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【創作】書斎にて【スナップショット】

今日のお加減はいかがですか
 
いつもよりは良いようだ
また何かの夢を見た
思い出すことはできないが
何か白い光に包まれて
宙をさまよっているようだった
だいぶ気持ちの整理のようなものが
出来てきたように思える
 
それはよかったです
随分と大変な思いで
取り組まれていたでしょう
これからは
肩の力を抜いてお仕事ができますね
 
いや、これからというものはないと思う
今回の条約は
大変な労力を伴うものだった
私の全てが出尽くしてしまったと思う
 
素晴らしい大事業でした
 
いや違う
素晴らしいかどうかは分からない
私には判断できない
ただこの条約によって
人類の歴史の流れが
一つ変わることは確信している
それだけの巨大なものと
取り組んでいた
それは私や私の多くの同僚たちを
昂揚させるものだったが、
あまりにも巨大で複雑ゆえに
私のような人間の手には余る
 
でもお父様がしたことは
善なのでしょう
 
分からない
世の中において
善というものは結果でしかない
何かが結びつき合わされるのなら
それは善になり得るし
何かが壊れるのであれば悪になり得る
だが、私たちはその結果が何によって
出来ているかを正確に知ることはできない
 
それでも進めたのですか
それがお仕事だからですか
 
どう言えばよいか
人間の世の中は
目に見えるものだけでできてはいない
論理を構築し
相手を類推して
法律や規則といった
私たちの頭の中を規定する言葉の
鎖を創りあげなければいけない
条約というのはその中でも
巨大なものの一つだ
雲のように巨大だから
それが雨を降らせるのか
風をもたらすのか
私たちには本当のことは理解できない
それでも私たちには雲が必要だ
私たちは不確かでも
変化して前に進まなければいけない時が
あるのだから
 
私には想像もつきません
 
きっとそのうち
君もそうしたものに触れる
それは私たちが普段目にする
食事や冗談、笑い声といったものではない
ある者は、そういったものを
守るために必要だという
だが、それはどうだろうか
子供たちの笑顔を消してしまった雲は
有史以来数多く存在する

でも笑顔をつくると
そうした人々は信じていたのですね

そう信じなければ
耐えられないくらいのものだ
 
お父様はそれに触れた
 
そうだ
例えば古の戦争を率いた
将軍たちは
何が本当に勝利の鍵かを
類推するしかないまま
突き進んだ
勝つか負けるかは運でしかない
彼らが占いに頼ったり
巨大な墓を創ったりした理由が
私には今わかる

それが目に見えるものだから

そう、目に見えて人間に扱えるからだ
私のような凡人は今
人間の手には余る雲に触れて
手が焼き切れてしまったようだ
そして全て疲れ切ってしまっている
 
私もそうした雲に触れる者になります
そしてお父様の今感じているものに
触れることが出来れば

心からそう望むかね
それに触れることが
良いことなのか悪いことなのかは
分からない
世の中は巨大な雲など掴まずに
自分の身の回りだけを見て
生き、死んでいく人間が殆どだ
私のように生きることが
君にとって幸せになるかどうかは
分からないが
少なくとも私は満足だ
私は何かを得たとはっきり言えるのだから
 
それは何でしょうか
 
自分が確かに生きたという実感だ









(終)


※【スナップショット】では
ワンシチュエーションでの
短いダイアローグや詩を
不定期に載せていきます。


今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。


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