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アンドレ・ブルトンの「シュルレアリスム宣言」とは(アール・ブリュット前夜)

アンドレ・ブルトンの「シュルレアリスム宣言」とは(アール・ブリュット前夜)そして、アウトサイダーアートへ・・
アンドレ・ブルトン(André Breton/Andre Breton, 1896-1966/フランスの詩人・文学者・シュルレアリスムの展開)
シュルレアリスム創始者であり指導者。*オートマティスム(自動記述-自動書記)によるシュルレアリスム表現を解説した「シュルレアリスム宣言」(1924年刊)が、代表的な著作物。それは、シュルレアリスムを運動として組織だって、拡大させるきっかけとなった。

その「シュルレアリスム宣言」は、20世紀の芸術・思想の出発点とも言われる。夢・想像力・狂気を擁護しており、現実の奥深くにある「超現実」を表面化して、真の自由に至る革命を論じる。
そして、「シュルレアリスム宣言」は、*オートマティスム(自動記述-自動書記)による物語集である「溶ける魚」の序文として執筆だったが、シュルレアリスムという言葉を明確に定義し、宣言とになった訳だ。

創成期のアール・ブリュット、いわゆるアール・ブリュット以前の表象は、スピリチュアリズム(Spiritualism/心霊主義)の枠から、アンドレ・ブルトン(シュルレアリスムの展開へ)の評価により、この後のジャン・デュビュッフェによる、アール・ブリュットの発生につながるのだ。
アンドレ・ブルトンは、「シュルレアリスム革命」誌(La Révolution surréaliste)の編集長であり、シュルレアリスムの中心核を担った。
そして、その一つの業績に「シュルレアリスム宣言」が挙げられる。

(註)本来の書名は「シュルレアリスム宣言・溶ける魚」(Manifeste du surréalisme/Poisson soluble)であり、「宣言」に「溶ける魚」を併収する形をとっていた。ただ、その後に出版された、いわゆる「宣言」(1924年)などでは、「第二宣言」(1930年)、「第三宣言か否かの序」(1942年)と続くのだが、その「シュルレアリスム宣言」を「第一宣言」として並び、後日「溶ける魚」は切り離される。
その「溶ける魚」(1924年)は、オートマティスム(自動記述-自動書記)をシュルレアリスムの重要な要素としていた。
また、「ナジャ」(NADJA-1928年):現実の女性、ナジャとの出会いで現実の背後にある超現実の存在を実感する体験を語った、ドキュメント形式の散文作品だ。


・そのアンドレ・ブルトン著作の関連事項として、
「狂気の愛」「通底」「シュルレアリスムと絵画」など。
そして、この流れから・・・著名なものは、
「磁場」:フィリップ・スーポー(Philippe Soupault,1897-1990/仏-詩人・小説家)との共著による、オートマティスム(自動書記-記述)のテクストを集成した最初の「テクスト・シュルレアリスト」と言えるかも知れない。
「処女懐胎」:ポール・エリュアール(Paul Éluard,1895-1952/仏-詩人)との共著でもある。

(註)*オートマティスム(自動記述-自動書記)は、あらかじめ何も予定・予期せず、先入観を捨て去り文章を書き付ける文学の表現方法の一つで、シュルレアリスム宣言の中に示されているシュルレアリスムの定義に即したものだ。

(追記)アンドレ・ブルトンは、この後、「イメージと文化」、また、「アール・ブリュット」以前のアウトサイダーアートを考える、アウトサイダーアートの周辺等の項目で、多く登場致しますのでご参考までに記述しております。また、この後、モートン・バートレット(精巧な少女人形たち-アウトサイダーアート)に、影響を与えた、過激なシュルレアリスムの作家ハンス・ベルメール(Hans Bellmer, 1902-1975/ドイツ-シュルレアリスト:画家・写真家・人形作家)のコラムを掲載致します。お時間の許すおり、ご覧いただければ幸いです。

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