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その人が食べているものがその人自身である 〜「40歳から食べてはいけない病気になる食べ物」は40代以下も食べるべきではない事実〜

「40歳からは食べてはいけない病気になる食べ物」
著:南清貴  2015年

この本を読んでいる最中に、著者である南清貴氏が私たち夫婦が営む東京渋谷・外苑前にあるイタリアンレストラン「カーサベッラ」にご来店くださった。

とても光栄で嬉しく、直接お話をお伺いする貴重な夜となった。
本を出す度に、バックに大企業が名前を連ねているNPOなどからクレームを受けたり、本で否定されては困る利害関係のある企業や団体から嫌がらせも多数だそう。それでも南氏は伝わる人に伝われば良い、諦めないで続けることが大事、と活動も筆も止めることはない。

南氏が代表を務める一般社団法人日本オーガニックレストラン協会のメルマガも非常に勉強になるので、ぜひご興味ある方は登録をしてみて欲しい。

そしてこの本を読めば、食べるものに無関心な人たちも考えを変えたり、行動を変えたりするきっかけになるかもしれない。

『あなたが何を食べるか言ってごらん。そうしたらあなたがどんな人か当てて見せよう』

これは美味礼讃で有名なフランスの美食家サヴァランが1825年に残した言葉。
食べているものによって人間の質やレベルは圧倒的に違ってくる。
彼は200年も前にそう悟っているのだ。

その人が食べているものがその人自身である。
コンビニ、ファストフード、ファミレスで平気で食べている人は自分はそのようなレベルの人間だと表明していることになる。

自分の価値を下げることになるのだから、そんなレベルの食事をする必要があるのか、利用する前に一度考えるべきだ。

それは消費どころか「浪費」にすぎない。しかも体をあえて不健康にするためにお金を使うまさに意味のない「浪費」だ。

化学調味料漬けの加工食品ばかり食べていると、体のミネラルバランスが崩れ、免疫力を低下させると同時に、瞬発力も持久力もなくなる。病気にかかりやすく、頑張りきれない体になるのだ。

親が無関心でいたら気がつくことはなく、子供の成功を目にする前に親である自分たちが不健康で死んでしまうし、子供も遅かれ早かれ生活習慣病にかかる。

知識を持つことで避けられるなら、知ることからまずは始めても損はないはずだ。

マジメにやっている生産者や料理人を応援したいと思うなら

私とシェフである夫はこの9年間、東京の渋谷区で真っ当にイタリア料理店をやってきた。

その間にも取り引きのあった農家さんや畜農家が「自殺と倒産のどちらか選ぶしかなくなり、辞めます」と言って何人も消えていった。

この事実は残酷で悲しくて救いようがない。
なぜそのようなことが起きるのか。

それは消費者がファストフードやファミレス、コンビニで食事を適当に済ませているからだ。

もしその1食を面倒だからとファストフードで済ませると、他のマジメにやっている生産者や料理人のものは口にしないことになる。

マクドナルドのようなビジネスを成立させるくらいの母数の人がこぞってそういうものを食べ続けた暁に、優良な生産者や料理人を見殺しにすることになる。

この事実に一人でも多くの人が気が付いて、安易に利用するのを控えて欲しいと切に願う。

食べてはいけない「白い悪魔の3兄弟」の衝撃

身の回りに大量にあって当たり前に食べられているけれども、本当は食べてはいけない食べ物の代表例が「白い悪魔の3兄弟」。

白米、白い小麦粉など極度に精製された炭水化物と白い砂糖だ。
カロリーはあってもビタミンやミネラルなどの栄養素をまったく含まないので、エンプティカロリーと呼ばれる。

食べても太らないという意味ではなく、体には良くない食べ物という意味。カロリーだけはあるのでブドウ糖には分解され、体には吸収されて血糖値は上がる。

食糧が豊富ではなく常に飢餓との戦いだった人類の長い歴史の中で、穀物を精製して食べるようになったのも、白い砂糖を常食するようになったのも、つい最近のこと。

血糖値を急激に上げるような食べ方をしてこなかったのだから、人間の体はそのような贅沢な状態になり続けることを想定したことがない。

食品は加工度と精製度が高くなるほど体に絶対的に必要な栄養素を欠落させていく。自然の一部である人間の体は自然の恵みを摂取することで生きられる仕組みなっている。工業的なものをいくら食べても健康には生きられない。

だから「白い悪魔の3兄弟」=単純炭水化物ではなく、お米なら3分づき米または玄米、小麦粉は全粒粉に、砂糖はてんさい糖に変え、豆類や芋類、いわゆる複合炭水化物からエネルギーを補給していくのが望ましいという。

実は、世界各国の伝統料理が、まさにクリーンエネルギーを最大限に利用した人間にとって最適なエネルギー源であることが多いというから納得する。先人の編み出した料理に健康に生きるヒントありというわけだ。

日本の伝統食は「究極のインスタント」であったという事実

日本食、和食は世界的にもヘルシーで健康的と世界に認められていると今でも信じている日本人は多いだろう。

しかし、現代の日本に本当の日本食と呼べるものを提供している店はどれくらいあるだろうか。

健康食として評価されていたのはあくまで「元禄時代以前の日本人の食事」である。これが最も病気にならない理想的な食事とされてきた。

具体的には精製しない穀物を主食に、豆類を2対1の割合で摂り、季節の野菜、海藻、魚介類を副菜や主菜とし、味噌や醤油、納豆や豆腐、油揚げといった究極の自然食品や自家製の漬物を添えるといった食卓の構成だ。

日本本来の伝統的な食事には実はインスタントなものが多く、魚は焼くか煮る、または刺身、野菜も茹でるか煮るか、それに保存のきく常備菜や発酵食品をうまく取り込んで簡単だけれど栄養の高い食卓を生み出していたという。

何より家庭で大切にしたい「出汁」も、難しいと身構える必要はなく、水に昆布を入れて沸かし、鰹節を入れるだけ。家庭料理なら昆布は小さくカットして、鰹節もそのまま味噌汁の具材にすれば良いのだ。

先人の「うま味」の技術と知恵を私たちには受け継いでいく責任がある。
自国の素晴らしい文化、先祖がどんな食生活を営んできて現在の私たちにつながっているかを知りもしない、理解もできないような人たちが、本当に外国の人らと文化を語り合い、対等に譲り合うことなどできないだろう。

相手と対等な関係を結び、大人の交渉ができるのは、しっかりとした土台があってこそ。アイデンティティの基礎は「食べるものにある」ことを今こそ改めて肝に銘じるべしなのだ。

果物は食後よりも空腹時に食べるべし

最近ありとあらゆるウィルスが流行っている。

この本にも書かれているが、風邪を引いたらご飯を食べずに寝ること。熱が上がるところまで上がったら自然に下がるので解熱剤で無理に下げてはいけない。熱が下がってきたら、消化が容易な果物から少量ずつ食べる。

果物は食後ではなく空腹時に食べると、単独の方が消化がしやすいため、胃にとどまる時間を短くできる。だから、デザートではなく間食としておやつに最適だそう。

果物の果糖から糖分を補うことができれば、実は「砂糖」というのは摂取しなくても死ぬことはなく、生きていくのに必要のないものだそうだ。だから無理に摂取する必要は全くない。それなのに現代には砂糖を含む食べ物が溢れかえっていて、その量を知らずに摂取した結果が、糖尿病などの生活習慣病の増大につながっている。

かつては自宅の庭に、蜜柑や琵琶、ざくろなどの木が植っていて、旬の最も美味しい時期にそれを自宅で採って食べて自然な糖分補給をしていた。
昔の人の知恵と暮らしは馬鹿にできないとつくづく思う。

できることから少しずつ、無理なく気楽に

我が家ではお米にはこだわってお米屋さんで精米したてをお願いして、精米や七分つきでお願いすることが多かったが、この本を改めて読んでから、五分つき米でお願いして子供たちに食べさせてみるチャレンジをした。子供たちの反応は想像通りで、同じ品種のお米でも前の方が良い。と言う。

精製された白米や、気がつかない程度の七分つき米は、口当たりが良いのでどんどん食べられてしまうのは当たり前で、子供が食いつくという魅力はある。でも必要な栄養素が削ぎ落とされてしまっているのに、それをたくさん食べても意味がない。根気強く、我が家でも美味しい食べ方を発見していきたい。

もともと白砂糖は家では使っておらず、てんさい糖だったけ我が家だけれど、改めてその量を今まで以上に減らしていこうと思うし、家で小麦粉はさほど使っていなかったけれど、全粒粉の美味しいパン屋さんをもっと探しておきたいと思った。

私たちのレストランでも全粒粉の比率を高めた自家製パンをお出しし始め、グラニュー糖を使わないドルチェを試行錯誤している。
小麦粉や砂糖をレストランから全部を今すぐ排除することは難しいけれど、体にどう影響するかを知っていることで気をつけられたり、代替案を思案して新たな発見をしたり、「考える」ことを深められているように思う。

自分たちが「レストランを通じて食の大切さを伝えたい」そう夢描いていた結婚当初。そんな絵空事だけでは経営していくのは至難だったレストラン業。でもこのタイミングでパズルのパーツを得たようなそんな感覚があり、今改めてレストランをやっていて良かったと再認識する。

私たちの食への探究と食に関する発信はまだまだ続くので、乞うご期待を。





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