#2020年秋の美術・芸術!コンテスト- 私の芸術の楽しみ方
#2020年秋の美術・芸術 !コンテスト-中間のご報告として、基本は、ほぼ時系列に(多少の順不動お許しください)、応募いただいた作品を、1作品ごとに、ご紹介とコメントとしての評を入れさせていただき掲載させて頂きます。まずは、ご応募ありがとうございます。また、これから、応募ご希望の方も、個々の多様な、、ご自分の視点で、気軽にご応募くださいませ、11/14までございます。
・私の芸術の楽しみ方
ましろさま 応募ありがとうございます。
(評)美術館に行く楽しみが綴らた作品だ。拝読してみると、アートの本質的なことが、そこには書かれているのだ。
自らの言葉で書かれた、このエッセイは、表象文化に対する鋭い一面を持っているだろう。
筆者の視点で流れを追うと・・
・以前は、お母様と、国内、海外問わず、美術館によく行かれていた。
そこには、お母様の博学さや感性も感じるのだ。
ただ、洋画に出てくる主キリストの周辺文化より、子供の時は、誰でもクリスマスの方が興味はあるだろう。
そして、
「ただ唯一記憶に刻まれているのは、
キリストが磔(はりつけ)にされる絵画が並べられた部屋は、
私の身体になんらかの影響を与え、体力をどん底まで突き落とした。
海外旅行中にも関わらず、私は大抵、そのあとすぐにホテルに退散し、ベッドに横たわることになる。
あれは実に不思議な現象だ。」
そこに、筆者の感性を感じるのだ、その絵の中に、筆者は間違いなく、入り込んでしまった訳だから・・
その後・・
「私の芸術への関心を大切な友人が変えてくれた。」
お友達は、ありがたいものだ。
>>美術史のことも、宗教のことも、作家のことすら、よく知らない。
「それでも感じることはできる。」「あの絵画の人、あの先生に似てない?」
アートは、その「作品」が問題なのだ。そこから視覚を通して、ご自身の視点(極)が感性を揺さぶるのだ。
アートは、作者の視点(極)と観るものの視点(極)で成立される。-デュシャン
特に現代アートでは、予備的な知識での先入観は要らないだろう。
「美術館は複数人で訪れたとしても、一緒のペースで見る必要は全くないと思ってる。」
それは、それぞれの感性の極が異なるからだろう。
「だけど、彼女とは、ほぼほぼ、同じペース。」同じ感性だから、お友達なのでしょうね。
また。「海外の美術館では、作品の前で子供たちや学生たちも座り込み、
熱心に模写していたり、作品を眺めていたりする。」
「でも、日本における美術館は、敷居も料金も高いように感じる。」
確かに、例えば、ロンドンで言えば、V&Aや、TATE等では、Admission Freeも多いし(企画展は有料が多い)、写真やデッサンも自由なミュージアムも多いのだ。
だた、最近は国内の美術館もインスタ映えした写真を、自由にNetにアップ出来ることがスタンダードになりつつあるが・・
現在は、世界中の危ういウィルスで、今また、渡航が困難であるが、お友達と、また、新しいご家族とミュージアムを巡る楽しさは格別だろう。
このステキなエッセイには、アートの本質が自らの言葉で、詰め込んである。それが感性というものだろう。
ご応募ありがとうございました。
(註)ヘッダーは、artoday - TATE (London)
(今後のお知らせ)
このコンテスト #2020年秋の美術・芸術 は、コンテストの形式として、3名の入選はございますが、ある意味、ドクメンタ(カッセル/ドイツ-一人のディレクターによるキュレーション)の展示会ように賞はございません。そして、主催者は、多くの企画をされている秋氏のデレクションと、私(artoday)のコメント(評)で構成されております。 それは、「そもそも美術エッセイは発表の場すらない」という視点や、小生(artoday)の、もっと、身近に気軽に、美術、芸術の裾野の広がりを願っての事でもございます。この間は、私のアート系コラムをランダムに、連載致しますが、入稿があり次第、応募作品にシフト致します。(ていねいに査読致したく、多少の順不動お許しください)
締め切りは、11/14の24時までございます。どうぞ、気軽に日常のことで、アート関連で、思いつかれた事、アート系のイベントレポート、また、ご自身の美術作品等を応募なさって下さいませ。
(註) #2020年秋の美術・芸術 は全角ですので、よろしくお願い致します。