見出し画像

木曜日はモグモグ食べること・フランス家庭の食卓から【バゲットから見えるフランスの暮らし(上)】

留学時代と国際結婚後にパリに住んでいたことがある。
1995年から96年にかけてと、2002年から2005年のパリの街にはいろいろな商店があり、(もちろ現在も) お店の数が多いトップ3を上げるならば、ファ-マシ-(調剤薬局を含むドラッグストア)、美容院、パン屋(パティスリーも含む)だった。

ファ-マシ-が多いのは、フランスが意外にもヨ-ロッパ諸国の中で薬の消費量が多いから。

美容院が多いのは、理由ははっきりしないが、私が思うには、ほとんどの女性がお洒落染めをしていて、美容院に通う頻度が高いからなのではないかと。

美容室で、年配の女性がふんわりとブロ-された美しい髪を鏡に映しながら美容師と談話している姿を見ていたら、その美容師がマダムに向かって

「それでは、マダム、また来週の木曜日に。
いつもありがとうございます。よい一日を」

と言っているのを聞いたことがある。

このような固定客が多いのではないか、そしてそのお客様方がお店を支えているのではないかと。(例の感染病の前の時代のことであるが…)


*


いよいよ、今回お話したい「バゲット」にまつわるパン屋さんについて。

3ぽ歩けばパン屋につきあたるというのは少々大げさかもしれないが、イメ-ジとしてはそれくらいパン屋の数が多い。

ほぼ毎回の食事に添えられるパン。それだけ消費量が多い。

日本で言ったら、ご飯と同じ立ち位置。

和食のおかずとお味噌汁が並ぶ食卓に、ご飯がなかったらびっくりするように、もしフランスの食卓にパンがなければ困るというイメ-ジをもっていただければ分かりやすいかもしれない。

そして、そのパンというのが、バゲット。

バゲットの他にも食事パンとして、田舎パン、シリアル入りのパン、全粒粉パン、そば粉パン、とうもろこし粉パン、クルミパン、ナッツ入りのパン、北欧風黒パン、パン・ドゥミ(食パン)、スペルト小麦パンなどがあるが、フランス人がいちばんよく食べるパンは何と言ってもバゲットだ。

パリに住み始めて、パゲットに魅了された。

その味の虜になった。

パリッとした香ばしい黄金色に輝く焼き色、ひょろっとした長さのバゲット。外側がパリパリなのに、中の白い部分はふわっとしている。
ほどよい塩気がきいた、この [ふわパリっ]としたバゲットは日本で口にしたことのない味だった。毎日食べても飽きない味。食事に合わせるパンとはこのようなパンなのだと知った。

バゲットの焼き上がり時間に合わせてパン屋に行くと、買ったパンがまだぬくぬくと温かく、バゲットの先っぽを手でちぎると、目に見えないふんわり感が鼻をくすぐって、その場で一口食べずにはいられなくなる。

パン屋さんから出てきた街ですれ違う人々のバゲットの先っぽがほんの少しなくなっているのに気づいたのはパリに滞在し始めて間もなくのことだった。

子供が親にちぎってもらったバゲットのかけらを食べながら歩いているのを見たこともある。

こんなに美味しいのだもの、家に帰るまで待ちきれない。パンが焼き立てならなおさらのこと。


すっかりバゲットにはまってしまった私は、自分の住んでいる近所のパン屋のバゲットを制覇。食べ比べをした。近所というのは、徒歩10分以内で行ける範囲で、少なくとも5、6軒はあったように思う。

それから、せっかくパリに住んでいるのだからとパン屋さん巡りをすることにした。こっちに美味しい、あっちに美味しいバゲットがあると耳にすると、そこへ行ってみた。

遠くのパン屋に行くにはメトロに乗っていくのだが、

ある日、あることに気がついた。

いつものようにバゲットを片手に車内に立ち、周りを見渡してみる。

少し車内が混んできた。

手にしているバゲットが人に当たらないようにしなくちゃ、と思い気がついたこと。それは、私のいる車両の中で

バゲットを持っている人は、私ひとりだけ


ということ。


それは、その日だけのことではなく、思い出してみると、バゲットを持った人がメトロに乗っているのをそれまで見たことがなかった。


とても違和感を感じた。

いや、違和感を感じていたのは周りの人達だったのかもしれない。

なぜなら、この後知ることになったのだが、

多くのフランス人は自分の住む近くのひいきのパン屋でパンを買い、バゲットを持ち歩きながら公共交通機関を使わない

ということ。

もちろん、例外はある。アジア系の移民の方達がメトロで移動する時にバゲットが見え隠れしていたこともある。それから旅行者と思われる方がバゲットを片手にしていたのは見かけたことはある。

でも、生粋のフランス人は、バゲットを手にしてメトロには乗らない…。

なぜなのだろう…。

近所に美味しいパン屋があるのにわざわざ遠くで買う必要がないのかもしれない。

でも、その頃の私が出した結論は、

バゲットの包装にあるのではないか、と。

現在、私の住む地域 (田舎)でバゲットを買うと、このような包装をされる。

画像1

バゲットの三分の一は、紙袋からでている。

このバゲットは普通のバゲットより少しランクが上のバゲットなのでこのような紙袋に入れてくれる。
包装はこれでおしまい。
このバゲットを手提げのついたプラ袋に入れてはくれない。

ふつうのバゲットだと

画像2

バゲットは薄いクラフト紙のような包装紙にくるりと巻かれる。

私が暮らしていた90年代のパリでは、ふつうのバゲットを買うと、店員さんは、折り紙くらいの大きさの薄くて白い紙をバゲットの真ん中でくるりと巻いて紙をねじる。写真のクラフト紙よりも小さい紙で、これが、一般的なバゲットの包装スタイルだった。そして、その紙が巻かれた部分を手でつかんでお店の外に出る。

想像していただくとわかると思うが、バゲットはほぼ、裸のままでお客さんに渡されることになる。

もちろん、このバゲットを入れるプラスチックの袋などなく、他に沢山のパンを買ったり、ケ-キを買ったりすれば別の袋に入れてくれてはいた。けれど基本はこのシンプルな包装であった。

今、ちまたでは、サステナビリティ、エコ、エシカル、SDGs時代と言われるが、むかしのパリは、簡易包装がこのような形でされていて、なんだかもうすでに、時代の先端をいっていたように思う。


このほぼ裸状態のバゲットを持ってメトロに乗っていた私。


ふと、周りを見渡して、そんな人がいなかったと気づいた自分。

なんだか少し恥ずかしかった…。



でも、美味しいバゲットを買いに行くことを決して諦めなかった。
それがたとえ遠くにあり、メトロに乗らなくてはならなくても。


しばらくして、あることを知る。

それは、

ふつうの一本のバゲットを半分に切って売ってもらえるということ。


「ユン・バゲット・クぺ・オン・ドゥ・シルブプレ」
バゲットを半分に切ってください

この台詞(セリフ)で、あの長いバゲットを半分にしてもらって、紙に巻かれたバゲットをそっとカバンに入れてメトロに乗る!


もしくは、

「ユン・ドゥミ・バゲット・シルブプレ」
バゲットを半分ください

これだと、バゲットの半分だけ買える!

こうすると、らくらくカバンに入れることができた。

お店によっては初めから半分サイズのミニバゲットが売られているところもあった。こちらは一本を半分に切ってもらって買うよりお値段が少し高い。


このようにして、パリで美味しいバゲット三昧を満喫していた。

あの頃のバゲットはふつうのバゲットでも充分美味しかったなぁ。


ここで言うふつうとは、「バゲット」の名称で売られているパンのことで、

時代は変わり、現在では、お店によるが、

「バゲット・プレスティージュ」「バゲット・オ・ルヴァン」「バゲット・ドゥ・シェフ」、「バゲット・ビオ」、「バゲット・トラディション」など数々の名前のついた、お値段も少し高めのバゲット各種が売られている。製造方法や、パンの成分などの違いでいろいろなバゲットが揃うパリのパン屋。

これは、今現在、私の住んでいる田舎、フランスの地方でも同じような種類のバゲットが存在し、売られている。

気のせいかもしれないが、ふつうの「バゲット」の味が落ちたような、昔のものとは違っているような、そんな印象を持つ。

田舎に住む私が行くことのできるパン屋が必然的に少ないのは事実だけれど、「バゲット・トラディション」のような少しランクの上のバゲットを買わないと、もう美味しいものには出会えなくなってきたような気がする。


*


というわけで、次回の「木モグ」では、フランス田舎の「バケット」にちなんだパン屋事情を発信する予定です。

先日、つぶやきにて、このような「バゲット自動販売機」の写真を投稿しました。パン屋の横に設置されているこの販売機。
パン屋さんがいい人なら、いろいろと情報を教えてくれるかも。

この【木曜日はモグモグ食べること・フランス家庭の食卓から】では、毎週木曜日に、ひとつの食材をテ-マにしたフードエッセイを発信しています。

バックナンバーは、こちらのマガジンから。
また次回が気になる!と思う方はフォローしてくださると嬉しいです。
よろしくおねがいします。

それからもうひとつだけ、遅くなりましたがnoteさんから嬉しいお知らせをいただいていました。「あぁ、まぼろしのクロワッサンサンド」にスキをくださった方ありがとうございました。

画像3



今回はいつもより記事が長くなりましたが最後まで読んでくださりありがとうございます。
感謝です。


あとりえ・あっしゅ















この記事が参加している募集

読んでいただだきありがとうございます。 サポ-トしていただけましたら「カラスのジュ-ル」の本を出版するために大事に使わせていただきます。 あなたの応援が嬉しいです。ありがとうございます。