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【創作】見晴らしのいい丘で【スナップショット】


 
 
ようやく頂上だ
 
ああ、きれい
 
良く晴れているね
何年ぶりだろう
 
何年ぶりだろう
何度かここに来たはずなのに
始めてこの風景を見る気がする
こんな風に
街を一望できる場所だったんだね
 
街と海が一体になって
全てを見渡せる
 
本当に
前はずっと
海の方ばかりを見ていた気がする
空と一体になった海が
果てしなく広がっている場所だと
 
僕らが
始めてここに来た時も
そんな話をしていた
 
そうだった
そして私たちの夢について
語っていた
無限に続く海のように
広がっているはずの未来を
 
あれから20年も経ってしまった
 
本当に
私たちが会って20年
またこの場所に戻ってきた
そしてまた
付き合って
今度はずっと一緒に生きると
決めるなんて
 
まるで円環が回って
同じ場所に戻ってきたみたいだ
 
いいえ
同じように見えて
同じではない
私たちは年をとった
私たちは昔の夢を失った
それでもまだ生きて
今度はお互いに
安らぎを見出そうとしている
それはかつての恋じゃない
 
あれはまだお互いのことを
本当によく分かっていなかった
恋にのぼせているだけだった
 
ええ
でも
それは本当に大切な時間だったと思う
恋に恋しない恋なんて
本当の恋じゃない
今の私は
恋にときめいたりすることが
もうできない
だからそれはとても愛おしい思い出
私はあなたをもう
恋愛をして結婚するようには
愛していない
 
僕もそうだ
君と別れて
仕事や恋愛
あまりにも多くのことが
あり過ぎた
永久に欠けてしまった歯のように
心の中の何かは死んで
もう戻らない
君をあの時のように
愛すことはもうないと思う
 
それでも、欠けた歯を
補うことはできる
それは元の歯のようには強くなく
いつかすり減ってしまうかもしれないけど
少なくとも今の痛みを和らげてくれる
それは愛じゃなくて
ただの優しさ
昔の私はそうした優しさを
不純なものだと思って
嫌っていたけど
生きるためにそういうことが必要なのも
この20年でほんの少し学んだ気がする
 
ああそうかもしれない
不思議な気分だ
かつてと同じ関係のはずなのに
僕らはまるで何か違う人間になって
違う場所に立っているようだ
 
私もそう感じる
でもそれは錯覚に過ぎないのかも
この風景のように
昔は海しか見ていなかったけど
果てしない海に自分たちの夢を
投影しなくなれば
また別の景色が見えてくる
 
そうだ
ここには町が広がっていて
僕たちが生きるための場所がある
 
この場所は何も変わっていないのに
私たちのものの見方の方が変わった
 
僕たちは無限の夢じゃなくて
自分の生活を見るようになった
それは本当は
同じ風景だった
 
そう
私たちの愛も
本当はもしかしたら変わっていなくて
ただ違う側面を見るようになった
だけなのかもしれない
そうでなければ
付き合ってから20年経って
再会してほんのひと月で
この先ずっと一緒に生きようなんて
お互い思わないはず
私たちには惹かれ合う何か
運命みたいなものは
確かにあると思うんだ
 
僕は君を忘れたことはない
とはとても言えない
君と再会するまでは
存在すら忘れていたこともあった
 
私も同じ
でもそれでいいじゃない
一度見失わなければ
もう一度見つけることもできない
私たちは
かつての恋を失って
別の人生を見つけた
 
時を経て
僕たちは変わり
ようやく探していた場所に
辿りついたのかもしれない
かつて夢想したのとは別の場所を
 
そう
それはきっと稀なこと
初恋がそのまま実ることはなかったけど
それでも私たちの直感が正しかった
と言えるのかもしれない
あの時私たちが
ずっと変わらず好きだと言った
その言葉は
その時の想いと違っても
確かに真実だったと思う
だからそう
この丘でもう一度やり直す
 
人生を
 
愛のような優しさで、一緒に






(終)


※【スナップショット】では
ワンシチュエーションでの
短いダイアローグや詩を
不定期に載せていきます。

※過去の「スナップショット」置き場



今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。


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