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ぐちゃぐちゃねこのはなし

 ふわふわだった筈のからだの灰色と白の毛は、なんだかもさもさとしてしまっていた。薄いピンク色のおはなだけがきれいで僕の自慢だ。
 僕は猫のぬいぐるみ。変な顔と、変なからだとしっぽをしている。さんかく耳は非対称で猫らしくないし、目は小さすぎて埋もれてしまって表情がわからない。まるいおなかは触り心地がいいんじゃないかと思うけれど、しっぽはぐるりんと一回転しているし。
 でもこんな僕だって、あのお店では一等(とまでは言えないけれど。)高級だったんだからね。僕にだってきっと価値とかっていうものがある筈だ。
 三月。桜が咲き始めて、街の人達は上着を脱いで汗をかくほどの日差しに嫌がりながら嬉しそうだった。もう冬は終わっていた。そんな日に、僕の運命が変わったんだ。
 新橋のビル二階のぬいぐるみ売り場、たくさんのたくさんの仲間とライバルがいる。いろんな動物や、変なキャラクター、おもちゃ。僕は耳の長いカラフルなうさぎの大群に押されて、セールの棚から落っこちそうだった。
 今日は誰もぬいぐるみなんか買わないよ。
 こんなにお天気で、行くところなんて山ほどあるんだから。
 そのとき、とても背の高いあやしげな女の人が売り場にやってきた。暑そうで、マスクをぱたぱたしている。その人は売り物じゃない本物の「ぬいぐるみ」をバッグから覗かせていて、とても熱心に僕たちをいじくりまわしてぐるぐる売り場を回った。
 僕の前は三回通った。
 四回目。急ぎ足になったその人が、ああ、僕を抱き上げたんだ!
「え、ご、五千円……。」
 焦る僕。お願い!僕を連れて行ってよ。君だけの「ぬいぐるみ」にしてよー--。  
 僕を掴んだまま、女の人はレジへ走った。
「すみません、こ、これ税込みですか?」
 お店のおじさんはちょっと勢いに引き気味。
「あ、そうですね。あと会員になっていただけるとクーポンがご利用いただけます。」
「なります!」
 こうして、僕は(五百円引きでね。)身元を引き受けられたんだ。
 そして薄紫の袋の中をちらちら覗くその人と一緒に、二時間くらい電車に揺られた。はじめての電車。音がうるさくて、外が見たかったけれど僕は我慢した。
 やっと家に着くと-ーー僕はさっそく頬擦りされてひっぱられたりあれやこれやとポーズをさせられた。そのうちに僕も調子にのって、ふざけて変な顔や態勢をしてみたよ。
 でもね、ぬいぐるみが本当にほんとうに「ぬいぐるみ」になるためには、名前が必要なんだ。
 僕にぴったりの、僕だけの、名前。
 大切な、とっておき。
 にやにやしながら飼い主は、携帯で何枚も写真を撮っている。誰かに僕を見せるのかな?それにしても、この部屋にはすごい数のぬいぐるみがいるんだなあ。僕はそのなかで何番目に愛されるのかなあ……
「ぐ!」
 鳴った携帯を見て、飼い主が笑い出した。なんだろう?僕も抱っこされるふりをして携帯を見た。
『ぐちゃぐちゃねこ』
 それだけのメッセージ。
 僕は今までにないくらい強くぎゅっと抱きしめられて、撫でられた。
「ぐちゃぐちゃねこ、よろしくね!」
 あ!僕の名前ー--。
 そんな風にして僕は、ぐちゃぐちゃねこになった。それからはなんだか飼い主の気持ちがへんなふうになるたび僕が引っ張りあげられて、「ぐちゃ!」だの「ぐちゃねこー。」だの呼ばれている。そして僕もなんだかその名前がとってもしっくりきてしまって、本当の「ぬいぐるみ」としての生活が始まったんだ。
 この変な名前の命名主は、どんな人なんだろう?会ってみたいような、やめておきたいような。
 でもきっと、大切な。
 一生の。
 僕はぐちゃぐちゃねこ。今日もあたまもからだもぐちゃぐちゃしているけれど、元気だよ。僕のもさもさを撫でて、おはなをつんつんして、遊んでいいからいつものように呼んでね、ふゆちゃん。
『ぐちゃぐちゃねこ』
 僕の宝物の言葉だよ。
 そうきっと、魔法だって使えるんだ!せーの、3,2,1ー--……

おたすけくださひな。