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短編小説集

19
短編小説、増幅中。
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2022年3月の記事一覧

ぐちゃぐちゃねこのはなし

ぐちゃぐちゃねこのはなし

 ふわふわだった筈のからだの灰色と白の毛は、なんだかもさもさとしてしまっていた。薄いピンク色のおはなだけがきれいで僕の自慢だ。
 僕は猫のぬいぐるみ。変な顔と、変なからだとしっぽをしている。さんかく耳は非対称で猫らしくないし、目は小さすぎて埋もれてしまって表情がわからない。まるいおなかは触り心地がいいんじゃないかと思うけれど、しっぽはぐるりんと一回転しているし。
 でもこんな僕だって、あのお店では

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パレードと鐘

パレードと鐘

 世界の端には高いたかい崖があって、其処からどうどうと水が流れ落ちている。それは海とは違う、もっと重い水で僕等はそれに呑まれたら小指すら出すことは出来ない。
 トランペット。僕はこの小汚い金色をした楽器が一等気に入っている。いつだって陽気な音が出るし、パレードでは先頭に立てるからね。
 僕の持ち物と言ったら、その古いラッパと牛を呼ぶ鈴くらいのもので、何故そんな妙なものしか持ち合わせていないのか自分

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小舟に空が落ちたから

小舟に空が落ちたから

 小舟が浮かんでいる。
 行こうと思った。何処かへ行ってしまおうと思った。
 岸には葦と蒲が生え、小さな水草が点描のように留まっている。私はそこに立っていた。季節はいつなのか忘れてしまったけれど、こんなに風がびゅおうと吹くのだから多分冬で、私は置き去りなのだった。
 酷く喉が渇いた。声はもう出なかった。
 黒い鳥が群れをなして吼えながら私の遥か上を過ぎて行った。その声が聴こえなくなると、もう総ては

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