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奈良大和路 NARA YAMATOJI MAGAZINE

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奈良大和路に関して記した文章のマガジンです。奈良を撮った写真は、マガジン「PHOTO YAMATOJI」にまとめています。奈良県域の周辺部も歴史的に関連があれば含めて記してありま…
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#入江泰吉

中勘助 なか・かんすけ (1885年 [明治18年] -1965年 [昭和40年]) の誕生日 (5月22日) 小説家・詩人 / 東大寺南大門と長屋王鎮魂説

中勘助 なか・かんすけ (1885年 [明治18年] -1965年 [昭和40年]) の誕生日 (5月22日) 小説家・詩人 / 東大寺南大門と長屋王鎮魂説


中勘助 なか・かんすけ (1885年 [明治18年] 5月22日-1965年 [昭和40年] 5月3日) 小説家・詩人・随筆家。

🔍 青空文庫 中勘助の作品

🔍 青空文庫 和辻哲郎「古寺巡礼」(1946年改訂版 [初版は1919年])

七章、二十一章に出てくる、奈良帝室博物館 (現・奈良国立博物館) にほぼ毎朝行き、東大寺に宿泊し、當麻寺の塔の風鐸をどう思います、と聞くN君が

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永井路子 「美貌の女帝」 による、 無視し得ない 「蘇我系」 の観点

永井路子 「美貌の女帝」 による、 無視し得ない 「蘇我系」 の観点

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永井路子 (1925-2023) の長編小説「美貌の女帝」(1985年) は、「沈静婉孌」(ちんせいえんれん もの静かで若く美しい 続日本紀) と讃えられた奈良時代の女帝、元正天皇 (げんしょうてんのう [氷高皇女 ひだかのひめみこ]) を主人公としています。
永井路子はこの作品で従来の通説とは異なった、真逆とすら言える視点を提示しました。

通説では、飛鳥時代後期から奈良時代前期にかけて

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三輪山と渋谷向山古墳 (景行天皇陵)

三輪山と渋谷向山古墳 (景行天皇陵)

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🔍 Google ストリートビュー / 渋谷向山古墳 (景行天皇陵 / 中景やや左) と
三輪山 (左) を北方向から望む

🔍 Googleマップ / 上中央の前方後円墳が渋谷向山古墳 (景行天皇陵)

前回の「三輪山と箸墓古墳」記事 (↓) で
「箸墓古墳の中心線は [西南西 - 東北東] の方位を示し」
「南東の [三輪山頂と、裾野の (三輪山を神体とする) 大神神社] のラ

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入江 泰吉  いりえ・たいきち  (1905年 [明治38年] -1992年 [平成4年] ) の誕生日 (11月5日)  写真家

入江 泰吉 いりえ・たいきち (1905年 [明治38年] -1992年 [平成4年] ) の誕生日 (11月5日) 写真家


入江 泰吉入江 泰吉 いりえ・たいきち (1905年 [明治38年] 11月5日-1992年 [平成4年] 1月16日)写真家。
戦前は大阪の文楽に関して、写真家としての名を上げ
戦後からは主に故郷の奈良の風景・仏像・行事を撮影し続けました。

日本のトップ写真家

生涯ほぼ関西圏内で活動したため、例えば土門拳などと比べて全国的なネームバリューは高くないと見られているかもしれません [※1]

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吉隠の里に行って来ました

吉隠の里に行って来ました

奈良の桜井市、吉隠 (よなばり) の里は、
万葉集にある穂積皇子 (ほづみのみこ) の歌で有名な場所であります。

降る雪は あはにな降りそ 吉隠の 猪養の岡の 寒からまくに
( 降る雪は、そんなに多く降らないでくれ 吉隠の猪養〔いかい〕の岡が寒いだろうから ) 巻2-203               

穂積皇子は、高市皇子 (たけちのみこ) の妃とされる但馬皇女 (たじまのひめみこ) と恋

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694年藤原京遷都、784年長岡京遷都 (12月27日)


宮跡史跡訪問録先日、久しぶりに難波宮跡に行き、写真を撮ってきました。

おおよその全体を撮るのに続けて二回行きました。

平城京跡、近江京跡、恭仁京跡、紫香楽京跡、長岡京跡、平安京跡 (羅城門跡) 、 
石神遺跡、宮滝遺跡、桂離宮、修学院離宮と巡り、写真を撮ってありますが、
(数年前に購入した) デジタル一眼レフなので画像をパソコンからブログにそのままでは載せれず、もうすこし手間と費用がかかりそ

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国分寺・国分尼寺建立の詔を聖武天皇が出す  (741年3月5日 [天平13年2月14日])

国分寺・国分尼寺建立の詔を聖武天皇が出す (741年3月5日 [天平13年2月14日])

国分寺・国分尼寺建立の詔を聖武天皇が出す (741年3月5日 [天平13年2月14日])

奈良の東大寺・法華寺は全国の国分寺・国分尼寺の中心とされていますね。

聖武天皇が一時的に (740年-744年) 都とした、京都府南部の恭仁京。

[ 📷 恭仁京中心の南北線に位置する道。画面奥は大極殿跡 (学校の裏手に基壇) ]

[📷 恭仁宮大極殿跡・(後に大極殿を転用した) 山城国分寺金堂跡の基

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五劫院など東大寺周辺

五劫院など東大寺周辺

2月12日からの五劫院の本尊特別公開に行ってきました。

五劫院は東大寺のすこし北の町中にありますが、東大寺の一院という形を取ってます。

[📷 五劫院南門]

[ 📷 五劫院本堂 ]

長い修行で髪がアフロヘアーのように伸びた阿弥陀如来、
五劫思惟 (ごこうしゅい) 阿弥陀仏坐像 [※1] が本尊であります。

既に悟りを開いている「如来」が修行?と不思議に思いますが、
これは「五劫」と

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志賀 直哉  (1883年-1971年) の誕生日 (2月20日) 小説家

志賀 直哉 (1883年-1971年) の誕生日 (2月20日) 小説家

志賀 直哉 しが・なおや (1883年 [明治16年] 2月20日 - 1971年 [昭和46年] 10月21日)小説家。

🔸 奈良の居宅 「高畑サロン」

1925年 (大正14年) 京都から奈良の借家に引っ越した志賀直哉は1929年 (昭和4年) 4月、奈良の高畑に自ら設計した邸宅を竣工、1938年 (昭和13年) 4月東京に移り住むまでの10年間をこの邸宅で家族と暮らしました。

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和辻哲郎 (1889年-1960年) の誕生日 (3月1日) 倫理学者・著述家

和辻哲郎 (1889年-1960年) の誕生日 (3月1日) 倫理学者・著述家

和辻哲郎 (わつじ・てつろう 1889年3月1日 - 1960年12月26日) 倫理学者・著述家

代表作「倫理学」「風土」「古寺巡礼」(こじじゅんれい)

🔍 青空文庫 和辻哲郎「古寺巡礼」1946年改訂版 (初版は1919年)

📝 1979年に岩波文庫にもなり広く読まれているバージョンは、この改訂版です。
私は文庫化される以前に「古寺巡礼」( なんと読むのかも分からず「ふるでらじ

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