も分からないし分からないままでいいかと匙を投げたら部屋にとても澄んだ音が鳴って、あぁ、これでいいんだ、と分かった気が、した。
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私は広島県に住んでいる。親戚がいるわけでも友達がいるわけでもなく、もちろん生まれ故郷でもない、中国地方の中核都市。繁栄と観光と海と物悲しさが溶けるこの街の風が肌に馴染むのは、ただ底抜けに明るいだけじゃなく、暗いバックボーンを経た深みのある朗らかさゆえに違いない、と気付いたのは住んでから半年ほどが経過した日のこと。つまり、今日のことだった。 八月六日。 はちがつむいか。 365日の周期で区切られた繰り返しの中で、他の日と何ら変わらない24時間に、窮屈すぎるほどたくさ
「拝啓って書くのって」 「ん?」 「だから、手紙でね」 「あ、灰が落ちるよ」 おっと、と慌てたのも束の間、彼女は灰皿の上までそっと煙草を運ぶと、丸い灰皿のふちをトントンと叩いた。太鼓の達人で言う『カッ』の部分。三回ほどカッを鳴らし、仕切り直しとでも言うように煙草を一口吸うと、口に含んだ煙を僕の顔に向けて吐き出した。とっさの煙幕に対応できずに咳き込む僕を彼女は笑いながら眺めたあと、さっきの話をもう一度切り出した。 「拝啓って元々の意味を辿れば、謹んで申し上げますっていう畏まっ
Ahoy!🏴☠️ 普段は短編小説をアップしています、淡園織葉といいます。 みなさん、ホロライブ3期生の宝鐘マリンさんが7/30にアップした新曲、もう聴きました? MV見ました? いいよね。 もう見たよって方もまだ見てないよって方も、とりあえず見ましょう。船長をすこれ。 私はもともと船長大好きだったので、もちろん今日(7/30)の生誕ライブも楽しく見ていたんですが、その直後に発表された新曲「幽霊船戦」のMVを見た瞬間、それまでの和やかな気持ちが吹っ飛んでしまいました。
どこか、遠くて近くて仄暗い場所に僕はいた。どうやらここでは、文字通りすべてが、文字になる前のすべてが、規則正しく生活していた。 「例えば、あそこを見てみな」 ここに来て最初に出会った男。ふらふらと寄る辺なく立つ、湯気みたいな男が口を開く。彼が指差した方向に目を凝らすと、そこにはゆらぎがあった。本当に、ゆらぎという他ない、輪郭のぼやけた何かが中空を飛翔していた。泳ぐように、跳ねるように、全てから解放された無軌道な動きは、楽しそうにも悲しそうにも見える軌跡を残して、今まさにど
嵐が来るよ、と君は眉尻を下げながら言う。それはそれとして、行かなければならない用事があったから、僕は制止を振り切って外へ出た。昨夜から降り続く雨は尚も地表を濡らし、もうこのまま乾くことなどないように思えた。そんなことはないと知っているから、それが悲しくて、傘を差さずに歩くことにした。 目的地は近くの小さな漁港。漁に出る船もなく、静かに水面を打つ雨の音が寂しく響く。開けた緑地の真ん中にぽつりと佇む人魚姫の銅像は、火の着かない蝋燭を胸の前に掲げ、海を眺めている。彼女が一心に
オレンジ短編小説新人賞にて”もう一歩の作品”に選出していただいた作品です。もう一歩は何が足りなかったのでしょうか。私の勇気でしょうか、それとも社会との距離でしょうか。 「あなたの手で命を救ってください」 その言葉と、街頭で手渡されたチラシに心を奪われた。 存在は知っていたけれど興味はなくて、でも実際に貧困や飢餓、紛争みたいな文字を見ると、今も地球のどこかで苦しんでいる人の姿がありありと脳裏に浮かぶ。 ご丁寧に、マラリアで息も絶え絶えになっている浅黒い肌の少年の顔まで印