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みんなの喜びで色づく音楽 -ハイドンの交響曲『時計』

【金曜日は音楽の日】

新しい場所でチャレンジすることは、新しい力を与えてくれます。

同じことを継続することは素晴らしいことだけど、環境を変えることで、今までになかった隠れていた面が出て、新鮮な作品になったりします。ハイドンの交響曲101番『時計』は、そんな作品の一つです。



ハイドンは、「交響曲の父」と呼ばれ、生涯に104曲の交響曲を残しています。モーツァルトは41曲、ベートーヴェンが9曲と考えれば、すごさが分かります。その中でも有名なのは、後期の交響曲101番、通称『時計』でしょう。



第1楽章は、何か憧れを持ったような緩やかな旋律から始まります。バロック音楽の宗教曲とも、ロマン主義の深淵な神秘とも違う、何か不思議な穏やかさと安らぎを持った雰囲気です。
 
そして、雲が晴れるかのように、うきうきとした旋律が出て、曲が本格的に始まります。まさに青空のように爽快で、駆け出すような音楽が流れていきます。
 
第2楽章は、彼の作品の中でも最も有名な音楽です。まるで、振り子時計のチクタクいう音のような弦のピチカートに導かれて、ちょっとユーモラスで愛らしい旋律が舞っていきます。
 
全編リズムを刻んでいる様が、大変美しく、しかも微妙に音量や旋律が変化して、飽きさせないのは見事です。
 
第3楽章と第4楽章は、仕切り直しという感じで、少し典雅な旋律が入ってきますが、第2楽章のユーモアの残り香もあって、格式張ったところは一つもありません。
 
緩急のメリハリをつけつつ、過度に華美にならず。品の良さは崩さず曲は進んで、フィナーレを迎えます。

 まさに名曲であり、憂鬱や力んだ部分がない澄んだ作品です。均等で調和が取れ、それでいて退屈なところはなく、変化し続けています。古典的=クラシカルな作品と言ってもいいと思います。


 
そんな古典主義的なこの作品の魅力を味わうには、古楽器によるフランス・ブリュッヘン指揮の、1991年のデッカ(フィリップス)盤をお薦めします。
 
近代楽器だと、ちょっと明るすぎて膨満感のある音楽になりがちです。しかし古楽器だと、ピッチが低く、ほんの少し陰りがあって、しかも優美な微笑を崩さない。古典的な美の理想に近づくのです。




この作品ができたのには、一つの背景があります。これは、1794年、ハイドン62歳の老境の作品。そして、異国でのチャレンジの作品でもあったのです。



フランツ・ヨーゼフ・ハイドンは、1732年、神聖ローマ帝国の、現在はオーストリア地方生まれです。

フランツ・ヨーゼフ・ハイドン


音楽家になるためウィーンに出て、教師や教会での伴奏等様々な職を経ながら曲を書き、29歳の時、ハンガリーの田舎の大貴族、エステルハージ侯爵の楽団に、住み込みで入ることになります。
 
ここでハイドンは、楽長まで上り詰め、楽団の訓練と演奏を行うと同時に、レパートリー拡張と作曲にも努め、大量の交響曲と、弦楽四重奏曲を作曲することになります。



侯爵が人を招く時は、指揮者として、来賓の前で演奏。そして、侯爵が外遊している時は、ウィーンに旅行し、最新の流行音楽を吸収し、音楽家たちとも交流することで、国際的な名声を得ていくことになります。モーツァルトとも知り合って、生涯の友人にもなります。
 
しかし、ハンガリーの片田舎で規則正しく作曲する生活は変えず、30年近くエステルハージ家に仕えることになります。



1790年、ハイドンが58歳の時に、エステルハージ侯爵が亡くなります。後を継いだ息子は音楽に全く興味を示さず、楽団は解散。ハイドンは年金を支給されて、そのまま何もしなくても、暮らせる状態でした。
 
しかし、ハイドンはウィーンに出ると、そこで、興行師ザロモンと知り合い、興味深い話を聞きます。イギリスで、市民のための「演奏会」の興業があり、そこで新曲を披露しないかというのです。

ザロモンの粘り強い説得もあって、ハイドンはイギリス行きを決断します。
 
1791年から95年にかけて書かれた12曲の交響曲、通称「ザロモン・セット」(交響曲93番~104番)は、イギリスで熱狂的に迎えられました。ハイドンは91年と94年に渡英して、ロンドンに赴きます。満員のコンサート会場で拍手喝采を受け、国王の晩餐会にも招かれます。
 
こうしてハイドンは、栄光と称賛に包まれた充実した晩年を過ごし、1809年、77歳で亡くなっています。



交響曲101番『時計』は、「ザロモン・セット」でも、頂点をなす名曲ですが、この12曲はどれを聞いても、色彩感豊かで個性的な名曲です。このような作品になったのは、イギリスの「聴衆」という新しい存在の影響があると考えられます。
 
実は、私たちが良く知る「演奏会」、つまり、聴衆がお金を払って会場に音楽を聴きに来るスタイルのライブ演奏がスタンダードになったのが、この時期のイギリスでした。『ハレルヤ・コーラス』で有名なヘンデルがその最初期のスター音楽家です。

イギリスのホール
「ハノーヴァー スクエア ルーム」での
18世紀の演奏会風景
実際にハイドンはここで演奏している




 ハイドンはそれまで、エステルハージ侯爵の元で、主に2種類の用途で音楽を作っていました。一つは来賓用や侯爵の日々の生活を彩るため。これは、以前テレマンについて書いたとおり、バロック音楽の特徴です。


 そして、もう一つは音楽好きの侯爵が友人と共に演奏するため。弦楽四重奏曲が68曲も残っているのは、ヴィオラも弾ける侯爵が日々の楽しみに習得して、曲が増えていったのでしょう。
 
逆に言えば、それは、BGMとして音楽のことを気にも留めない人か、本当に音楽が分かっている人のための音楽でもありました。それゆえ、工夫が凝らされていても、表面上分かりづらい。弾く人は面白いけど、ぼおっと聞き流しやすい音楽でもあります。
 
実際、その時期のハイドンの作品を聞いていると、バロック音楽の一面でもある「どれを聞いても同じに聞こえる」という感じを受けることもあります。

ハイドンの時代の
弦楽四重奏の演奏イメージ




しかし、ロンドンの聴衆は、貴族ではなく、一般の市民です。イギリスでは産業革命によって、都市が発展し、市民が力を付けていました。

彼らは音楽のことは良く知らない。それでも、自分で稼いだお金を払って来ているのですから、普段働いている時と違う、一回限りの何かいい体験をしてから、家に帰りたいと思っている。
 
おそらく、ハイドンはロンドンの演奏会で自分の曲が演奏されるのを見て、聴衆が何を必要としているのか、理解したのでしょう。ここでの彼は技巧を封印し、より分かりやすく、皆が楽しめる音楽を創る方向に、シフトしたように思えるのです。



彼の工夫は、「ザロモン・セット」で印象的な旋律が、第2楽章に出てくることに表れています。

『時計』だけでなく、トルコ音楽風にエキゾチックで大評判だった100番『軍隊』や、寝ている人を驚かすためと言われた94番『驚愕』など。

第1楽章の始まりが印象的なベートーヴェン(『運命』等)と比べると明らかでしょう。
 
第1楽章は始まりだから、聴衆は緊張して聞いている。しかし、第2楽章になると緊張感が途切れ、集中も切れる。しかし、ここで彼らの心を掴めば、後は引き込まれて最後まで聴いてくれる。ハイドンは、そんなことを考えたに違いありません。




それは決して、媚びているわけではありません。聴く人のニーズを取り入れて、それに対応すること。そこには、彼の誠実さが現れていると同時に、時計を模したり驚かせたりする、彼の茶目っ気が見てとれます。

目の前の観客に応えることで、ハイドンの音楽は、より豊かになりました。今まで必要とされないから隠されていた、彼のユーモアと色彩感が花開くことになったのです。きっとそれは、喜んでくれる観客の笑顔が引き出したものでしょう。

勤続30年のサラリーマンが退職して、今までの経験を生かして、新たな分野にチャレンジするようなものです。そこには、彼が30年間真面目に修練してきた技巧が確実に反映されています。

同時に、いつでも腐らずに、常に自分の作品を進化させ、退職しても新しいことを始めるのを躊躇わなかった。そうした前向きな姿勢により、聴衆のニーズに柔軟に応対できて、自分の特性を開花させることができたのでしょう。



お金を払って来てくれた聴衆を喜ばせる。それは、ハイドンの息子ほどの年齢のモーツァルトが、奇しくもハイドンがロンドンに発った1791年、死の年の『魔笛』でようやく掴んだ境地でした。産業革命やフランス革命により、新たな階級の「市民」が力をつけた時代に求められる音楽です。

辺境のハンガリーで実直に働き続けていたハイドンは、その職人気質と、長命を保ったことにより、モーツァルトの夢見た音楽を手にすることができました。

それは、民衆が楽しんで、音楽も色づくような、みんなのための芸術です。

それを創るのに必要な、大切なことは、自分を常にアップデートして、真面目に継続すること。そして新しい環境をおそれないこと。そうしたことを教えてくれるのが、ハイドンの生涯と作品なのです。


今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイでまたお会いしましょう。


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