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土壁の記録①「左官」のものづくりを現代のオフィスビルに蘇らせる

総合建設会社の淺沼組は現在、築30年の名古屋支店をGOOD CYCLE BUILDINGとしてリニューアル中。その現場では「人にも自然にも良い循環を生む」というコンセプトのもと、様々なことに取り組んでいます。このnoteでは、プロジェクトに関わる人の思いや、現場の様子をリポートします!

吉野杉の丸太が取付けられた日のこと。

現場では、様々なことが同時並行して進んでゆきます。
この日は、デザインパートナーである建築家の川島範久さんと「土壁」についての相談が行われていました。

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今回は、外観と内部に異なる土壁を塗ります。
足場に出て吉野杉とのバランスを見たり、また様々な場所の自然光の中でどのように見えるか丁寧に確認しながら、色味と質感を決定しました。

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なぜ土壁を使用するのか

「人にも自然にも良い循環を生む」ためには、何ができるのか。
プロジェクトがスタートした時から、デザインパートナーの川島さんを交え、多くの議論がなされてきました。
そして、それには、「いつの日か、土に還ることができる素材」を使用することだということに行きつき、名古屋支店のリニューアルの大きな特徴として、オフィス全面に「土」使用し、それを社員自らの手で塗ることに決められました。

オフィスに土壁??
社員で塗る??

ここに、今までのオフィスビルにはない建築の新しい挑戦が行われようとしています。

自然の循環の中にある建築とは

建築家の川島範久さんは、長年にわたり環境建築の分野で、「現代のテクノロジーと伝統的建築の知見を融合して、いかに自然の循環の中にある建築を生み出すか」ということを研究されています。

「そもそも、日本の建築は、その土地の自然素材を使い、自分たちの手で作られるという、身近な存在でした。それが、近代以降の建設の産業化によって、建築というものが遠い存在となってしまいました。それを、今回のプロジェクトでは、土という、地球上どこにでもある自然物を「自分たちの手で塗る」ということで、もう一度、建築を身近なものにできるのではないかと考えました。
身近になることで愛着が湧き、メンテナンスも自分たちでしていくことができれば、建物の変化を楽しみながら長く使っていくことが出来ます。そして、いつの日か土に還すことも出来ます。」と、川島さんは言います。

また、今回は、既存建物を「アップサイクル」するために、自然素材の適切な用い方をすることが重要だ、と言います。
川島さんの論文(くさる建築:生命の循環から、建築・都市を考え直す)では、

避けるべきは、人工素材と生物素材の合成物で、寿命を終えた後に素材として分離回収できないような「ハイブリッドモンスター」だ。

「自然素材に有害な物質が混ざり合っていることで、再利用が難しくなり、結果的には埋立地に廃棄せざるを得ない状況となってしまう」ことを避けるために、

人工素材が、生物素材と分離されていれば、再び技術的栄養分として、ダウンサイクルされることなく「アップサイクル」され、産業界の循環に戻すことができる。

と書かれています。

そこで、名古屋支店のリニューアルでは、
・建築の既存躯体は今ある資源として活用しながら、新たに加える素材を、土や木といった自然素材を使用する。
・そこにできるだけ不純物を加えなければ、環境に配慮した循環を生むことが可能になる。
ということが、議論の末に導き出されました。

「土に生まれ、土に戻る」という大きな生態系の循環の中で、いかに人工物と自然の再生力を使って新たな建築を生み出せるか。
建設産業は、地球環境に手を加え、都市を作ってきました。だからこそ、自分たちの手で、今、私たちの生きる自然環境を取り戻すために何ができるのかを考え、試行錯誤を繰り返しながらプロジェクトが進んでいきます。

都市空間から排除されてきたもの

ひと昔前までは、民家には「土壁」が使われ、当たり前のように日本建築に使用されていました。

建物に土を塗る仕事は、古代からある古い工法で「左官」と呼ばれています。
土、砂、石灰やその土地にある自然素材を使って、職人が鏝(コテ)を使って壁を塗ることを言います。
湿度の高い日本においては、調湿性にすぐれ、脱臭・断熱・保温の効果も期待されます。また、石灰に藁すさなどを混ぜて作られる漆喰の壁などは、防火の効果があり、江戸時代以降になると城の建築にも多用されるようになりました。
今でも寺社では様々な土壁が見られます。
日本では、風土によって異なる土やその土地で得られる自然材料を使い、生活の場が作られてきました。
法隆寺の壁など、今から1000年以上前のものもあり、修復を繰り返されながらも今尚美しく立ちます。左官という「ものづくり」は長い歴史の中で私たちの生活と密接に関わってきました。

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しかし、時代と共に人々の生活様式が変化をするようになると、土壁は姿を消し始め、職人の手仕事は次第に失われ、都市空間から排除されたものとなりました。
産業の近代化に伴い、建築には均質な性能が求められ、職人の腕に頼らざるを得ない「左官」の文化というものが、次第に時代から失われることとなったのです。
身近な存在だったものに「希少性」が生まれ、高級なものとして遠い存在になってしまったものづくりの文化。
それを、もう一度、生活の中の当たり前の存在として、かつて自分の家の土壁を自分たちで塗っていたように、自分たちのオフィスの壁も自分たちで塗ることが決められました。

また、今回の土壁には、淺沼組の携わる別の現場から出た愛知県の建設残土が使用されます。
まさに、その土地の土を使うという「地産地消」を建築の中に取り入れることも、「人にも自然にも良い循環を生む」ことの大きな特徴の一つと言えます。

今回のプロジェクトの統括責任者である淺沼組技術研究所・所長の石原誠一郎さんに、土壁を使用することについて聞いてみました。
「建設業の世の中の流れは、乾式工法と言って、工場で作られた部材を現場で組み立てるということが一般的となっています。超高層ビルでは高度なシステム化が進み、ロボットの利用など、新しい技術が次々と生み出されています。
ただ、その一方で、今は多くのビルが建ち尽くした中で、ビルのリニューアルの需要が増え、今あるものをいかに活かすかを考えることも大切だと考えています。
高層ビルとはまた違った、中規模の建物においては、時代の流れとは別に、「ものづくり」というものをもう一度取り戻すことで、環境や人にも良い価値を新たに生み出せるのではないかと考えました。
土や木といった自然素材を使用することは、復古的になるわけではなく、今の時代だからこそできる、表現の新たな可能性になるのではないかと思っています。
土壁は、近代の建設産業の変化により均一化されてしまった中で、生活文化から失われつつあります。ただ、その土壁を使うことで、大地を感じる生活の豊かさにつながるウェルネスを生むこともできると考えています。そこに価値を見出せるかどうかです。
全部に使用するということでなくとも、部分的に取り入れることもできる。新たなメニューとして世の中に取り入れてもらえないかと考えています。」

石原さん

text ,photo by Michiko Sato

淺沼組技術研究所
淺沼組創立50周年記念事業の一環として、1987年に設立。基礎技術を基盤にした応用研究ならびに数多くの新工法の開発を手がける技術研究所。
超高層RC造建設技術の開発、免・制震構造、耐震補強、特殊コンクリートなどにおいて、独自の技術開発を行っている。大阪・京都・奈良の中間に位置し、関西に拠点を置く数少ないゼネコンの研究施設として、関西圏を中心として大学、公的研究機関との共同研究を行う。

デザインパートナー:川島範久
一級建築士(第346077 号)| 博士(工学)(2016.09 東京大学)
1982年神奈川県生まれ。建築家、川島範久建築設計事務所主宰、明治大学理工学部建築学科専任講師。2005年東京大学卒業。2007年東京大学大学院修士課程修了後、日建設計勤務。2012年UCバークレー客員研究員。2016年東京大学大学院博士課程修了、博士(工学)取得。日本建築学会賞(作品)、第7回サステナブル住宅賞 国土交通大臣賞、住まいの環境デザイン・アワード2017 グランプリ、2020年度JIA環境建築賞グランプリ(JIA環境大賞)、第25回前田工学賞。

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